第5章
佐切彩夏/万丈銀二/始まりの場所の終わり
『緊急事態につき総員、即時対応だ。シャーリー型アンドロイドに深刻なエラーが発生した。三葉エレクトロニクスの協力で全個体の現在位置は確定している。捕捉し次第破壊しろ』
イヤホンの向こう――事務的な道上の声を聞きながら、彩夏は装備を整えた。ホルダーを付けスーツケースの44口径のリボルバーをそこに差し込み、その上からジャケットを着こんで、スピードローダーをポケットに入れる。
最低限の準備を終えた彩夏は、駆けつけてきた橋場の隣の助手席に収まった。
「嬢ちゃん。大丈夫か。顔色悪いぜ」
「気色の悪い物を見たわ。行って」
橋場の顔を見ずそう告げると、やがて車は走り出し、夜闇の中、三葉エレクトロニクスの本社ビルから離れていく。そこには報道陣と野次馬――そしてアンドロイドがごった返し、来た時よりも遥かに多くの人が……人型の存在がいた。
もう、片目を閉じようとは思わない――わからなくなったら手当たり次第に引き金を引いてしまいそうだった。彩夏の動揺した心境では、その凶行がリアルにイメージ出来てしまった。
「22口径持ち歩いてたのばれたな。どやされるぜ」
普段と変わらぬ調子の橋場の軽口に彩夏は感謝して、けれど答えなかった。
「……無理すんなよ」
やがて掛けられた短い言葉――けれど優しさの伝わる言葉に彩夏は少し泣きそうになり、それでも強がった。少し間が開いたからか、それとも44口径を身に着けたからか強がるだけの余裕が出来ていて、だから肩をすくめた。
「行動してる方が楽よ」
そして車内の匂いに思い出したかのように、煙草を咥える。
橋場はそれ以上何も言わず、ただ器用にも運転を続けながら、彩夏へと火を差し出した。
黒い車は、走って行く――
*
男の野太い悲鳴――万丈銀二がそれを聞いたのは、馬鹿だが可愛げのある弟分、銅三とトランプに興じていた時だった。神の悪戯のせいで決定的に負けていた銀二は、良い機会とばかりに最悪な手札を投げ捨てて、銅三へと言った。
「おい。見て来い」
「え~勝ってたのに」
文句を言う銅三を一睨みすると、銅は参ったとばかりに手札を伏せて、億劫そうに椅子から立ち上がり、様子を見に行こうとする。
丸腰で向かおうとする銅三へ、銀二は部屋の隅へ視線を向けながら言った。
「おい。あれ持ってけ」
銀二の視線の先にあったのは古ぼけた衣装箪笥――だがその中に服は入っていない。入っているのは銃だ。所持しているだけで罰せられる凶器だが、過去程治安が良くはないこの国で、銀二の様に人目を忍んで暮らしている者には必要不可欠な代物だった。
「必要っすか?」
「客が馬鹿やってたらどうする。ビビらすだけでも良い、持ってけ」
銅三は軽い返事を返して、衣装箪笥を開ける。中にあるのは12番ゲージの水平二連ショットガンが一丁に、38口径のリボルバーが一丁。弾も十分用意してあった。銅三はそこからリボルバーを持ち上げて、テイクダウン方式――折るようにしてシリンダーを露出させるそれに弾を込めて、ベルトの背中側に差し込んだ。それから、ショットガンにも手を伸ばす。
「兄貴。これも持って行って良いっすか?」
「……好きにしろ」
「よっしゃ!」
銅三はショットガンにも弾を込め、やがてそれを肩に担いで部屋を出て行った。
「んじゃ、いっちょビビらしてきますわ。戻ったらゲーム続行っすよ」
「さっさと行け」
「へい」
威勢よく返事をして、銅三は悲鳴の元へ向かっていく。
一人残った銀二は自身の30口径リボルバーのシリンダーを確かめて、そこに一発だけ込められている事を確認すると、擦過音と共にシリンダーを回転させ、それをテーブルに置いた。
生命与奪は神の意思――それは例え自身の命がかかっていても変わらない。それが銀二の流儀であり、人生観だった。
万象一切運が取り仕切る。それが一番フェアで、運が尽きたらそこでゲームオーバー。シンプルで良いが、それはあくまで命の話である。ちょっとした遊びでまで完全に運に全てを委ねる程良い育ちをしているはずがなく、そのしたたかさがあってこそ銀二はこれまで生き抜いてきたのだ。
だから相手が不在の間に手札を覗き見るくらいのことは平然とやる。どちらにせよ銀二が手札を晒して既に流れたゲームだ。
銀二は手を伸ばして、銅三の伏せた手札を確認し、口笛を吹いた。
ストレートフラッシュ――流石にロイヤルではないが、けれど絵柄が混じったほぼ最強に近い手札に、銅三の異常なツキを見て、同時に不安を覚えた。
ツキは続く。……銀二はそんな話を信じてはいなかった。寧ろ、人の運の総量は決まっている――それが銀二の人生哲学だ。幸運は蓄積すれば不運を呼び、不運は幸運を呼び寄せる。要は、どのタイミングで運を使うかだ。
ゲームで幸運の女神に見放された。それは現実で幸運を呼ぶ根拠であり、だからゲームでの敗北こそがラッキー――勝利はアンラッキーだ。どうしようもない手遊びで貴重な幸運を使ってしまったのだから。
銅三はこのトランプゲームの様に、どうでも良い所で運を使ってしまう傾向にある。で無ければ若い内にのたれて銀二に拾われ、日陰の人生を歩む様な羽目にはならなかったはずだ。
ゲームではラッキーで、現実ではアンラッキー。そんな弟分が、今最強に近い手札を持っていた―――そして銀二は、銃声を聞いた。
ショットガン。音でどちらを撃ったのか判断しながら、銀二は自身のリボルバーを手に立ち上がる。限りなく最悪に近い。そんな予感を胸に抱いて、部屋を後にし、銃声の方向――一つ上の階へと歩んで行った。
軋みを上げる階段を踏み締め、冷静に様子を伺いながら歩んでいく。
銅三の声はしない。もし銅三が人でも撃ったのなら、動転して銀の元へ掛けてくるはずだ。そう言う気の小ささが愛すべき弟分にはあった。
最悪の状況――銅三がまたどうでも良いゲームで全ての運を使ってしまった。そう予測しつつ、銀二は銃声の轟いた階、その廊下を階段の影から覗き込んだ。
そして、倒れ伏す銅三を見た。壁に背を預け崩れ落ち、銀二の方に向いていたのは、その死に顔だった。
胸、心臓にはナイフが……客が持ち込んだのだろう銀色のナイフが突き刺さっている。そしてそんな銅三の身体を、返り血を浴びた白い少女――アンドロイドがまさぐり、その腰からリボルバーを盗み取っていた。
「――てめえ、」
その光景――弟分を殺された怒りに、銀二は我を忘れて怒声を上げ、リボルバーの銃口を少女の頭に向ける。
少女もまた銀二を見て、その血の色の瞳を歪めると、たった今銅三から奪い取ったリボルバーを銀二へと向けてきた。だが、撃つのは銀二の方が速い。
シリンダーには一発。そして、何度目の引き金で弾丸が吐き出されるか――。
それを知っているのは神のみだ。生命与奪は神の特権――この場で掛かる命は、銀二の命だ。
目の前の少女――アンドロイドの手にある銃は確実に弾丸を吐き出すだろう。
チャンスは一発。これで神が銀二を見捨てれば、銀二は脳天をぶち抜かれて物言わぬ物体へと変わる。
引き金を引く――反動が腕を痺れされ、神が選択した事を銀二は知り――そしてアンドロイドの顔面ははじけ飛んだ。
倒れ伏すアンドロイド――もはや少女と形容する事も出来ない頭部を失ったそれは、ぶるりと身体を震わすと、そのまま動きを止めた。死に顔の銅三の隣で。
「何だってんだ……」
状況を終わらせてから、なんとか思考を取り戻した銀二はそう呟き、銅三の元へと歩み寄った。シリンダーの空薬莢を排出し、また一発だけ込める。
銅三を殺したのはアンドロイドだ。生命与奪を機械がやった。それは銀二の流儀からして許せない事であり、同時に常識的にありえない事でもあった。
アンドロイドは人を殺さない。よほど致命的なバグか恣意的な改造がされていなければ。
どちらにせよ、最悪だ。愛すべき弟分は死に、ゲームの続きは永遠に流れてしまった。
銅三のそばにしゃがみ込み、銀二はその死に顔の瞼を閉じてやって……そこで、音を聞いた。
背後――開かれた戸の向こうで重苦しい金属音がなる。
――ショットガン。そう、ショットガンだ。銅三が持っているはずのそれが消えている。
そう気付き、音へと振り返りかけた銀二だったが――その光景を目撃する前に、乱流の如く押し寄せた散弾の波にはじかれ、その意識と身体は一瞬でぐちゃぐちゃに吹き飛んだ。
*
汚らしいビル街の一角での出来事だ。
そして、その傍に車が――黒い車が止まったのは、それから何分も後の話だった。
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