第14話 安藤さんとアウェイクン・ザ・パワー
「次~、安藤さん、どうぞ~」
「はい。えいっ。」
測定員の合図で、安藤さんがハンドボールを投げる。うわぁ結構飛んだぞ。測定員はまさかそんなに飛ぶなんて思ってもいなかったので、急いで落下地点へと走る。
「31m」
測定員が叫ぶ。余裕で10点相当の記録だ。これでも加減してる方なのだろうか。まぁ銃声のようなビンタを与えることができる人だ。やろうと思えばもっと遠くまで飛ばせるのだろう。
「へぇ安藤さん31mか、すごいなぁ」
「風向きが良かったのかもしれんな」
「そうだよ風向きだよ。やっぱ風向きって大事だよな。」
周囲の人間は目の前の光景に、いちいち驚かなくなってきた。というより、安藤さんの超人並の身体能力にだんだん慣れていき、やがてもっともらしい理由を見つけては現実逃避に走っていったのだ。
俺は夢を見ているんだと言い聞かせる者もいれば、偶然だとか運が良かったのだと言う者もいる。しかし、運良くシャトルランを300回まで折り返せたり、握力測定器を破壊したりできるだろうか。そんな現実を突きつけたら彼らはどんな反応をするのか興味深いが、これ以上彼らに衝撃を与えるわけにはいかないだろうと思い、僕は妄想で補完することにした。
「次~、
僕の名が呼ばれると同時に、周囲から笑いが漏れる。どうせ女子より飛ばせねーんだろ、とかそういった類いの煽りや
いつもらっただなんて、そんな野暮なことは聞かないでおくれよ。そんなもの決まってる、陸上部の一件のときだ。
あのとき安藤さんは、僕を誹謗する古沢に反論した。珍しい光景だった。と同時に僕は思った。安藤さんは、僕を庇ってくれたんだと。
ゴミと言われる僕のことを、「ゴミではない」と言い返した。そして最後に言った。「今度また久遠さんのことを悪く言ったら私は許しません」と。
安藤さんがどんな思いでそんな発言をしたのかは分からない。でも僕は彼女の言葉が、行為が、心から嬉しかったんだ。
僕はスポーツテストが嫌いだ。運動神経が悪く、
でも、今はそうは思わない。僕の心は「本気で投げてやる」という思いでいっぱいだった。本気で投げてもどうせ遠くまで飛ばない。そんなことは分かってる。でも、やる気の無い精神で投げることは、安藤さんがくれた勇気を無駄にしてしまうような気がした。
僕はゴミじゃない。安藤さんが否定してくれた思い、僕には無視することなどできない。
「飛んでいきやがれこの球体野郎――ッ!!!!」
僕は思いきり叫びながら全力でボールを投げた。
「4m」
測定員は無慈悲な測定結果を叫ぶ。周囲は笑いに包まれた。結果は散々だが、悔いはなかった。安藤さんの思いに応えられたのだから。お
「お疲れ様でした、久遠さん。」
安藤さんが迎える。一切笑うことなく、僕を労ってくれた。
「ありがとう、安藤さん。」
僕は満足げに礼を言う。予想通り、安藤さんは僕の礼の意味が分かっていないようだった。だが、言う必要は無い。言ったところで、今の安藤さんには理解してもらえない。いつか彼女にも、伝わる日が来るといいな。そんな清々しい気持ちのままスポーツテストは終わりを告げた。
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