第15話 安藤さんと2人目の転校生



「じゃあ安藤さん、放課後グラウンドで待ってるからね!」




 朝礼前、そう言って上級生の女子が1年2組の教室を出て行く。簡潔に言えば彼女は安藤さんを勧誘していたのだ。その光景を隣の席で見ていた僕は、安藤さんに話しかける。




「お疲れ安藤さん、今日は何部?」



「女子テニス部です。」




 スポーツテストから何日か経った今もなお、安藤さんに対する部活への勧誘は絶えない。その理由は、彼女の叩き出した驚異的な記録にある。運動部としては、安藤さんという絶対的エースを逃したくはないのだろう。すべてはシャトルランを300回折り返したところから始まったのだ。



 勧誘が来ると、安藤さんはとりあえずその日の放課後に、その部活動に体験入部として赴く。「何事も経験なので。」と安藤さんは言うが、僕としては単純に誘いを断れないだけなのではと思う。



 そして、体験入部に行く度に、彼女は場を荒らして帰って行く。昨日行った女子バスケットボール部の体験入部では、ダンクシュートを50回ほど決めた挙句、リングを破壊してしまったらしい。



 今日は女子テニス部に行くそうだが、予想しよう。安藤さんはテニスネットを破壊する。





「やあ、おはよう諸君。朝礼の時間だ、さっさと席につくんだ。」




 安藤さんが今日の体験入部で起こす「荒らし」を予想しているうちにチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってくる。相変わらず様々な口調を持ち合わせるクセの強い女担任だ。




「なんと言えばいいのだろうか、私は不思議な気持ちでいっぱいだよ。教卓の支配者ドミネイター・・・もとい『音無おとなし 静佳しずか』が初めてこの舞台に舞い降りたのは遠い昔、いや4,5年前だったか。とにもかくにも、こんな経験は初めてだ。まるでなにか創作譚フィクションの世界にでも迷い込んだかのような、言の葉では言い表しようのない感覚・・・」




 朝礼が始まるやいなや、女担任『音無 静佳』は語り出した。どこか痛々しい口調で語る彼女の姿を、我ら1年2組の精鋭たちはただ無言で見守る。僕らは「そういうやつなんだ」と割り切って彼女を放任しておくしかないのだ。いわば、今は『神の時間』。何人たりとも、彼女の織りなす神の時間に踏みいることなどできないのだ。



 やがて彼女は、語りに一区切り入れて言った。




「今日は転校生を紹介する。」




 転校生の紹介だった。音無先生の話を要約すると、教師はじめて4.5年経つけどこんな高頻度で転校生がクラスにやって来るなんて思ってもなかったから驚いている、というものだという合点がいった。



 まぁ正直僕もびっくりしている。転校生がやって来て、その2週間後ほどにまた新たな転校生がやって来るなんて経験上ない。僕たちはどうやら極めて珍しいシチュエーションに迷い込んでしまっているようだ。




「はい、じゃあ入って。」




 音無先生の呼びかけで転校生が教室に入ってくる。女子だった。外国人なのか染めているのか分からない金色の髪をツインテールにしている彼女は、栄愛えいあい高校指定とは異なる制服を着用している。それなりの「おおっ」というクラスメイトの歓声のあと。なんだか気高そうな気品ある表情で彼女は口を開いた。




「セバスチャン、入って。」




 自己紹介をするわけでも挨拶の言葉を発するわけでもなく、転校生の女子は執事のような名前を呼んだ。すると廊下から、執事のような白髪頭の老人が教室に入ってきた。モーニングを身につけていて、その上モノクルをかけている。セバスチャンの名に恥じぬ、いかにも執事のような老人だった。




「先ほど言った通りに」



「かしこまりました、お嬢様。」




 指示されるがまま、セバスチャンは黒板に名前を書き出した。恐らく転校生の彼女の名前であろう。セバスチャンが名前を書き終え、姿勢良く転校生の後ろに立つ。それを確認すると、転校生は再び口を開いた。




西園寺さいおんじ 夏澄かすみと申しますわ。父が『サイオンジホテルグループ』を経営しておりまして、簡単に言えば金持ちの娘ですわ。庶民のみなさん、よろしくあそばせ?」




 髪をさらっとなびかせ、ドヤ顔で自己紹介を終える。こんな嫌みな自己紹介をする人間を、僕は今まで見たことがなかった。

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