第12話 安藤さんとT.K.O

「・・・どうして、そんなことを言うのですか。」




 安藤さんは静かにそう言った。その表情は無表情というより、少し怒っているようにも見えた。




「なぜ久遠くおんさんのことを、悪く言うのですか。」



「悪く言うっていうか、事実なんだけど・・・」



「そもそも私が陸上部に入ることと久遠さんの運動神経が悪いこと、何の関係があるのですか。」




 勧誘を受けて口数の少なかった安藤さんが、形勢逆転といわんばかりに発言を続ける。少し感情がこもっているような気がした。僕はこんな安藤さんを見たことがなく、新鮮な思いだった。




「関係あるよ、コイツと一緒にいたら安藤さんがバカにされちゃうかもなんだよ?せっかくの逸材なのに、こんな雑魚と一緒にいるせいでブランドが落ちちゃったら勿体ないでしょ!?」




 古沢が早口気味に返答した。散々な言われようである。ちくしょう泣きそうだ。ていうかちょっと泣いてる。




「・・・言っていることがいまいち理解できないので、私はこれで失礼します。行きましょう久遠さん。」




 煽りのように冷淡に返した安藤さんは、僕とともに古沢たちの前から去ろうとする。しかし古沢も黙っていられるほど他人に誇れる性格をしていなかった。




「なっ、なによ!じゃあもういいわよ!アンタなんて二度とスカウトしてやんない!ずっとそのゴミと一緒にゴミライフでも謳歌おうかしていればいいのよ!バーカ!!!」




 正体現わしたね。古沢は顔を赤くして必死に暴言を吐き散らす。安藤さんの煽りに対し、黙っていられなかったのだろう。相当プライドの高いタイプとみた。



 こういう種族の人間とは関わらないが華だ。正論を言っても支離滅裂な反撃をしてくるのだ。ならば、決して打ち負かそうなどと考えてはならない。打ち負かされないなら、放っておけばいい。それが奴らにとって1番ダメージとなるのだから。





「・・・とは、もしかして久遠さんを指しているのですか。」




 安藤さんは立ち止まり、再び古沢に向かって話し始める。あちゃ~安藤さん、あなたってもしかして負けず嫌いなんですか?




「そうよ、分からない?そいつ以外にどこにゴミがいるっていうのよ!」



「違います、久遠さんはゴミではありません。」



「なんでよ!さっきのコイツの立ち幅跳び見た?頭からぶっ刺さってたのよ?」



「・・・そもそもゴミは立ち幅跳びなどしませんが。というかゴミは喋ったりしません。そうですよね、久遠さん。」




 いまいちかみ合わない言い合いの末、予期せぬところで安藤さんからパスが回ってきた。僕は「うん」と小さく返す。




「これで久遠さんがゴミではないことが証明されました。ご理解いただけましたか。」



「・・・っ!」




 安藤さんの論破により、古沢は悔しそうに奥歯を噛みしめる。古沢のプライドは、安藤さんの完全理論武装には勝てなかった。



 いま、古沢の精神状態は安定していない。そんな彼女が次にしてくる動きを、僕には読める。主張を完膚なきまでに言い負かされた時、プライドが高い人間が次にとる行動は・・・




「あああっ!!!!」




 古沢は何か鬱憤うっぷんを晴らすかのように叫びながら、安藤さんの右頬を思い切りビンタした。仲間の2人はすかさず古沢を抑える。「ちょ律子やめなよ」となだめるも、古沢は止まらない。




「ほんっとアンタみたいなヤツってムカつく!ちょっと私が誘ってやったくらいで調子に乗りやがって!私は古沢 律子だぞ!?先輩だぞ!?先輩をなめてんじゃねぇぞクソが!!!」




 泣きわめきながら叫ぶ。もはや何が原因で彼女がこうなってしまっているのか思い出せない。勧誘の話から始まり、僕がゴミかゴミじゃないか論争になって・・・。結局のところ、古沢は自分のことを崇拝すうはいしているだけなのだ。



 やがて彼女は、抑えてる仲間の2人を振り払い、もう一度右手を大きく振りかぶる。2度目のビンタを安藤さんにお見舞いしようとしているのだ。




「私をバカにしたむくいだ、このクソ女が!!!」




 2度目のビンタに対し、安藤さんはよけなかった。彼女は、古沢の右手を頬寸前で受け止めたのだ。そして逆に、空いている右手で古沢の頬に対し平手打ちをする。




「ぐぁぼおぶぇばっ!!!」




 ビンタとは程遠い音が聞こえた。例えるならば、銃声だった。

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