第11話 安藤さんと万年に1人の逸材

 安藤さんのスポーツテストは僕のフォローを経てなんとか順調に進んでいった。ここで現時点での記録を見ていこう。



<シャトルラン>


安藤さん:300回(10点) 僕:22回(1点)



<握力>


安藤さん:72kg(10点) 僕:25kg(3点)



<上体起こし>


安藤さん:20回(7点) 僕:14回(2点)



<長座体前屈>


安藤さん:54cm(8点) 僕:30cm(3点)



<反復横跳び>


安藤さん:50回(9点) 僕:41回(4点)



<50m走>


安藤さん:6秒7(10点) 僕:7秒5(6点)



<立ち幅飛び>


安藤さん:239cm(10点) 僕:147cm(1点)




 僕の助言の甲斐かいあって、なんとか安藤さんの記録は、シャトルランや握力の記録のような、浮き世離れしたものにはならかった。



 しかし、安藤さんにはもうちょっと加減というものを覚えてほしいと思った。「スポーツテストというものを実際にやったことがないので、どれくらいの力量で行えばいいかわからなくて」と言っていたが、ここまで調節ができなかったら通常の生活に支障をきたすような気もしたが、細かいことは気にしないことにした。




 今のところ文句のつけようのない高スコアを記録し続ける安藤さんに対し、僕の記録は散々だった。運動神経が悪いなりに必死に足掻あがく姿は、はたから見たらみっともないの極みだろう。周囲からのクスクスという笑い声が肌に刺さるようだった。



 半端ない記録を叩き出し続ける安藤さんと一緒に行動しているせいで、僕のマヌケっぷりが余計に際立つ。早く終わってくれないかなぁ。そんな気持ちで、最後の項目「ハンドボール投げ」のエリアに向かう。






「あなたが、例の転校生?」




 突然、後ろから声をかけられた。「例の転校生」が安藤さんのことを指しているのだと分かり、僕は後ろを振り返る。3人の女子が立っていた。3人とも僕らと違う色の体操着を着用している。僕の記憶を辿り、その色から彼女らが2年生であるという確信を得た。中央に立つ女子が安藤さんに話しかける。




「えーと、たしか、安藤さんだっけ?」



「あなたは誰ですか。」



「あっゴメンゴメン、言い忘れてた。私の名前は『古沢ふるさわ 律子りつこ』。陸上部の2年だよ!」




 『古沢 律子』・・・、聞いたことがある名前だ。僕の記憶が確かなら、去年の7月に1年生ながらインターハイに出場し、一躍注目を浴びた陸上部のエース株だ。凜々りりしい顔つきで、どこか当たりの強そうな女子だな、と僕の勘がそう叫んでいた。


 古沢は自己紹介を済ますと、改めて口を開く。




「聞いたよ~、あなたシャトランで300記録したんだって?最初は嘘だと思ったけど友達が撮影してた動画のおかげで信じざるをえなかったよ~。すごいね、中学の時なにやってたの?」



「・・・あの、用件は」




 怒濤どとうの質問攻めに、処理に困った安藤さんは用件を聞き出す。古沢は「いっけね」みたいな顔をして、本題に入る。




「ごめん、じゃあ単刀直入に言うね。安藤さん、陸上部に入ってよ!」




 清々すがすがしい笑顔で手を差し出す古沢。その目的は陸上部へのスカウトだった。まぁ、あんな強靱な持久力を持ち合わせた逸材を、陸上部がみすみす逃すとは思えない。当然のことだろうと僕は思った。




「陸上部・・・ですか。走る・投げる・飛ぶといった3つの基本技を中心とする競技を行う部活ですね。」



「ま、まぁ、お堅くいえばそんな感じなんだけど。」



「なぜ私に入ってほしいのですか。」



「え、そりゃ、安藤さん、持久力すごそうだし。シャトルランだけじゃなく、他の項目の点数も高いし。もう逸材じゃん逸材!何千年に1人、いや何万年に1人の逸材だよ!安藤さんなら普通にインターハイとか余裕で狙えると思うし!去年の私もそうだったし!」



「・・・。」




 安藤さんが黙り込んでしまった。恐らくこんなシチュエーションにおける対処のすべを持ち合わせていないのだろう。古沢の交渉に対し、に徹してしまっている。




「あの、久遠さん。こういう場合、どうすればいいのですか。」




 おっとここでSOSのサインが出てしまった。安藤さんから助けを求められたが、僕自身その回答に困ってしまう。安藤さんの身体能力をもってすれば、陸上部でも大活躍できるだろうし、部員のみんなと仲良くなっていくうちに感情というものを理解し、人間との共存を果たせるかもしれない。



 しかし、安藤さんがアンドロイドだと知らない陸上部の部員たちに正体がバレてしまったら、あっという間に校内はおろか町中に彼女の正体が広まってしまうかもしれない。



 彼女にとってどちらが最適解ベストアンサーなのか、僕には簡単に決めることなどできなかった。






「・・・てかアンタ、なんで安藤さんと一緒にいるわけ。」




 突然、古沢が僕に対して口を開いた。背筋が凍った。彼女の目が安藤さんに対する「勧誘の目」から、弱者に対する「軽蔑けいべつの目」へと変わったのを僕は忘れない。




「男子のくせに女子を下回る記録の数々。クソ雑魚のアンタが安藤さんと一緒に居ると、彼女の魅力が下がっちゃうってこと分からない?」




 悪口だ。100%悪意しかない悪口、罵詈雑言ばりぞうごんが僕に浴びせられた。



 友達はいないが、だからといっていじめられているわけでもない。出来るだけには関わらないように生きてきた。他人に干渉しない分、悪口を言われた経験も少ない。だからこそ、ここまでオブラートに包むことなく、ストレートに誹謗ひぼうされた僕への精神的ショックは計り知れなかった。



 その上、彼女の言っていることは正しい。男のくせに惨めな低記録。そんなヤツが、運動神経抜群の安藤さんと一緒に行動するなど、釣り合わないことこの上ない。せっかくの安藤さんの素晴らしさに、僕は泥を塗っているのだ。



 僕は浮かれていたのだ。初めてできた友達という達成感にあぐらをかいて、安藤さんのことなど考えていなかったのだ。僕は安藤さんといるべきではない。彼女はもっと彼女を活かしてくれる人といるべきなのだ。それに気付いた僕は、何も考えられず頭が真っ白になった。




 安藤さん、頑張って。あなたは陸上部で活躍するほうが、よっぽど幸せで有意義な時間だろう。別れを直接告げることなく、僕はこの場から離れようとする。今にも泣きそうな思いだった。





「あの、すみません。」




 安藤さんが、久しぶりに口を開いた。それは僕ではなく、古沢たちに対して言い放ったことであると、僕は安藤さんの向ける目線で理解した。




「・・・どうして、そんなことを言うのですか。」

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