第10話 安藤さんとパワー・オブ・クライム


 長かったシャトルランが終わり、体育座りで休憩している僕のもとに安藤さんがやってきた。




「お疲れ様です、久遠くおんさん。」



「・・・おつかれ、すごかったね。まさか300回まで折り返したところで先生からのストップが入るとは思わなかったよ。」



「私には相当な体力があることが理解できました。とても有意義な時間だったと思います。」



「・・・そう。」




 有意義でしたか、それはよかったです。僕は安藤さんの方を見ながら軽く微笑む。よく見たら安藤さんの身体から汗が噴き出ている。そりゃあ、300回もシャトルランを繰り返せばそれ相応の汗もかくだろう。


 しかし安藤さんは人間ではなくアンドロイドなのだ。アンドロイドだが汗をかくという現実に、僕は頭の理解が追いつかなかった。ひとつ確実に分かったことが、その汗がとてもリアルだったこと。まるで本物の汗のように見えた。よく出来ているなぁ、と僕はテクノロジーの進化にひそかに仰天した。





「・・・ところで、久遠さんは何回だったのですか。」




 突然、安藤さんは残酷な質問をしてきた。安藤さんの「300」の前ではどんな記録だとしてもかすんで見えてしまう。それにしてもカッスカスのロクでもない記録なので僕はサバ読むことを決意する。良心の呵責かしゃくに耐え、安藤さんの質問に答えた。




「・・・52回。安藤さんと比べたらショボいもんだよ。」



「いえ、私はアンドロイドですから、通常の人間より運動能力が優れているので仕方がありません。むしろ4点相当の記録ですから、平均的な持久力だと考えられます。」




 安藤さんが硬いフォローをしてくれた。言えない。本当は「22回」だなんて言えない・・・。4点相当ではなく、1点相当の記録だなんて口が裂けても言えない・・・!


 「ありがとう」とフォローに対する礼を安藤さんに告げ、僕は話を全力で逸らす。




「・・・次、なんだっけ」



「握力です。あちらで測定しているようです。行きましょうか。」




 僕は立ち上がり、安藤さんとともに握力測定のエリアに向かった。







「じゃあ、測定器を地面に対して垂直に持って握ってください。振ったりしたらダメですよ。」



「わかりました。えいっ。」




 測定員から測定器を受け取るやいなや、安藤さんはそれを一瞬にして握りつぶしてしまった。




「・・・すみません、壊してしまいました。」



「え、あ、その、ごめんなさい。あ、新しいの用意しますね!」




 壊された人に逆に謝られてしまった。新しい測定器を用意している測定員をよそに、僕は安藤さんに耳打ちをする。




「安藤さん、もっと加減して・・・」




 測定員はあくまで経年劣化で測定器が壊れてしまったと思っている。だが2回連続で測定器が壊れたら、それは経年劣化ではなく安藤さんの怪力であると判断され怪しまれることになる。だから僕には、安藤さんに力を抑えさせるという義務があったのだ。




「・・・わかりました。」



「はいっ、すみません!こちら新しい測定器なので、これでもっかいお願いします!」



「わかりました。えいっ」



「・・・72。」




 引きつった顔で測定員が記録を読み上げる。もうちょっと加減できなかったかなぁ安藤さん。加減してもなお、女子の握力測定における得点10の記録の2倍の握力を叩きだしてしまっているよ。僕は再び耳打ちをし、自分の言ったことをそのまま口にするよう伝えた。




「・・・父がボルダリングの名選手で、その影響で私もボルダリングをたしなんでおりました。そのせいで握力が鍛えられてしまったんです。」




 安藤さんは僕の伝達通りに話した。棒読みで。咄嗟の滅茶苦茶な言い訳だが、フォローをせずにはいられなかったのだ。




「あ、あーなるほど。それなら仕方無いですね、納得です。」




 納得したのか、測定員よ。あんな握力でボルダリングしたら岩がことごとく破壊されてしまうぞ。まぁ、納得してくれたならそれでいいのだが。




「・・・あの女子、握力測定器を壊したらしいぞ。」



「マジかよ、さっきシャトルランを300回で止められたあの子かよ!」



「1回目で測定器壊して、2回目で握力72だってよ。」



「なんか、ドラゴンボウルでそんな話あったよな・・・」



「あーあれだろ。天下一グランプリの予選のパンチングマシンのやつね。」




 周囲の生徒からのウワサは相変わらず広まりつづけてはいるが・・・

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