第9話 安藤さんとランナーズハイ



「はぁ・・・」



「どうしたんですか、久遠くおんさん。」




 僕がため息をつくと、安藤さんが声をかけてきた。安藤さんが転校してきてから1週間ほど経ったある日、僕は憂鬱ゆううつで仕方がなかったのだ。




「明日、スポーツテストがあるんだよ・・・」




 そう、文部科学省が定めた体力及び運動能力の調査、すなわちスポーツテストが明日行われるのだ。運動部とか運動が得意なヤツらは『腕試しの祭典』とでも言わんばかりに張り切って高スコアをたたき出す。彼らの中ではトータルスコアAを取るのが当たり前みたいな風潮が漂っているのだ。



 一方、運動神経の悪い人間にとっては地獄の時間だ。自分の情けない運動神経を周囲に晒す、一種の処刑イベントだ。トータルスコアも大体E。彼らは「EはEexcellentエクセレントのEだ」と負け惜しみを言い張る。運良くDを取れたヤツは「お前記録サバ読んだろ!」といちゃもんを付けられ、「DはダメのD」と呼ばれるという底辺っぷり。雑魚どもの争いほどみにくいものはないだろう。




 というわけで自己紹介をしよう。僕の名前は久遠 瑛士えいじ。スポーツテスト弱者こと、醜い底辺のグループに属する1人だ。あ~だっりぃなぁ!誰だよこんなクソイベント考えたヤツ!せめて応募制にしろよ!強要するな強要!!



 ていうかスポーツテストがあるんならゲームテストもしろよ!近年はeスポーツってのも流行ってるし!アクション・RPG・シューティングみたいにカテゴライズしてよぉ!それなら俺だって余裕でトータルスコアA取れるぞ!いや、AどころかSSSトリプルエスだって取れるぞ!



 いい加減運動だけがスポーツっていう概念なくせよ!







「スポーツテストですか、何か不都合でも?」



「フッ・・・、明日見ていればわかるよ。」



「そうですか。」




 安藤さんの問いのおかげで我に返った僕は、軽く微笑んで言葉をにごした。今度はこちらから聞こう。




「安藤さんはどう。運動、自信ある?」



「それほど良い記録が出るとは思えませんが・・・。」



「そ。じゃあ仲間だね・・・。」




 安藤さんと一方的な仲間意識を持つと、僕は少し気が楽になった。明日はなんとか2人で乗り越えていこうと、僕は心の中で自分を励ました。あ~あ、突然インフルエンザが流行しねぇかな~!




―――




「・・・おい、あの子誰だ?」


「た、たしか先週2組に転校してきた子だろ?」


「ヤバくね、どういう運動神経してんだよ・・・」





 スポーツテスト当日、周囲の生徒の注目が安藤さんに集まる。物珍しい表情で彼女のことを見る。安藤さんのプレーに衝撃を受けているのだ。





 侮蔑ぶべつではなく、秀逸しゅういつの意味で。






「おい、ヤベェよ。もう200回だぞ。」



「シャトルランで200回とか聞いたことねぇよ。てかいつまで続くんだよ」



「音声の上限は247回らしいけど・・・」





 そう、安藤さんはシャトルランを行っている。現在の折り返し回数、200。苦しむ様子も見せず、無表情で走り続けていた。




『それほど良い記録が出るとは思えませんが・・・。』




 僕は昨日の安藤さんの言葉を思い出す。この言葉で、安藤さんも運動は微妙なんだろうなと期待した自分を恥じた。と同時に「今日のマラソン一緒に走ろうね」って言われて5分くらいで置いて走っていかれたような、裏切りの感覚を味わった。




 人は長時間走っていると恍惚こうこつ感が生まれてくるという。主体は違えど、人は長時間走る人に魅了されるということを自分の目で見て理解した。

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