第4話 安藤さんとスクランブル

 ありのまま、見たことを話すぜ。安藤さんが空き教室で、を教室の隅のコンセントに挿して座っていた。何を言っているのか分からないだろうが、僕にも分からない。僕は信じられないような光景を前に、何も言えずに黙り込んでしまう。




「・・・あなたは、同じクラスの久遠くおん 瑛士えいじさんでしたね。」




 安藤さんは表情ひとつ変えず、相変わらず無表情なまま僕の名前を確認する。1回しか名乗ってないのに憶えていてくれて嬉しかった。




「昼休みに、こんな所で何をしているのですか。」




 こっちの台詞です、安藤さん。あなたがそれを聞きますか。僕は心の中でツッコんだ。そして、その質問を安藤さんにそのまま返す。




「あ、安藤さんこそ何やってるの・・・」



「・・・、読書です。」




 そう言う安藤さんは、読書どころか本すら持っていない。せめて、本を持ちながら嘘ついてくださいよ。




「その、なんというか、その背中のケーブルは何ですか・・・。」




 迷った末、僕は核心を突いた。その背中から伸びているケーブルは一体なんなのか、ストレートな疑問をぶつける。




「・・・PSP(Play Space Portable)の、充電をしているところです。」




「そ、そうなんですか、奇遇ですね。ぼ、僕もPSP持ってきたんです。・・・よかったら一緒にやりませんか?」



「・・・。」




 安藤さんは再び黙り込む。僕の問答に焦っているのか、それとも予定調和なのか、一切顔色を変えない。



 何なんだこの状況。昼休み、誰もいない空き教室で、背中からケーブルを伸ばしながら「PSPの充電をしている」と言う安藤さん。僕は訳がわけがわからなかった。



 安藤さんは、なぜこんな空き教室で1人でいるんだ。安藤さんは、なぜPSPの充電をわざわざこんな所でしているんだ。なぜPSPを背中に入れて充電しているんだ。というか、安藤さんは本当にPSPの充電をしているのか。でも、PSPの充電が嘘ならば、安藤さんの背中から伸びているケーブルの正体は一体何なんだ。




 様々な疑問が駆け巡る中、急いでケーブルを背中にしまうと安藤さんは立ち上がった。




「あ~いたた。お腹が痛いです。これは痛い。トイレに行ってきますので失礼します。」




 なんと分かりやすい仮病だろうか。棒読み無表情で体調不良を訴えると、安藤さんは急いで空き教室から出て行こうとする。が、そんな安藤さんのもとに悲劇が襲いかかる。




 空き教室に積み重ねられた机たちが、急ぐ安藤さんのモーションによって揺り動かされ、バランスを崩す。机たちは重力にしたがって崩れ落ちる。安藤さんの上に。




「ぐぇ」




 女子高生の上に大量の机がなだれ落ちる。事故ですよ。なかなか衝撃的な光景のはずなのに、相も変わらず棒読みで無感情な悲鳴のせいで、全然緊張感がない。



 普通なら急いで彼女のもとに駆けつけ、机をどかして救出するというのが、人としての当然であろう。だが、いま僕は棒立ちで机の山を眺めている。人としての当然を忘れるほど、信じられない現実を受け入れるのに苦労をしているのだ。



 僕は右頬を強くつねる。痛みを感じ、夢ではなく現実であることを確認した僕は、急いで安藤さんの上に乗っている机をどかし始める。




 この机、重いッ。高校1年生の男の子ですら、1つ持ち上げるだけでも一苦労する重さだ。こんなものが6.7個ほど身体になだれ落ちてきたというのに、なぜ安藤さんは感情のこもっていない声で「ぐぇ」と言うだけで済んでいるのだろう。僕がその立場なら断末魔だんまつまの声をあげて死んでしまうかもしれないのに。




 やがて、机の山の中から安藤さんの姿が見えてきた。安藤さんはうつぶせで倒れていた。だから確認できてしまった。安藤さんのを。



 ケーブルはPSPを充電するものではなかった。そのケーブルはたしかに、安藤さんの制服の内側、彼女のから伸びて出てきていたのだ。

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