第2話 安藤さんと出会い(後編)

 「転校生が来たムード」もそれなりに終焉を迎え、1限目が始まる。担任による世界史の授業だ。




「よし、じゃあ今から1限目始めるぞい。世界史ザ・ワールドだ、世界史。さっさとノートと教科書出せよ。あっ、安藤は隣から教科書見せてもらえ~。まだ届いてないらしいからなぁ。」




 そう言われ、安藤さんは僕の方を見る。




「だそうです。教科書を見せていただけますか。」




 他人事ひとごとのように僕に教科書を見せるようにお願いしてくる。僕は「うん」と小さく頷いて承諾の返事をする。なにしろこちとらコミュ障なのだ。明るく「いいよ!」などと返せるわけもない。




 ・・・って何を弱気なことを言っているんだ僕は!?僕は転校生と友達になるのではなかったのか?



 ならばもっと気さくにコミュニケーションを取らなくてどうする!頑張れ瑛士!負けるな瑛士!




「・・・僕、久遠くおん 瑛士えいじっていいます。よろしく。」




 僕は勇気を振り絞って自己紹介をした。大抵の方々は「なんだよ、普通じゃねぇか」とか思う人もおられるかもしれませんが、コミュ障ぼっちからしたら、自分から自己紹介をするだけでも熱い決心をしなければならないのです。



 初動ファーストフェイズとしては上出来だろう。声は小さかったが、それは授業中ということで許していただきたい。僕は安藤さんの反応をうかがい、そこからなんとか会話を続けなければ・・・




「・・・よろしくお願いします。」




 僕と安藤さんの言葉のドッヂボールは、小さな声でよろしくと言われて儚くも終了した。わずか1往復。僕の心の中は涙で溢れて、大洪水を起こしている。まさに、勇気の振り絞り損である。





 それから、僕はしばらく安藤さんのことを観察していた。



 安藤さんの容姿は端麗たんれいで、長くたなびく黒い髪はみやびの極みだ。背筋もピンとしていて、姿勢が日本人形のように美しい。声も澄んでいてとても綺麗だ。



 僕のような底辺が決めつけるのもどうかと思うかも知れないが、安藤さんは女性の中でもなかなか上位級トップレベルのレベルの女性であると思う。そういうコンテストに出れば間違いなく優勝するだろう。




 しかしそんな中、僕は1つだけ彼女の解せない点に気付く。



 彼女は常になのだ。どんなことがあっても、その表情は固いままだ。



 授業中、教師が小粋なジョークを挟み、教室中が笑いに包まれる中でも、安藤さんはただ1人笑うことなく、無反応を貫いていた。



 クールで冷静沈着と言ってしまえばそれまでだが、それにしてもクールすぎるように感じる。言い方は悪いが、少し不気味だった。




 僕は思った。安藤さんの笑顔を見てみたいと。あの寡黙かもくで無表情な彼女は、一体どんな時に笑うのだろうか。僕は生まれて初めて、現実世界の人間に心をかれた。今までに味わったことの無い新鮮さを感じている。興味以上の対象とはまさにこのことなのだろう。



 安藤さんの笑顔を引き出してみたい。そのためにはまず、彼女と友達にならなければならない。たかが教科書を見せただけで友達になったなんて自意識過剰で能天気のうてんきな妄想などしていない。



 なんとしても、「ただの隣のクラスメイト」から「友達」へと距離を縮めなければならない。



 僕はちらりと時計を見る。現在12時10分。あと10分で昼休みを迎える。勝負はそこだ。頑張って安藤さんをお昼ご飯に誘うのだ。僕は昼休みまでの残り10分、脳内でシミュレーションを行いながら過ごした。





「よし、じゃあ4時間目はここまで。」




 教師が授業終了宣言をすると、ちょうどチャイムが鳴った。昼休みの到来を知らせる鐘の音だ。僕は右隣の安藤さんの方に顔を向け、誘いをかける。




「あ、安藤さん・・・、よかったら一緒にお昼食べない・・・?」




 決まった。渾身の誘いが決まったぞ!どうだ見たか全国の哀れなるよ!お前らにこんなリア充みたいなことが出来たか!?出来るわけないよなぁ!!



 僕は成長した。コミュ障でぼっちの男子が、たった数時間で隣に座る女子に「お昼食べない?」と誘いの言葉をかけられるほどに。確かな満足感を噛みしめながら、安藤さんの反応をうかがう。




「すみません、行かなければならない所がありますので。」




 そう言うと安藤さんは、席を立ち教室から出ていった。相変わらず可愛い声で、そして狂おしいほどに冷静で無表情だ。僕の勇気は2連続で断ち切られた。僕も所詮、まだぼっち飯協同組合の組合員の1人にすぎないのだ。




 会話は続けられなかったが、誘いは断られたが、僕は少なからず精神的に大成長を遂げていると実感する。世界が僕を否定しようとも、これは揺るぎようのない事実だ。



 そして、いつの間にか僕の頬を涙が伝っていたこともまた、揺るぎようのない事実である。

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