闇のままに
剣の少女はもう何度目になる溜息を空……に溶けてはいないだろうけど、気持ち溶かす思いで、溜息を吐いていた。
………何でかなぁーー
内心のコメントももう既に何十ではなく何百……最高では何千くらい超えていると思われる問いだ。
そう疑問に思うのは、かつて己を使っていた………優しい正義の魔法使いだった少女の力を知っているからだ。
最後の結末が決まる事を恐れながらも、それでも誰かの為になりたい、と願った少女はまるで当然、と言わんばかりに残る私の為にこの地帯に結界を張ってくれたのだ。
恐らく、私が今まで見た中では世界最高の魔法の一つと言える魔法であった。
人が近寄らない、目に見えない、忘却促進、といった結界らしい作用の質もそうだが、何よりこの結界は悪感情や願望を見抜いて寄り付かないようにする結界だったのだ。
張られた、と過去形で説明するよりも、今も生きて活動する結界、と呼んだ方が正しいかもしれない。
死後も尚、動く魔法が、それが自分なんかの為に張られている、というのは彼女に申し訳ない思いがあるが………問題はその結界を、酷く容易く抜けてくる目の前の少年が問題なのである。
「いやぁーー今日こそ勝てると思ったんだけど………流石エルウィン師匠。歳月と師匠が積み重ねた努力に、そう容易く突破出来ないな」
ここに来る度に帰れと言い続けているのに、何時も変わらないニコニコ顔のまま、今日の出来事を説明する様に、実はこの少年は嫌がらせでやっているのではないか、と疑う時がある。
ここまでつれない態度で接しているというのに、毎度何時も笑っているのだから、一度、実は被虐体質なのか、と聞いたのだが
「やだなぁ。女の子との逢瀬の時は押し倒されるより押し倒したいよ。うん、むしゃぶりつく」
と、中々女の子側が聞いたら恐ろしい事を聞いた気がする。
というか、一応、見た目女である私に対して開けっ広げ過ぎないだろうか。
『………負けたのに、随分と嬉しそうね』
嬉しそうね、じゃない私。
ここは煩い、帰れ、二度と来るなーーとか言うタイミング。
長い付き合い……と言えるレベルかは知らないが、とりあえず剣わたしとしては長い付き合いの少年だからといって甘やかし過ぎだ。
………とは言っても、体が剣である以上、動く事も、何かを為す事が出来るわけじゃないのだが。
「ん? そりゃそうだよ。少し前までは勝負にもならなかったんだ。それが今や勝った負けたを言えるようになれたんだから。ああ、でも俺の事よりもサヤの成長の方が誇らしいかな? うん、ガキの俺が言う事じゃないけど、やっぱり誰かの成長って見ててなんだか嬉しくなる」
『言ってる事がおじさん臭い』
「ぐっ……!」
即座に胸を抑える辺り自覚有りらしい。
……実際は精神年齢が高いのではなく、見ている視点が高いせいでそう見えるし、聞こえるだけだ。
他人よりも視点が高いから広く見え、その上で深さを忘れないから、この少年は他人を惹きつけるし、見守る姿勢を崩さないのだ。
基本、鳥のような人なのだ。
鳥のようだったのに、地面で必死になって生きる人を愛してしまったから地上に降り、その手伝いをしているような感覚。
どこまでも飛んで行けるのに、鳥は何故か地上で頑張って生きていく人間が好きで好きで仕方が無いのだ。
だから、彼が他人を救うのはとっても利己的だ。
様々な人の可能性先を見たい、と思っているから人を助けているのだ。
勿論、出来ればより良い未来を生きてほしい、と願いながら………それを叶わぬ夢と知った上で、彼は笑うのだ。
その痛々しさに………止せばいいのに、私は口を開いてしまうのだ。
『ねぇ………君、苦しく無いの?』
当然、唐突にそんな事を尋ねられた少年は首を傾げる。
それに敢えて付き合わず、私は思った事だけを少年に叩きつける為だけに、吸えもしない空気を吸う。
『君は未来を信じて戦っている。それ自体はきっと正しい事なんだと思う。明るい未来を思って日々を生きるのは多分だけど良い事だと思う──でもね。他人の未来も含めて信じるのはとっても苦しいよ』
人間は現在の事のみに付き合うのが丁度いい形なのだ。
過去を見れば、拭い難い過ちや後悔を思い出し、未来を思えば、先行き不明であやふやな将来が待ち構えている。
現在ですらオロオロして必死に生きていく事が関の山の人間が………ましてや他人の分の未来も思って生きていくなんて苦しいだけだ。
『私はこの街を見た事が無いけど、君の話を聞いていたら素敵な街なんだな、というのは分かるわ──でも、それはこの閉じられた世界だから成立しているだけ。もっと大きく広がれば、それだけ齟齬が生まれる』
どれだけ目のいい鳥であっても、見据えるものが巨大であればある程、小さな所を取りこぼす。
取りこぼすだけなら、まだいい。
だけど、鳥は人間社会から見たら、大きな異物なのだ。
異物を見れば、人間は拒絶反応を起こしたかのようにそれらを駆逐したがる。
良く知っている───そんなモノ、見過ぎて飽き飽きしてきたモノなのだから。
例え、それが美しさに由来するものであったとしても、尚の事、人は羽を捥がずにはいられないのだ。
『そんな生き方をし続けていたら、何れ破綻が君に追い付くよ』
それが裏切りによるものなのか、弾劾によるものなのかは知らないけど………
でも
『分かっているんでしょう? ───人間はキレイな人もいるけど、汚い人もいるんだよ?』
そんな………良く知っているであろう事実を、改めて突き付けるように、私は酷く当たり前の事を吐き出した。
唐突な否定の言葉を浴びせられた少年は怒るかと思ったが………少年は困ったように笑うだけであった。
「まず、過大評価を一つ訂正させて貰うと……別に俺は人間は素晴らしい、とは考えてないよ」
人間の性根は汚く、価値あるものだ、とは思っていない、と少年は笑った。
自分が言った言葉なのに、少年の口から語られるとまるで別の言葉のように聞こえて、眉を顰めた。
『じゃあ、どうしてそんな風に何時も誰かの事を思うの? 人間を信じているからじゃないの?』
「うーーーん………人間自体は信じている、とは言えないかな──ただ、人間が気紛れのように形作られる幸福キレイな形モノを夢見ているだけだよ」
そんなにおかしい事かなぁ、と首を傾げながら笑う少年を見て、少女は数秒だけ沈黙する。
誰かの幸福の形を見るのが好きなのだ、と少年は言う。
他人が笑い、楽しんでいる光景を見れば暖かな気持ちになる。
成程、確かにそれは美しいのだろう。
人の在り方としては最も綺麗な生き方なのかもしれない。
けれど───
『………分かっているのでしょう? 幸福に永遠は無いわ。例え、どれ程君が努力しても………その幸福は何時か破綻するの。これから先、君はずっとそうやって人の幸福を見守りながら、壊れていく様を見届ける続けるの?』
「勿論、そんなの分かっているよ───でもね、人の幸福が永遠に続かないように、不幸も永遠には続かないと信じている。全ての物事に永遠は無いけど………せめて、幸福のチャンスが平等じゃないとむかつくだろ?」
平等
平等と来たか。
それこそ理解できていない言葉では無いか。
『───平等なんて言葉は人間が生み出した綺麗事の極致よ。同じ人間なんていないんだから、総てが真っ平に等しいなんてあるわけないじゃない。どこにでもいる、なんて言葉はね───自分は誰かと同じだと信じたい幻想なんだから』
この世に同じ人間なんていない。
どこにでもいる人間なんて言葉は能力だけを捉えて作られた言葉だ。
故に、平等という言葉は人間に存在しない。
あるとすれば、何かが違う、という不平等という名の平等だけだ。
だから、君は今、貧民街にいるんだし
『例え、目に映る人々を平等に出来たとしても………平等の席は限られている。それを君は力づくで奪い、壊すと言うの? もしかしたら君が築き上げる幸福よりも多数の人が幸せかもしれないものを』
厭らしい所を突いているのは自覚している。
人間はどの生命よりも奪っていかなければいけない生命体だ。
例え、それが魔王の如き悪人でも、聖人の如き善人であっても同じだ。
それを少年にだけするな、と強いるのは傲慢に過ぎるし………何よりそうでもしないと生きていけない環境にある彼を、私が弾劾する権利など無いというのに。
恥知らずめ………と自分に怒りを覚えながら……そんな私の言葉に、そうだね、と頷く少年の笑みは曇る事が無かった。
「言い訳はしないよ。結局の所、俺がやっているのも誰かの他人を奪って壊す悪行だ。自分の傍にいる誰かの幸福が見たいから、遠い誰かやどうでもいい誰かに苦しめ、と地獄に落とす。うん、どこをどう見ても、どこに出しても恥ずかしい悪人だね」
………凄い言葉を聞いた。
今の言葉は普通に考えれば、自分の価値をしっかりと測れていない自虐者のような台詞だ。
しかし………今の言葉には一切の虚飾も無ければ虚偽も無かった。
この少年は、今、心底から、己の事は唾棄すべき外道なのだ、と蔑んでいるのだ。
今までと変わらぬ綺麗な笑みのまま、彼は自分の事を死ぬべきだと笑っていた。
少しだけ、無い筈の体を震わせながら、しかし視線を逸らさずに
『なら、平穏に………ううん。ただ生きる事を選ぼうと思わないの?』
「思わない」
人間の反射神経の限界を攻めた返答に、喉を詰まらせる。
迷いのない返答は何度も聞いている筈だけど………毎回、聞いて迷わない人間に悲嘆しながら、しかし尊敬したけど………
「自分で選び、自分が歩いた人生だ。恥知らずである事は承知だけど、尚の事、俺は道を変える気はないよ。俺は俺が選んだ道を一切妥協せずに生きていく」
まるで、ここが幾万の観衆の前のように宣言する少年。
その姿に私は感銘───を覚えるよりも、悲嘆を覚えた。
ああ………やっぱり………
少年の気高さは、魔剣の私にも何度も見た姿と相似する部分があった。
私を抜く人間の大抵は私欲と我欲を優先する欲深い人がほとんどだったが………その中には眩しい程に素敵な人もいたのだと。
以前、自分を使っていた彼女が一番の代表例だ。
本人はそんなんじゃないよ、と言っていたが………私は知っている。
彼女は間違いなく、正義の魔法使いだった事を。
強きを挫き、弱さを庇護する───のではなく、強きも弱きも出来る限り平等に助けようとする姿は誰よりも懸命で胸を打つ姿であった。
そんな彼女の姿を幻視しながら………思わず、少女に問うた言葉を、少年にも問うた。
『───後悔しないの?』
こちらの問いに、少年よりも先に幻影過去が答えた。
”まさかぁ………ボクはそんなに凄くないよ。きっとこれから先、何度でも後悔する……もしかしたら、恥知らずにも君を取った事でさえも後悔するかもしれない”
次に過去の苦笑を受け継ぐように、少年が答える。
「まさか。俺はそこまで達観もしていなければ、前ばかり見ていないよ。これまでも、これからも後悔だらけだ。何度やり直しても足りない………何時か、俺は俺を許せなくなる日が来るかもしれない」
言葉が違うだけで、全く同じことを言う過去と現在。
その事に笑えばいいのか、嘆けばいいのか分からないまま………二人は最後だけは言葉を合わせて私に告げる。
"でも"
「だけど」
"たくさんの人が笑ってくれたなら……ボクの苦しみも無駄じゃないって思うんじゃないかなぁ"
「多くの人が笑えるなら………地獄に落ちるのだとしても、万々歳だよ」
「────」
聞きたくない言葉であった。
その言葉は何時も、私の目の前で死を迎える人間が言う言葉だ。
間違えてなかったって笑って私を置いていく残酷な言葉だ。
一人満足して置いてかれる人間の事を気にも留めない自分勝手な言葉だ。
だから、嫌い。
大っ嫌い。
自分の人生が一人であるかのように完結している、と思っているのが嫌い。
自分の苦しみは他人には影響を及ぼさないと思っているのが馬鹿馬鹿しくて、大っ嫌い。
自分の価値いのちなんて他人に比べればどうでもいいだろう、と思っているのが大大大ッ嫌い………!!!
体があれば今すぐにでも目の前の少年を張り倒したいくらいだ。
そして、それが出来ないから、私は魔剣でしかない。
例え、他人と喋る事が出来たとしても………男の子一人も張り倒せない以上、私は結局、ただの狂った剣でしかないのだ。
だから、今、唐突に黙った私に対して心配そうな顔で首を傾げる少年に………精一杯の憎悪を叩きつけるのに、何の躊躇いも無かった。
『………ええ、良く分かった………本当によーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーく分かった』
きっと、私は今、とてつもなく綺麗な笑みを浮かべているに違いない、と断言出来る。
何せ、ここ数十年でここまで迷わない言葉というのも珍しい。
うん、それこそそこにいる馬鹿と昔の友人の言葉を信じるなら、絶対に無駄にならず、万々歳となる言葉だ。
だから、私は、自分で言うのもなんだが、最高の笑顔で、少年に怒りをぶつけた。
『やっぱり、私───君の事が大ッ嫌い』
何故か少年が今までで一番の大ダメージを受けた表情を作ったので、滅茶苦茶溜飲が下がったのは内緒である。
※※※
レオンはしょんぼりとすっかり暗くなった帰り道を歩いていた。
理由なんて実に明白で
嫌われたかなぁ………
思いっ切り女の子に大っ嫌い、と宣言された事である。
「ショック………」
ああ、すっごいしょっぱい………これ、何の味? 負け犬の味? ですよねーー
万民に好かれている、なんて自惚れはこれっぽっちも持っていないが、あの子は例外枠である。
………いや、例外でも、自分を好きにならなければならない、なんて縛りはあってはいけないが。
でも、あんな綺麗な笑顔で大っ嫌いは辛いです。
世の中にはこういうのにむしろ興奮する男も存在するみたいだけど、俺はそこまで豪が深い男にはなれなかったようだ。
器的にも負け犬である。大ショック。
「やはり、インパクトが足りないのか……! 無個性な人間には厳しいな………!!」
「嘘をつけぇ!!」
帰り道を歩いている人間が全員振り返ってツッコミを放ってくるが無視する。
まぁ、それはさておき
「……まぁ、理由は……予想はつくけど」
彼女にとって、自分を知るもの、とは自分を利用するものか……後に死ぬものかの二択だ。
前者なら、彼女とて諦めという名の諦観を以て接するだけなのだろうが………後者は彼女にとっては厄介者以外の何物でもないのだろう。
前者には道具としての付き合いしかないから、愛着は持たないが………後者は彼女に他者が死ぬという傷を残していく存在なのだから。
何度も何度も目の前で死んでいく存在───それも彼女と契約したばかり・・・・・・・・・・に死んでいく存在だ。
彼女にとっては自分のせいで死んだのだ、と思い込んでしまっても仕方がない傷跡だ。
それを知って近付くのだから、確かに大っ嫌い、と言われても仕方がない悪趣味である。
思わずはぁーーと目を閉じて息を吐き、目を見開き───もう一度大きく溜息を吐く。
何せ、俺の周辺から人の姿が・・・・・・・・・・消えたからだ・・・・・・
これだけ聞けば、魔法による結界のような効果だが………自分はこの現象を知っている為、驚きはしない。
恐ろしい事に、これは体術・・によるものらしい。
らしい、というのは実際にその体術が使われるのを見た事がないからだ。
故に、魔法ではないと分かっていても、俺からしたら最早、これは魔法よりも恐ろしい神業………否、魔技と言わざるを得ない。
しかし、問題はそれではなく
「………毎回、報告する為だけに大袈裟な措置だよ、これ」
「申し訳ありません。しかし、貴方への報告を万が一にも漏らすわけにはいかないのです」
独り言のような俺の言葉に返事が返ってくる。
レオンは知らないが……鍛錬終了後にシオンにも同じ風に姿形を表さずに、声だけの存在が報告をしていたのと全く同じではある。
違いがあるとすれば、少年に声を掛けた存在は、声色だけならば女性である、という事だけだ。
何も知らなければ、完全完璧な恐怖減少だが、知っている人間からしたら呆れるだけである。
「貴女の職人気質は知ってはいるけど、報告の為にこんな"穴"を開け続けていたら面倒だし、素人はともかく武芸者などにばれたりしないか?」
「まず、面倒とは思っておりません……ですが、確かにエルウィン様やシオン様のような魔法使いを相手にした場合は確かに気を使わなければなり・・・・・・・・・・ません・・・」
気を使うだけで済む辺り、最早、どの領域に手をかけているのか、と思うが、恐怖は覚えない。
彼女は自分の影だ。
影が裏切る事はない、と俺は理解したし、女性もそれを承知の上で俺に仕えている。
故に、俺はこの人の名前を知る事は永遠に無いし、女性も名乗る事は無いだろう。
「来た……って事は準備はほぼ完了したって感じかな?」
「既に一部の村落を除いて主要の都市には我らが入り込み、工作も完了しました───号令あれば、何時でもすげ替えれます・・・・・・・」
ぼやかした言葉には真実は隠されていても、血の匂いまでは隠し切れていない。
………いや、別に隠す気が無いのだろう。
彼女にとってはただ任じられた事を行うだけ。
そこには善悪の秤はなく、あるのはただ主上の命をこなす、という女性にとっての絶対論理を完遂させる、というそれだけ。
己を道具として扱う以上、悪を担うのは使用する自分の役目だ。
そう思うとつい笑ってしまい、
「何か?」
「いや、貴方達に問題があったわけじゃない。つい、さっき、俺がいい人みたいに言われたのを思い出してね───いい人は、言葉一つで数十人以上の人を殺さないよなって」
成程、と返ってくる言葉には感情は含まれていない。
機械的な返しに、さっきまでの温度差を感じて苦笑しながらレオンは夜空を見上げる。
そこには闇にも負けない星と月の明かりがある、と思いながら
「貴女はどう思う? 俺は英雄振って人を虐殺する餓鬼か、もしくはただの外道かな」
「私見で宜しいのであれば」
「勿論」
であれば、と畏まる様な隙間を開けながら、しかし女の声は一切の躊躇無く、答えを形にした。
「私は貴方を善人だとは思った事がありませぬ。かと言って、ただの悪とも思いません」
「じゃあ、何だと思っているんだ?」
「───大欲を以て覇を為す偉大なる人だと思っています」
持ち上げ過ぎである。
偉大さからは程遠い人間だし、覇なんて興味の欠片も無いというのにどうしてそうなるのやら。
それを告げてみると、
「誤解為されていらっしゃるようですが………覇とは決して征服、という意味だけにはありません。欲を以て地を覆う行為こそが覇と称されるもの。土地だけを制圧する事などそこらの魔獣にも出来ます。が、人を染め上げる事は人を超えた者にしか為せませぬ」
「俺は人間を辞めている、と?」
「ええ」
ここで主とはいえ、躊躇わずに酷い事を言える辺りが素敵である。
故に俺も特に怒りも感じないまま、続きを促してみるとやはり、即座に答えが返ってくる。
「人を殺す事はそこらのそこらの獣や人間でも出来ます。人の命を消費して・・・・事を為すのも知恵のある善人や悪人にも出来ましょう───しかし、屍山血河を築き上げるのは人の領域ではありませぬ。そこまでの命を積み上げれるのは、最早、人外の域でありましょう」
人を一人殺すくらいならそこらの子供でも出来る。
人を十人殺すくらいならそこらの大人でも出来る。
人を百人殺すくらいならそこらの悪党でも出来る。
しかし、人を幾千幾万の数を殺せるのは人の倫理では出来ない、という事か。
成程、と思う所はあるが、それはそれで一つ疑問が残る事がある。
「俺は、今回命じたのは数十………いや、数百か? それくらいの数だった、と記憶しているけど? いや、それでも十分な数ではあるけど」
「それは未だ貴方がこの狭い街で収まっているからで御座います」
「視野を広げたら、より行動も広くなると? 否定はしないが、その前に俺が愛想を尽かして適当に生きるとは思わないのか?」
「思いませぬ───今も貴方には血の匂いを感じている限りは」
そればっかりは否定できない以上、黙って受け入れるしかない。
しかし、そうなると………自分は動けば動く程、人を殺す厄介、というより天災のようなものではないか。
別に否定はしないが、好き好んで殺しているわけじゃないんだけどな、と思う。
まぁ、未来なんてどうなるか謎の不定形だ。
影の女性が言ったような未来になるかもしれないし、逆に意外にのほほんとした生活を得るかもしれないのだ。
一々、未来の事に不安を覚えれば人間は身動きが取れなくなるというものだ。
「色々と為になる話をしてくれてありがとう。次は………少し待機かな」
「………西、いや東西の問題ですか」
「今まで何度もありはした出来事なんだけどね」
ここの王様はどう思っているかは知らないが、流石に今の状態で事を起こすのは賢くない。
………とは言っても、お互い友好というわけではないが、手を取り合い続けるくらいの協調性はあると信じたい。
ただ………エンデルバルトはともかくレーヴェルト王国は少し心配だ。
レーヴェルト王国は、魔法国家であり魔獣国家。
こうして言えば、ただの凄い国だが………前者はともかく後者は逆に言えば、国の至る所に魔獣が跋扈しているという事だ。
魔獣の被害は多い、と聞く。
そのせいで作物は余り育たず………人手も育たない、所か生きる為に悪行を為せば生き残れない、という話も聞く。
それでも強国と評されるのは唯一、魔法という分野であらゆる国を凌駕しているからだ。
何でも現国王も凄い魔法使いであるとか。
………しかし、それと同時に不穏な噂も
曰く、行方不明となっている人が多数おり、それらは何らかの生体実験にされているのではないか。
曰く、昼に突如夜と見紛う闇に覆われた。
等々、語り出せばキリがないレベルで色々と囁かれているらしい。
火のない所に煙は立たぬ、とは言うが………出来れば、レオン的には全てがただの煙であって欲しい所だ。
………こんな嫌な噂が立つようになったのが、数年前からだから余計に信憑性がある様な無い様な、といった所なのだ。
「貴女はどう思う?」
「………国外にも少しは手を伸ばしていますが………何れにしても噂は蔓延しています………深く、侵入するには、それこそレーヴェルト王国は魔法国家です。体術ならともかく魔法を誤魔化すには同じ魔法使いでなければ……」
「あの国は貴方達にとっては天敵であったな。否、実際は出来ない事はないけど………」
「はい。危険を冒す事になります」
「……今の時期に藪は突きたくないな」
となると、後は見守るのみだ。
何事も無く嵐が過ぎるのを待ち───その後、自分がこの国に嵐を起こすのだ。
その事実を思い、再び、夜空を見上げる。
見上げた空には夜の闇にも負けない星と月がある。
とても綺麗で美しくて───余りにも淡い光を前に、つい、俺は本音を漏らした。
「何事も無く………平和が続いてくれたらなぁ………」
俺の呟きに、今度は一切の返事もしない影に俺は苦笑する。
知ってるよ。その未来だけは絶対に無いって事くらい
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