戦う意志


朝日も昇り、十分な光を人々は受けながら、貧民街において広場とも言える場所で警護隊の人員は集っていた。


「今日は何をすると思う?」


「ふつーに考えたら祝勝会……っていうとおかしいな。少し祝うか、まぁ、鍛錬のどっちかじゃねえかなぁ。何か集めれる人間は全員集まっているみたいだぞ?」


「ふっ、馬鹿ね。私達のショタ隊長よ。一つしかないわ」


ほぅ、と全員がジト目で女隊員を見るが一切気にせずくわっ、と目を開眼させてポーズを付けながら


「脱いでくれるのよ……!」


「公開露出か……!」


「やべぇよ、隊長……新しいぜ………ああでも、サヤのお嬢ちゃんとの主従逆転モノならばいけるな……!」


「え!? 隊長がメイド服で私達の世話をしてくれるって聞いたけどマジ!? あ、くそ、鼻血が止まらない……! 本番になったら死んじゃうじゃない私……!」


ざわりと一角から噂が出ると後は勝手に広がって収集がつかなくなり、最後には隊長が自分の体で奉仕してくれると結論に纏まり、とりあえず女性と一部男性が興奮した。

その事に他の街の住人も


「え? 嘘……レオン君を手籠めに出来るの……何それ。命、惜しく、無い」


「ええ……攻めでも受けでも最高ね………妄想が滾るわ!」


などと危険な発言が飛び交う中、3人の人物が広場に現れた。

レオンとサヤとシオンだ。

レオンがシオンと語り合いながら広場に来、サヤはそれを三歩後ろからついてきているという光景に再び一部男女が興奮しながら、レオンが皆の前に立つ。

レオンは皆がいるのを目で確認するように周りを見回すと何時も通りの綺麗な笑顔でえーー、と前置きを置いて


「じゃあ皆で────ちょっと思いっきり殺し合おうか」


「ふっざけんなああああああああああああああああああああああああああ!!!」







男女構わずに叫ばれた悲鳴に流石にレオンもえ? と驚く。

まさか、やっぱり子供に指図されるのは嫌だったのかなぁって思って、とりあえず横にいるサヤが無言でナックルダスターを付けるのを抑えていると別の台詞が響いてきた。


「ちっくしょう…………! 隊長が脱いでご奉仕してくれるって聞いたのにこの下げっぷり……! 何が哀しくて男同士の殺し合い何て汚いのを見ないといけないのよ!!」


「全くよ……! あれね! 上の人は下々の気持ちを理解出来ないっていう奴! 今、すっごく理解出来たわ……!」


「くっそぅ……! 今夜どっか宿を取ろうと思ってたのによぅ……!」


成程、全員性欲の塊だったか。

とりあえず最後の男の声の奴だけはサヤに命じて思いっきり殴らせたから良しとする。

うーーーん、とブーブー文句を言う人間が多いから、面倒なので手首を曲げて顔の辺りに近付けてぶりっ子ポーズを完成。

そのまま首を少し横に倒し、満面の笑みを浮かべて




「お願い? お兄ちゃん、お姉ちゃん達?」


「うっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」




男女構わずに感激の悲鳴を上げているのでうんうん、ちょろいと舌を出してその光景を笑う。

シオンが半目でこっちを見てきたり、サヤがくっ、と鼻血を出している光景が見れるがそれは無視しておく。

中々不安になる光景だけど大体何時もの事だし、こっちの方が楽しいので放置している。

興奮し過ぎて死んだら知らん。

変態が多いのは別にいいのだ。犯罪を起こさない限り。

とりあえず、テンションを上げている皆にまぁまぁ、と落ち着かせながら、笑みを浮かべて皆に伝える。





「まぁ、殺し合いは冗談だけど、ここらで皆にまた上には上がいる事を思い出して欲しくて。実戦での敗北を避ける為に鍛錬で万を超える敗北を─────命の取り合いの現場に遭遇しても、また皆がここに生きて帰れるように」




そう告げると皆も黙って聞いてくれるから一安心である。

隣でサヤが今日のレオン様名言録とかいうメモを取り出して、メモをしているのは若干気になるが、今は関係ないだろう。

真面目に聞いているのは理解しているから、特に深く突っ込まなくてもいいと思えるのが幸いだな、と思いつつ、だから、と前置きつつ




「強敵に当たって、挫けそうになる時もあると思うし、勝てない相手というのがいるのも当然だ。だから最後まで生き残って、俺を呼んで欲しい─────俺が必ず君達を守る盾となるから」






ぞわり、と警護隊にいる者も、聞いていただけの貧民街の人間も、背筋を震わせた。

別にこの言葉を聞いたのは一度や二度ではない。

少年は何度も自分達にこの言葉を言ったし、聞いた。

だけど、その度に体も、魂ですら震わせた。

理由なんて分かり切っている。





この少年はきっと自分達を守ってくれるのだ、という確信が言葉から得れるからだ。




思わず胸を掻き毟りたくなる。

ここで、思いっきり叫びたい衝動をそれぞれが我慢していると





「レオン。私に喋らせてもらえないか?」




隣にいたシオンがそう名乗り出てくれたお陰で、声を聴いた人たちは深呼吸をする猶予を与えられた。

本気で心底ほっとする中、レオンは勿論、というかもうずっとお前がやればいいんだけど、とか言う中、悪いが私はそこまで器は広くないよ、と答えつつ、皆の前に立つ。





「さて、皆。うちのナチュラルカリスマが実に有難い言葉を言ってくれたと思う」





ズドン! と巨大な音と共にシオンの股間に小さな石がめり込むのを皆は見過ごさなかった。

くっ……………! と内股になって震えながら、シオンが横を見るとレオンがニコニコ笑顔で右手をまるでそう、指で小さな物を弾いたかのように構えている姿があった。

恐ろしい事に一切の殺意も敵意もない事に男性陣は全員、内股になり、一部の人間は何故か顔を赤らめた。

しかし、この隊の軍師はこの程度では諦めない。

内股で片手で股間を覆いながらも、しかしもう片方の腕でこぶしを握り締める様は周りの人間におお………………! と唸らせる光景であった。

横ではもう一発行けるかなーーと穏やかに笑うカリスマ少年ともっと逝けます、とクールに殺害宣言を出すメイドがいたが、そこは無視する。





「レオンの事だ。本当に言葉通り私達を守る為に全力を尽くしてくれるだろう。それは今までの経験から皆、理解してくれていると思う」




勿論だ、と全員が同時に頷く。

今も穏やかに自分たちを見て笑っている少年を見れば一目瞭然だ。

この少年は一切の虚偽を言ってもいなければ、実際にそれを実行してきた。

誰よりも早く、誰よりも強く、前に出てきた。

子供である事など一切の言い訳無しで少年は死地に向かい……………………そして言うのだ。




良かった。無事だった、と




万の美女に愛を囁かれても、あれ程の感動は生まれまい、と全員が感じ取っていた。

ずっとあの声と背中に守られたら、どれ程、幸福だろうか、とも思っていた。

しかし、同時に全員がこうも思っていた。





それでいいのか、と




それでいい人間がいる事は分かっている。

しかし、兵である自分が、誰かを守る為に刃と命を懸ける事を誓った自分達がそれでいい人間に入っていいのか。




──────そんなわけがない



守られる為に刃を握ったのではなく、守る為に刃を取ったのだ。

それが例え、命を捨てる結果に繋がる事があるのだと知った上で、それでも恐怖を押し殺して剣を取り、鎧をつけたのだ。

それなのに、己よりも若い少年の背中に甘え、安心安心と馬鹿みたいに自分だけの安全で満足するわけにはいかない。

故に、さっきから解っている、と物知り顔な軍師が、さぁ、賞賛プリーズというポージングをし始めたので、全員が無視してレオンの方に体と視線を向け──────拳を空に挙げ





「──────今度は自分達が隊長よりも活躍しまーーーす!!!」




と叫んだ。

帰ってきた反応はとても楽し気な苦笑であった。








サヤは街の中、自分がスタート位置と決めた場所で先程の光景を思い出して、小さく嗤っていた。




有難い事です……………………



従者として、レオン様が皆に認められているという嬉しさ。

そして、守られているだけではなく、今度は守り返すと笑い返してくれる人達。





とても誇らしい




そうやって皆から信じられ、愛される主人が。

そうして、笑って今度は自分達が恩を返す、と気負いなく言える皆が。

そう、まるで本にあるような理想的な──────




「ん……………………」



思考の途中に空に光が灯る。

太陽ではない。

あれは、シオンが合図の為に打ち上げた魔法の光だ。

つまり、今、殺し合い……………………という名の鍛錬が始まったという事だ。

先程の思考を中断し、己の武器であるガントレットがしっかりと装備されている事を両の拳を合わせる事で確認し──────既に狙われている己を自覚する。

直前まで気配を消し、狙う寸前で殺気を放ち始めたのだ。

自分が言うのもなんだが、とんでもない練度にうちはなっているのではないだろうか?

何故なら、この街は自分達にとっては庭というよりもう身体の一部のような場所だ。

全員が全員出来るとは言わないが、人によっては目を瞑って行動出来るし、最低でも街の人間の顔を覚えつくす。

なのに、ここまで消すのだから、素敵を通り越して少しだけ冷や汗を流しそうになる──────が




「そうでなくては」



何故ならここにいる人間はレオン様の手であり、足であり、力であり、速さであり──────命なのだ。

強制ではなく己の意志でそこに立つというのならば、こうであって欲しいと思い、そしてこうあらねば、と自分を窘める。

今の己は隊内ランキング、というシオンが勝手に決めて全員の話し合いの元で決められたランキングでは第2位という事になっているが、だからと言って油断などしない。

だけど、勝手に二つ名を作ろうとして生み出したのがノー色気メイドなどと付けようとした事は許さん。

こう見えても脱いだら凄い……………………はずだ。

流石にそこで自信満々なんて言えるはずがない。

どうしたものか、と思っていると地面に暗影が刻まれているのを見て、おや? と空を見上げると




「岩石ですね」



直撃した。







岩石の直撃は大いに街にダメージを与えた。

具体的に言えば、落とされた周囲には衝撃波が走り、人は巻き込まれないように離れていたとはいえ、少し離れた店の売り物などが倒れに倒れたり、衝撃波で巻かれた砂や埃が目や口に入る人間などが続出。



「くぉらぁーーーー!!」


「営業妨害かーーーー!!」


「それとも嫌がらせか……………!!」



周りに批難を無視して隊員が複数集まって岩石が落とされた場所を見ている。



「やったか!?」


「わざとか貴様ぁ!!」



ここにいるメンバーは全員、手を組んだメンバーだ。

数としては6人。

二人が相手にここから攻撃させるぞ、と気付かせる為にわざと殺意を出して敵の注意を引き、4人がその間に警戒の隙であった上空から岩石を落とす。

魔法があってようやく出来る奇襲だが、それら一切を気付かせないのは経験と技術による総合力だ。




──────主人公を押し付けない



最も険しい道を一人にだけ押し付けないと誓った彼らだからこそ得た実力であり結果だ。

故に、それ相応の結果を希望するが





次の瞬間、落とした岩石が一瞬で砕け、破裂する光景を見て、全員がちくしょう! と叫ぶことになった。







「お?」


シオンは遠くからの破壊音に気付き、思考を加速する。

方向は貧民街における広場の一角。

あそこに向かった人物に常に侍女服を着ている少女は向かったことを思い出せば、あれくらいの破壊音がするのは当然である。

仕掛けた方も仕掛けられた方も。




魔法には個人差がある。



己のように体外に放出して、魔法とする人間もそうだが、己を強化する普遍的な魔法であってもだ。

で、それが何を条件に個人差があるかは……………………不明というオチがついている。

性別によってでもなければ、年齢などでもない。

一番納得がいく説明は持って生まれた才能だ、という説明しかないが





「故、人外に等しい出力を出せる人間は分類上、英雄にカテゴライズされる」




御伽噺のような奇跡ではなく、戦場に置いて星となり、逆転の切り札になりかねない存在だ。

大国ならともかく、うちくらいの国だと一国の騎士団に数人、3,4人くらい入るかどうかと言われる存在が────────────この街にはおかしな事に3人もいる・・・・・





「やれやれ………………貴方の人材発掘の運はとんでもないな」




そんな愚痴を漏らしながら──────────とりあえず、被害請求に関しては見なかったことにした。







鋼のガントレットを纏ったサヤは落ちてくる岩石に対して特別なことはしなかった。

ただ、拳を握り、それを思いっきり突き上げる。

岩石の質量を考えれば自滅行為のそれも、英雄クラスの魔法を扱える人間がすれば、理に叶った体術となる。

人の手で巨大な岩石を破壊するという夢見がちな虚構が、現実となる瞬間をまざまざと見せられる人達は一瞬、場違いにも見惚れてしまう。

それがもしかして自分に向けられてしまう強大な力であるのだとしても、幻想が現実になったようなワンシーンは現実感を奪う。




─────だが、そんな空想を無視して、動くのが戦士であった。





「こうなったらやったらぁあああああああああああ!!!」



失敗を悟ったメンバーは即座に、それぞれ武器を構え、突撃する。

凄まじいのは、誰一人として逃げ出そうとせず、一糸乱れずに、タイミングをそれぞれずらして突撃して来た事だろう。

これが訓練である事を自覚して、格上に対して、諦めるのではなく、どうすれば勝ち目を得れるかを試行して、鍛錬を積み上げてきた証拠であった。

故に、当然、敵手として存在する侍女も同じ思考と鍛錬を経ていた。





「っ…………!?」




6人の顔面に一瞬で黒い何かが飛んでくる。

即座に、首をひねって躱したり、武器や籠手で弾くが、即座に飛んできた物が何かを悟る。




「岩か…………!!」



先程、少女によって砕かれた岩石の欠片だ。

それら全てが礫…………というには聊か大きいが、拳大の大きさくらいで顔面に飛んできたのだ。

恐らく、破壊した時に、砕けた欠片を飛ばしてきたのだと思うが…………





「あの一瞬で読まれたか…………!!」



全員の顔面に正確に撃ち込まれたという事は、こちらの行動が完全に読み取られたという事だ。

恐らく初動を見られたからだろうが、それにしてもあの一瞬でやるのか、と舌打ちしそうになるが





そう来なくては…………!!



全員が思うのは、嫉妬ではなく奮起。

元より狙うは格上殺し。

挑み甲斐がない相手を崩してどうする。

英雄と呼ばれる実力を持つ少女を打倒した時こそ、つい、先程叫んだ大言を現実にすることが出来るというもの。

そう思い、6人の内の手斧を持った男が一歩、踏み出そうとして





「頭上注意ですよ?」




轟音と共に仲間が一人大地に叩きつけられる光景を、見せられるのであった。

人一人を叩き伏せたと思えない轟音と衝撃は何時の間にか、上から落ちてくるように近寄ってきた侍女による一撃。

咄嗟に武器で庇ったにも係わらず、肉を打ち、地面が割れたからだ。





「戦場ならばこれで腕か足が折れていますね」




倒れた仲間は揺れる視界と脳を抱えながら舌打ちをする。

本来ならば、自分程度の膂力でこの程度に抑えれるとしっかりと理解しているからだ。

手を抜かれた上でこれならば、確かに自身のこの訓練の参戦権は消失したに等しい。



「任せろ! 俺達が勝ったらお前らの分までショタ隊長にお兄ちゃんって猫なで声で言ってもらうからよう!!」


「ば、馬鹿野郎! お前みたいなホモと一緒にするんじゃねえ! 俺は精々踏んでもらうだけだ!!」


「両方とも業がふけぇよ!!」



軽口で、失敗の余韻を消すのを、サヤは見届け、笑いながら、しかし拳を収める気は無い。

別にその願いは私の物、とかいうわけではない。

ないったらないのだ。





……………………有りですけど






「ん…………この大騒ぎは……………サヤかな?」



レオンは街がいい意味で騒がしくなるのを耳で捉えて、そんな事を呟いた。




「あそこまで派手に魔法による強化がかかるのは、やっぱり少し悔しいな」




微苦笑しながら、片手に剣を握りながら────────周りに隊員達に膝を付かせている光景を作り上げていた。

勿論、全員、息は荒いが、重傷なんて物は負わせていない。

全員、峰か、もしくは勝負ありと見做せるレベルに剣を振りかざしただけだ。

膝を付いているのは単に立っていられない程、疲労困憊になっているだけだ。







それはつまり、最後まで果敢に攻めてきた証拠である。





誇らしい結果に笑みを浮かべながら、お節介だとは分かっていても、つい口に出してしまう。





「じゃ、皆はリタイア組だから、ここで終了。後でしっかりと水分補給を取るように」




はぁ~~~~~い、と何か凄く呆れが含まれた言葉で頷かれたが、まぁ、頷いたなら大丈夫か、と思い、地を蹴る。

軽く蹴っただけで、約二十メートル程、上に飛んでそのまま建物の屋根を飛んで、次の相手を探す。

とは言っても、この調子だと次はサヤが相手かな、と思うが、しかし一切の油断だけはせずに次の屋根を一瞬だけ、蹴って、空を飛ぶように跳ぶのであった。








「……………………なぁ、お前ら」


「わか、ってる…………皆で声揃えて…………言おうぜ…………」




さんせーーーい、と倒れ伏しているメンバーと周りにいる観客全員の同意を聞いて、声を発した人間がせーのっと音頭を取り、一言






「────────いや、あんたが言うな」




派手じゃなくても十分に理不尽の領域に入っている人が言う言葉か、と。

何せここにいるメンバー────────17人に対して、少年は一切合切、奇襲や機転など無しに、真正面から・・・・・叩きのめした人が言う言葉では無い。

当然だが、全員魔法を使っているのだから、英雄クラスには劣れど、単純に計算しても超人が17人いるのと

変わらないのだ。

そんな自分達に対して、引かず、正々堂々と打ち勝てる人間が他人の理不尽に嫉妬できるか、と全員が疲労困憊で倒れながら、ちっくしょーーーと嘆くのであった。








サヤは周りの歓声に押されるように、街中の空中・・・・・で高速移動を行っていた。

方法は簡単だ。

人外の膂力を使えば、一度力強く踏み込めば、後は足場がある限り、空中にいる事が出来る。

跳ぶように滑空した後は、堕ちる前に別の足場で再び浮力を得るために蹴るのがコツである。

跳ぶのは魔法を使えば、誰でも出来るが、跳び続けるのは、たゆまぬ鍛錬と次の足場を見極めるための冷静さと目が無ければいけない。

勿論、これは私だけの特殊技能というわけではなく





「うぉらぁああああああああああああああ!!!」




並走して飛んでくる団員が意気を叫びながら、飛び掛かってくるのに対して、サラは敢えて抵抗せず、その突撃を籠手で受け止めながら、空いた手でそのまま空いての襟首を掴む。

そこまで、やれば後は簡単だ。

そのまま強化された筋力で、無理矢理に振り回し、そのまま壁に勢いよく叩きつけるだけだ。




「ぬぁあ!?」



相手も出来る限り抵抗はしたのだが、基準値が違う。

自慢するわけでは無いが、事、力関係だけならば、私は団内でトップだ。

単純な腕相撲などをするのならば、魔法を使えば、身内相手ならば負けない、と自負している。

こんな足場のない場所でならば、単純な力を使える自分の方が有利だ。

だから、ダメージを与えはしても、落ちて傷付けない程度に威力を調節して家に叩きつけることは出来たが





「黒か……………!」




思いっきり体を振り回しているせいで、翻った中身を除いたらしいそいつに対して、一応、用心として持っていた石を投げつけ、悲鳴が上がったのを聞きながら、迂闊を悟る。





「いざという時の遠距離手段が……………………」




まさか、それを狙っての体を張った囮か。

……………………いや、それはないか、と思って首を振って、次の敵の索敵をするが





「……………………いない?」




自分を追っていた気配が無くなっている。

この場合、自分が彼らの気配を追えていないのか、追えなくなったかで随分と状況が変わってしまうが、どうするべきか、とサヤは思っていると





「────────皆随分と頑張っているなぁ」




と微妙に呑気な声が傍から聞こえ、聞きなれた声である事を含めても、咄嗟に次の足場で今まで真っすぐに飛んでいたところを左斜めに飛んで、離そうとしたのだが





「パルクール……………って俺達の場合、そう言っていいのか分からないけど、随分と上達したな、サヤ」




小手先では躱す事が出来ない事を理解され、見事だと思う誇らしい気持ちと悔しさが混同したぐちゃぐちゃな気持ちを胸に秘めながら、サヤは諦めて、声がする方向に振り返った。





「────訓練中ですよレオン様」


「勿論。俺もそのつもりだよサヤ」




空を背景に、何故か頭を地面の方に向けて飛んでいる金髪の少年に分かっていても、やっぱり少し胸を打たれるのは避けれなかった。

風圧で風に流される金の髪に、それを手で押さえながら、年相応に無邪気に笑う姿が余りにも少年に合っていて……………何故だか、それだけで無性に泣けてきそうであった。





ああ……………そうだ




初めて会った時……………………否、初めて私が恋した時、少年の事をまるで空のような人だと思ったのだ。

そこにあるのが自然で……………流れるようでありながら不変であり続けるような少年が空のようで……………金髪がトレードマークであるはずなのに、心の中では空色こそがこの人に相応しい、と思っている。

そんな乙女気分な時間は、次の着地を考えなければいけない、と気付いた時に覚めてしまった。

ダメダメ、と心の中で首を振りながら、とりあえず再度跳躍しながら





「なら、どうして、私に攻撃を仕掛けないのですか?」


「まぁ、訓練であるならば本当は奇襲するのが正しい筋なんだけどね…………」



苦笑しながら頬を描くのを見る限り、同情とかそういうのではなく…………悩み? いや、何かを言おうとしている、という感じだろうか?

自分の疑問を感じ取ったのか。レオン様は苦笑しながら、いやな、と前置きを放ちながら、真意を口に吐き出した。



「今回、訓練前に格上の相手に対しても必死に生き残るようみたいな事を言ったじゃないか」


「はい。至言だったと思います」


「無駄に褒めない─────まぁ、それで思ったのだけど、君と俺は事、闘いという意味ならばほぼ同格だ。得手不得手はあるけど、そこは自他共に認める事実だ」




事、闘いという意味ならばほぼ同格



その言葉に、自分が今、どれ程の喜びを関しているのか、この人は分かっているのだろうか。

己の努力が報われているという事実に、背筋が震えるのを感じながら、自制する。

誉められて終わりになる、というわけではないのだから、ここで足を止めてはいけない、と思いながら、続きの言葉を促す。

うむ、と特に疑問に思う事も無いまま、レオン様は何故か頭を下にしたポーズを維持しながら、首を傾げ




「じゃあ、そうなると俺は、というより俺達だけが格上に挑まないまま鍛錬が終了してしまうから、それは少し如何なモノかな、と思ってね」



勿論、技量が同格と相手する事が悪い、という事じゃないんだけどな、と告げながらも、ようやく言いたい事を理解した。

それに気付けば、今、自分達の向かう先に誰がいるのかを悟れる、というもの。

というか、気付けば、少年の動きに従っていた、という事実がまだまだですね、と思わせる結果に繋がってしまう。

全く以て、侍るに値する主人である。




「────つまり、全霊であの爺に嫌がらせですね?」


「ははは─────ま、そろそろ勝ち星を拾うのも悪くないしね」




逆さの顔に、勝気な笑みが浮かべられる。

決して勝負事が好きというわけではない人だが、人並み以上に負ける事を嫌がる気質である事を承知している故に、私も奮い立つ。

主人が勝利を望んでいるのならば、そこに勝利と共に花を添えるまでが侍女の役目だ。

例え、相手が剣聖であったとしても果たせない言い訳にはならない。




故に誓うは必勝




目の前に広がる貧民街における広場を見ながら、サヤは勝利を求めて、拳を握った。








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