上を目指せず
キィン、という甲高い音に釣られ、周りがこちらに振り向くのをレオンは鞘事抜いた剣で背後から振るわれた刃を柄で受け止めながら、笑顔で空いた手で気にしないでくれ、と伝えた。
周りはんな事出来るか、という表情を浮かべた後、下手人が誰かを知ったら、なぁんだ、と思って引いてくれるのだから慣れている。
まぁ、慣れているのは自分も同じか、と思い、柄でしっかり剣を受け止めながら振り返ると
「───エルウィン師父」
「───師父は止さんか。儂はそこらの爺と変わらぬと何時も言っておろう」
髭を伸ばし、髪を心労ではなく加齢によって白く染めた老体。
茶色の帽子を被り、マントで身を包めている姿は確かにこの貧民街の住人のようだが、その腰に差している二振りの剣だけがそうではない、と否定するかのようだ。
その内、一本が自分の首に添えられているわけだが。
銀色の刃が少々色あせてはいるが、それでも切れ味は変わっていない。
それは手入れだけは必ずしているという事だ。
他にもこの年齢においても魔法無しでここまで俊敏な抜刀を行えるのはまだ体を鍛えているという事なんだろう、と思うだけなのはこの人が自分を鍛える姿は他人には見せていないからだ。
何でだろうとは思うが、他人の過剰な詮索はここではしないのが暗黙の了解だ。
大体、それを言い出したら名前以外全く素性が分からない俺も立派な不審者だ、と内心で苦笑する。
そうしてようやく剣を引いてくれたので俺も腰に戻して向き合う。
「………随分と自然と武器を扱うようになったのぅ」
「武器をまずは手足のように扱う事に慣れろという教えを守った結果ですよ」
敬語もいらんと言っているだろうに、という小言を密かに無視しながら、師父に持っている幾つかの食料を勧めたりするのだがいらん、と言われるのでやっぱり皆に分けるか、と思いながら師父と談笑する。
「全部師父のお陰ですよ。何の力も無かった俺がこうして生き抜けたのも、師父の技能で皆も出来る事を増やして今日まで希望を持ち続ける事が出来ました」
「…………成程。とりあえずその言葉に返す言葉があるとすれば儂が授けれたのは技だけでそれ以外は全てレオン。其方の功績であるとそろそろ認めるべきじゃな」
呆れた、と言わんばかりの溜息を吐かれてもこればかりは性分みたいなものなのだ。
荷物を持ち直して言うのは何時も俺が思う事。
「そうは言っても俺は行動を起こしたのは俺が最初だったのかもしれませんけど…………でも最後には皆自分から自分達を助けようと動いたから今のこの街があると思うんで。凄いのはやっぱり皆であって俺一人だけが讃えられるのはおかしいですよ」
「………そこまで言えるのならもう頑固というより美徳と取った方がいいやもしれぬのぅ、其方の場合は」
またもや溜息を吐かれたが事実だと俺は心底思っているから仕方がない。
だってそうではないか。
現実的に考えて子供一人の叫びで街が復活するわけがない。
生き返れたのは自分一人が何とかしたのではなく、皆が生き返ろうと思って行動したからだ。
皆は何時もお前が言ってくれたからだ、とか今もお前が俺達を支えてくれるとか言うけど俺は一度もそんな事を思った事が無い。
だって自分は何も失うモノも無く、そして失ってもいなかったからだ。
何せ俺は何も持っていなかった。
家族も夢も未来も金も家も強さも弱さも何も持っていなかった。
何も無かった。
何も無かったから無責任な言葉を言えただけだ。
皆は違う。
皆は夢も未来も金も家も強さも弱さも持って、そしてそれらを失った人ばかりだ。
俺なんかより皆の方が辛かったのは間違いなく事実だ。
なのに皆、また失うかもしれない未来を、それでも生きようと思って立ち上がってくれたのだ。
心底尊敬し、感謝するしかない。
だから、皆も自分を誇らしげに言ってもいいと思う。
そんな旨を告げるとエルウィンは虚を突かれたように動きを一瞬、止め、
「─────其方の器は本当に清らかだのぅ」
とそんな風に言われるからくすぐったい。
そんな風に言われるのはだからいいってと言おうと思うと自分を覆うように影が差した。
おや? と思って剣に自然と手が運んだ後に上を見ると
メイドがガントレットをつけ、眼光を光らせ、拳をエルウィンの方に向かって振り下ろそうとする光景だった。
とりあえず一歩、横に俺は避け、エルウィンはふむ、と一息を吐くと振り下ろされた拳を流れるように手首に手を添え、滑るように腕まで滑らせながら、自分も一歩踏み込み、拳に合わせて反転。
メイドに背を向ける形になった所で手首と肩の辺りの腕を掴み、ふっ、と呼気と共に腰を捻って回転。
そのまま地面に叩きつけるつもりかと思っていたら、余計に左に回転したと思うと
「ん?」
こっちにメイドを投げてきた。
意図が読めなかったがとりあえず急いで荷物を捨てて両手を構え、胸で受け止めるようにメイドを受け止める。
反動は一歩引くだけで済んだが、とりあえずメイド…………サヤに怪我は無いのを見てほっとしながらとりあえず抗議する。
「エルウィン師父。一体何をするんですか…………」
「何、サーヴィスじゃよ」
何のサーヴィスかと今度はこっちが呆れの溜息を吐くが、師父は普通にかかかっ、と笑うだけだ。
やれやれ、と思ってとりあえずサヤを見ると顔を赤面させて、こっちの胸に顔を預けているのでどうしたものか、と思うが、まぁ声を掛けるしかあるまい。
「サヤ。怪我は無いとは思うから無事なら放れてくれないか」
「…………え? …………あ…………は、はい! ご無礼を!!」
慌てて離れ、衣類の乱れを直し、師父に半目を向けた所でサムズアップを返され、震えながら同じように親指を立てるサヤを普通に可愛らしいな、と思いながら苦笑する。
「どうしたんだサヤ。師父が突然斬りかかって来る可哀想な病がある事はもう承知だろ?」
「おい、こら」
「いえ…………伝言ゲームのように伝わって来た情報では"レオン様がダンディな爺に背後から細長い棒に襲われ、受け止めている"という凄まじくすば、もといけしからん情報が伝わって来たのでまずは殺そうと思って」
「貴方のせいじゃないか師父」
「色々言いたいが、まずはそのクールい見た目と態度とは裏腹に年上だろうが何だろうが容赦ないその口を削る方が先じゃろうが二人共」
とりあえず無視してさっき落とした荷物を拾って叩き、中身に影響がない事を確認すると荷物を即、サヤに奪われる。
半目で見るが本人はこれが当然と言わんばかりのすまし顔を浮かべるのではぁ、と溜息を吐くしかない。
「全く。サヤもちゃんと休んでくれないと示しがつかないだろ? 俺が君だけ休ませないようにしているみたいじゃないか」
「そう思うのならば何時もどこに消えているのか教えて頂けますでしょうか」
「さて、駐屯所に帰るか」
半目で見られるが気にしない。
何せ気にしても絶対に言う気が無い事だ。
サヤには心底悪いが、恐らく生涯誰にも言うつもりが無い事柄だろう。
だから、実にわざとらしく話題を変える事にした。
「サヤの事だからここに来るまでに俺達がいない間の情報も聞いて来たりしてくれたのだろ? それを駐屯所で聞かせてくれないか?」
「……………えぇ。分かりました」
小さく嘆息をした後に頷いてくれたのは俺が言わない事を頭では理解してくれているからだろうと思う。
だから俺も何度も俺の従者になんかならなくてもいいと言っているのに。
これが俺の為にとかそんな理由なら遠慮なく断って切るのだが、自分がしたい事では咎められないのである。
甘いのだろうな、と自分を評価しながら
「エルウィン師父。師父も駐屯所に来ませんか?」
「儂のような部外者が其方らのような勇敢な戦士が集う場所においそれと行くわけが無かろう」
「ほとんどが貴方に鍛えられた者ですよ?」
「技はな─────最も大事な勇気と誇りを鍛え上げたのは儂じゃない」
そう言って立ち止まられたのならば、縁は無いという事なのだろうか。
何度もこう分かり易い勧誘をしているのだが、もうこれ以上はしつこいだけになる感じなのだ、と諦めるべきなのか、と思う。
いや、実際はもっと前からそう思っていたが、この人の剣技が余りにも素晴らしいからついこう勧誘ばっかりしてしまう。
駄目な人間だな、と自分を評価する。
人を人格ではなく能力だけで見る。
それが間違いというわけでは無いのだろうけど、本人が嫌がっている事を強要するのならば今の愚王と変わらない人間になってしまう。
だから、これまでなのだろう、と思って足を動かし、でも伝える事だけは伝える。
「でも俺は貴方に剣を教えて貰って良かったですよ─────貴方に教わった剣が、俺の魂に前を進む勇気をくれたんですから」
「───」
エルウィンは清廉と誇りによって生み出された笑顔を浮かべて去っていた少年の後姿を無言で見つめていた。
その背後を3歩離れて付いていく従者を連れて歩く姿の何と似合う姿か。
人をその背に背負っていくのが宿命づけられたかのような背に口が思わず開く。
その背にどうしようもない程の願望と憧憬を感じる心に素直に従おうとする心に慌てて自身の手で口を閉じる事によって防いだ。
…………分かっておるとも
己の本心なぞとうの昔に理解している。
あの背に己の剣と身命を預けられるのならばどれ程の感動を得れるかなぞ分かっている。
だが、それで得られるのは自己満足だ。
あの少年が今の己で満足しているのならば、己の欲望で彼の道を茨の道に変えるわけにはいかないのだ。
70を超えた爺が、若者の道を勝手に狂わすわけにはいかないのだ。
だからこれは愚痴だ。
そしてこれは我儘だ。
分かっている。
分かっているのだ。
この場所、この時代において
────────王になって欲しいというのは余りにも愚かな願いであるという事くらいは。
駐屯所の建物に辿り着いた俺は躊躇わずに直ぐに扉を開けた。
扉を開けるとそこは広々としたラウンジの風景。
元々酒場であったものを俺達、警備隊に使わさせて貰えている。
その事を有難いと思いつつ、部屋に一歩入ると人々の熱気が己を包んだ。
ガヤガヤと先程まで騒いでいた皆は俺が入ったと気付くと直ぐに立ち上がって
「レオン隊長!」
「レオン団長!」
「レオン組長!」
「レオン様抱いてぇ!!」
最後の一人にサヤがマウントポジションに持ち込んで拳を振り下ろす光景を笑い、周りが青い顔になるのもまた笑って、皆に楽にしてくればいいと手振りで伝えるのだが皆立ったままだ。
「おいおい、確かに何故か名目上皆の上に何故かなっているけど名目だけなんだから何時も畏まらなくてもいいって言ってるだろ? 何なら何時でも変わってもいいんだから」
「何言ってんですかレオン隊長! あんたが上にいねえと俺達ゃあただのチンピラ集団になっちゃうじゃないですかぁ!」
「でも年下が皆の上に立っているっていうのもちょっと辛い物があるんだぞ? 主に交渉の時に何時も"え? この子供が隊長?"っていうあの表情が」
「それがいいんじゃないですか団長! お陰で俺ら"あれが例のショタ警護隊……"って噂されてるんですぜ!?」
「毎回それ聞いて思うけど俺、ショタって言える程の年齢でも見た目でもないんだけど…………10代ならショタなのか? 後、隊長なのか団長なのかどっちかにしないか?」
「それ毎回俺らも思っているんですけどその度に呼び名派閥闘争始まっちまって毎回ケリがつかないんすよ! おら! お前ら! 組長がこんな風に言ってるじゃねぇか! だから組長がいいって言ってるんだよ!!」
「はぁ!? 俺ら警護隊なのに何で組長なんだよ馬鹿じゃないですかぁ!!?」
「え!? 俺、素で警護団だと思ってたぞ!?」
「お前は何年ここで働いてるんだーーーーー!!!」
最後のツッコミの怒号でワイワイ騒ぐ雰囲気を俺は笑って楽しみながら、適当に席に座る。
皆が笑顔を浮かべている光景を良しと浮かべていると水を入れてくれるサヤを見て、ちらりと先程までマウントしていた所には親指を立てて
後で誰かに治療させないといけないなぁ、と思いながら、水を飲んで一息。
「シオンは?」
「青空教室で何やら急遽教師役をしているという事らしいです」
「成程。それは重要な案件だ」
ククク、と笑うと甘過ぎです、と嘆息しながら言ってくる従者に
「いいんだよ。子供は何れこのく…………街を支える柱になるんだ。彼らの未来が何れ凄い事をするかもしれないし、慎ましやかな人生を送るかもしれない…………まぁ、悪を為すかもしれないけど、でもだからこそここでの学びが良き方に向かうんだと信じたいだろ?」
「…………成程」
サヤが本当に真面目な表情で深く頷くものだから、そう畏まって聞かなくてもいいって言っているのに。
こんな偉そうな言葉を吐いているけど、吐いている本人はただの子供だ。
特に何かを為すような存在じゃないのだ。
それを今も目の前にいる少女に言うのだが、彼女は何時も真面目な顔で
「いいえ」
と首を横に振って
「レオン様は貴方が言うように何時か凄い事を為す器であると私は知っていますので」
と、言うのだ。
慎ましやかな人生を送る人もいると言っているのだが。
皆して俺が慎ましやかな人生を送る事は無いって思うんだから。
しかしシオンが来ていないならもう少し待つかと思っていたが
「すまない。私が最後か………」
と噂をすればシオンが来た。
「早かったなシオン。まさか途中で切り上げて来たとかいうわけじゃないだろうな?」
「分かっている。ちゃんと教えれる事は教えてからここに来たさ」
ならいい。
これで集合時間に間に合わないから子供には悪いけどとか言い出したら張り倒している所であった。
ならば全員集った。
鍛錬、見張り、見回り、警護や街の手伝い、地方にいるとかで全員が集まる事は絶対に無いが、今、集まる事が出来る34名の警護隊がこの場にいる事を確認して、トン、と人差し指で机を叩く。
すると即座に今まで騒いでいた皆が口を閉じ、こちらを向くのが定例であり、始まりだ。
「じゃあ皆。何時も通り話し合いの時間だ」
ごくり、と毎回こうなると何時も唾を呑んでしまう。
シオンは平静を装いながら少年の姿から視線を外せない事を仕方がない、と心に判断を下した。
何時もこうなるという事は本人は意識をしているのだろうけど、どう意識をしたらこんな風に存在感が強く、厳かになるというのだろうか。
カリスマというのは他人を狂奔に駆り立てるや人々を率いる統率力というがこの存在感も含めてそう言うのだろうか。
どこぞのデブの王に教えてやりたい所だ、と思う。
「サヤ。今回は何かあるのか?」
「国内では特にはという感じでした。ああ、そういえばトリィ様が小説を出版してバカ売れをしたというのがありましたが」
「それは目出度い話だな。ちなみにどんな小説なんだ」
ええ、と言ってサヤが取り出すのは恐ろしい程分厚い本であった。
辞書か、と思う本の表紙にはタイトルが大きく書かれていた。
それは
「"ヤンデレ体験記"という何やら造語で作られたタイトルらしいです」
私を含め、レオンまでが息を止めて本を見る。
恐ろしい程、分厚い本、そう正に執念というか怨念が込められているとしか思えない分厚さ。
「…………そういやぁ、あいつ何か仲が良い幼馴染がいるって…………自慢話かよと思って翌日嫌がらせに全裸で窓から突撃したけど…………」
仲間の一人が怖い情報と罪をぶちまけたがこの際は無視する。
ゴクリ、と唾をのみ、レオンがサヤに一つ問う。
「…………ちなみに何故人気が出たんだ? こんな分厚い本」
「ええ。何でも酷くリアルで、あ、ラボロマンス本らしいんですけど、恋をする少女もされる男子の心理や汗が流れそうになるドラマが目を離せなかったらしいです」
この場合の汗は冷や汗だろうか。
レオンが無言でサヤに見えない所で手で指示を出し、受けた一人が真剣な顔で頷いて密かにトイレを装って外に出ていく。
無事ならいいのだが。
「私も暫くこの本を読むのでレオン様もお望みならば何時でも私にお申し付けください」
「ああ。無いから安心してくれ。うん、本当ぞくぞくするから頼む……」
そうですか……と残念そうな声を出すサヤにレオンが汗を流しているのが分かるが巻き込まれるのは嫌だから目を逸らしておく。
そしてその後はまぁ、いいですがと頷いたサヤが実にどうでも良さげな表情で
「あの愚王…………失礼。王に我々が注視されたり、騎士団に注目されているという事はないみたいですが」
「そうなのか。俺は時たま視線を感じるけどな」
さらり、とレオンが言うからサヤはそうですか、ので、まで言った後に動きを止めた。
シオンも思わず息を止める皆と同調するかのように動きを止めるが、原因である本人が全く一切揺らがず────つまりどうでもいいと思っているのが何か間違っていないかと思う。
「────レオン様。私はそのような報告をお聞きしていないのですが」
そうなると過保護な従者がやはりいの一番に飛びつく。
それに関してレオンは特に問題が無いという態度を崩さず
「敵意無し、接触無し、その後に変化無し。見られてはいたけどどうやら特に何かをするつもりでも無いらしい。これだけ何も起きていないならデマとかで俺を陥れようとするわけでもないらしいしな」
「そういう問題じゃありません」
「そういう問題だよ。そういう問題じゃなかったら俺が
言われたサヤはグッ、と痛い所を突かれたという感じで暫く唇を噛んでいたが、受け入れたのか、一息はいて何も言わなくなった。
…………だろうな。
実際、レオンの言うとおりだ。
私達の師となったエルウィン師父を除けば、この団における最強候補はサヤかレオンだ。
護衛を断られるのも、本人が護衛よりも強いからという実に否定出来ない所を突かれるのも原因である。
それでもエルウィン師父のような例外もいるのだからサヤは頑なに私だけでも、と主張するのが何時もの光景である。
勿論、それに関しては毎回レオンが綺麗な笑顔で
「うん、余計なお世話」
と実にバッサリ切り落として一人のメイドが膝を折る流れである。
切る時は容赦なく切るのもまた指導者に必要な能力だよな…………とは思うが、流石に私も口を出しとこうとは思う。
「そういう風にレオン。お前を油断させようとしているという可能性は?」
「0とは勿論言わない」
危険が無いとは決して言わなかった。
だけど、その目には同時にそれがどうした、という覚悟の色があった。
「しかし危険なんて承知の上だ。一つ二つの危険に縮こまるような覚悟で俺がこの場にいるわけがない。サヤもそこは承知なのだろ? 余り過保護を言い出すならば本質を忘れていると言わざるを得ないぞ──俺もお前も皆も守られる立場じゃなくて守ろうと覚悟を決めたから此処に立っているんだ。過保護を吐くのは俺ではなく俺達以外の人の心配をする事から心掛けろ。その次に自分の心配をしろ。俺もお前も皆も、そんな簡単に他人を気遣える程、強さを極めたわけでも無ければ運命に守られているわけじゃないんだ」
「…………畏まりました」
厳しく聞こえるが確かにその通りだ。
誰も彼も十分に戦闘という者を経験した者ばかりではあるがそれが絶対に死に繋がらない保証を作り上げたというわけでは無い。
よくある説教だが、他人の事を考える前にまずは自分の心配をしろ、というのは正しくそうなのだ。
よく本で女の前で格好つけて女の子が傷付いているのを見ていられない、というのとかあるがそんな格好いい事は自分を守れる力量を持っている人間が言わなきゃただの格好付けただけの遺言になるのがオチだ。
何せ現実では素人は都合よく生き残ったり力に覚醒などせず、そのまま死ぬものだ。
現実は物語に守られているわけじゃないのだ。
…………
彼女とて強さはあっても自分が簡単に死ねる人間である事は自覚しているはずだ。
この隊、唯一の魔法使いである私も己の力を逆に知るからこそこの力よりも単純に上の者と対峙したら何かの間違いのような幸運か、相手の慢心以外では容易く死ぬのだろうと思っている。
その恐怖を彼女は無視するのだろう、と私は思っている。
彼女がどうしてそこまでレオンに仕えるかは知らないし、知ろうとも思わない。
自分が語る気も無い事を他人に強制するつもりは無いからだ。
だが、推測は出来る。
己の命を注げて一切の後悔も無い美しいモノを見たのだ。
それが他人には何の価値も無く、石ころのように見えるのかもしれないがこの目にはそう映った。
きっとそういうモノを見たのだと。
だから、シオンは彼女の内心を咎めないし、レオンにも伝えない。
「さて。堅苦しいのはこれで終わっといてサヤ。さっき一つわざとらしい言い方をしていたな」
「ああ。それは私も思った」
レオンの話題転換に乗る形で、しかし確かに興味があった事を私が引き取る形で告げる。
「先程、君はこう言ったな?
この発言に全員が、そういえば、とかそうだよな、という言葉を交わしながらサヤを見る。
サヤも特に隠す気も無いからか。
すまし顔のまま一つ会釈をして
「何でも────エンデルバルト王国からレーヴェルト王国に友好と称して貴族の女性が遣われているようで」
私がレオンと同時に眉を顰め、事実を理解する。
「………政略結婚の類か?」
「私もそうかと思ったのですが…………流石にそこまでの情報は直ぐには」
「まぁ、そうだろうな。それにしてもエンデルバルト王国にレーヴェルト王国か………」
エンデルバルト王国は何一つ誇張する必要が無い大国であり強国の国だ。
このレムナント王国から東に存在する国。
国土も人民もうちに比べれば倍程くらいはあるだろう立派な国だ。
中身は典型的な絶対王政でありそこら辺はうちと変わらないが、その分、うちよりはマシな王政を引いている事だけは噂だけでもわかる国だ。
だから、そっちは問題はない。
問題は相手の国だ。
レーヴェルト王国
こちらの国も大国だ。
こちらはレムナント王国からしたら西にある大国だが、東のエンデルバルト王国が真っ当で正当な大国ならばレーヴェルト王国は魔法についての研究が深い魔法大国であり、魔獣が何故か多いので魔獣大国とも言われる国だ。
そしてそんな劣悪な呼び名を逆に己を強力にするために利用したのだ。
飛竜を乗り物として従わせたりしているらしいが、どんな事をして使役しているのかは流石に機密情報で知らないが、どちらにしても大概の国だ。
だが、それだけならばいい。
それだけならば先進的で強力な国という感想を抱けるだけであったが────どうにもきな臭い噂が最近は聞こえる。
「住人が行方不明になった。変な音が聞こえる、酷い時は昼なのに夜に変わったなどといった与太話もあったな」
「専門家の話も聞きたいですね。魔法でそんな事は可能なのですか?」
「前者二つは普通に可能だろう。後者はやれば、まぁ」
手をばぁん、という感じに開く。
当然、術者は綺麗に
「少なくとも人の領域で許される魔法ではない。かと言って妖精族でも出来るかどうか。よって私は与太話を押したい所だな」
「…………押したい、ですか」
ふぅ、という溜息にこちらが言いたい事を分かってくれたのだろう。
そう、押したいだ。
術者である自分ですら魔法にどこまで限界があるかは定かではないのだ。
自分の場合はこの程度は出来る、という安全的な使い方しかしていない。
もしも危険な域の使い方をした場合、自分がどこまで出来るのか。
知りたいような知りたくないような部分だ。
そうするとぱんぱん、とレオンが手を叩く。
「はいはい。憶測だけで喋らない喋べらない。後、必要以上に不安に駆られるな。俺らが関わる事はまず無いし、会うにしても殺せない人間も弱点が無い存在も無いっていう事で落ち着け」
確かに議論に熱中していたことを私もサヤも理解し、直ぐに口を閉ざす。
それに理解の頷きを入れるレオンは周りにも視線を向け
「確証も無いものに必要以上に怯える必要も、あるか分からない未来を考え過ぎて現在を疎かにする必要は無い。今、分かるのはエンデルバルト王国がレーヴェルト王国に対して友好の使者か………違う役目を持った者を送った。それだけである、それだけから俺達が出来ることは特に無いという事だ。ただ──何時でも動くれるようにくらいはしとくくらいかな」
確かに。
どう足搔こうと自分達の数と力では両国の都合に割り込める力はない。
こうして情報を収集しているのは当然、情報を知りたいというのもあるが、知った上で出来るのは覚悟くらいだ。
それに両国のパワーバランスは均衡している。
幾らレーヴェルト王国に卓越した魔法技術があるのだとしても、エンデルバルト王国は正しく真っ当なマンパワーによる軍団を持っている。
戦争をするにしても拮抗状態ならば得れるモノよりも失い、削られるだけの未来が待っている可能性が大きい。
やるならばそれこそパワーバランスを崩壊させる程の強大なナニカが無ければ馬鹿でも何も起こせない。
「…………今日はこんなものだな。商隊警護から帰った日に皆、集まってくれてありがとう。明日もまた定時に集まってくれ」
ぱん! と再び手を叩くと全員で同時に立ち上がり、礼をする。
都合3秒程頭を下げて全員が同時に帰り支度をするのを見ながら、シオンはレオンが自然と直ぐ傍に来ているのを悟る。
「…………あの王は本当に何もせず、か」
「…………そうらしい。サヤの言葉通りならばここを中継にレーヴェルト王国に向かったはずだが…………特に変化無し、というならば………………いよいよ末期か」
特に変化無し。
つまり、それはこんな風に他国の動きにも一切興味がなく、己の欲にしか興味が無いまま、という事。
その事を横目で告げるとレオンはそうか、と特に感情を浮かべる事が無いまま小さく、特に強さを込める事もなく
「──────上の害悪は敵よりも
心底が冷える言葉とは正しくこれだろう。
あれ程、暖かな言葉と態度を自然と出す少年から冬の冷たさを超える冷徹な言葉が口から出されるのだ。
それはきっと彼が守れる者と守れない者をはっきりと線引きしているからだろう。
己は総てを救おうとする聖人ではない。
敵対者まで救おうとする傲慢と理想を抱くよりも清濁を併せ呑み、現実的に人を守る事を選んだが故に吐き出される冷たさ。
一般人が見れば恐怖の震えを得るだろう寒さに、しかし自分はむしろ
…………それでこそだ
という感想を抱く辺りがどうしようもないと思う本心であり、仕え甲斐があるという納得であった。
しかしレオンはこちらの沈黙を恐怖によるものと勘違いしたのか、直ぐに何時もの暖かな笑顔を取り戻し
「そう硬くなるな。あくまで感想だ。余程な事が無い限りそんな事は起きないし、実際、二か国もそんなあからさまに何かをするとは思えないっていう意味ならばあの王の楽観も間違っちゃいないだろうさ」
あの王は楽観しているんじゃなくて全く一切興味がないだけだろうとは思うが、本人もそうは思っているのだろう。
それによく言う。
否定しておきながら、余程な事が起きれば
「では、明日の予定はどうする? 訓練、見回り、依頼の受諾。まぁ、今の所は財政は凄くとは言わんが一日のみならば特に焦る事はないとは思うが………」
「ふむ………それはいいな。じゃあ明日は楽しむ事をしようか」
突然の楽しい事をしようぜ発言に嫌な予感をして少年の方を見ると何時も通りにいい笑顔を浮かべている我らが主。
だが、油断してはいけない……………この少年は悪巧みであろうと善行であろうと全く同じ笑顔でするのだから。
「…………程々に出来るか?」
駄目元でちょっと媚びてみるがいい笑顔は一切崩れないのを見る限り無駄であった。
「そう溜息を吐くなシオン。最近、平和過ぎるからな。ここらで少し"上"がいると改めて刻み込んで貰わないといざ、その"上"と対峙した時動けなかったら、皆、危険な目にあうんだ。心配するな。俺が嫌われてもいざという時はお前がいるしな」
「レオンの代わりなど誰にも出来る筈が無いだろう……」
「俺の代わりになるなよ馬鹿。お前になれよ、シオン」
手厳しい言葉だ。
そう思いながら、しかし了解と頷きながらレオンが笑ってこちらの肩を一度叩いて帰ろうとする。
そこにちゃっかりとサヤが控えている辺りが完璧である。
……ああ、そうだ
完璧、という単語がちらついたからふと思った。
今の自分達は立場と人数、財政、物資を省けば完璧だと思う。
無論、省いているモノは控えめに言っても余りにも大きい不足だ。
それらが無いから自分達が上に行けないという事は理解している。
それらがあったら自分達は上に行けるという事を指し示している。
……だが、それをすれば何をどうしようと動乱が起きる…………
国内で収まればいい。
だが、上に行く程の事を起こせば、国外に出かねない。否、9割の可能性で出ると思われる。
それは自分達が前向きに望む事など出来ない事だ。
だから、今の立場こそが最も幸福であり、"完璧"なのだ。
その事実に内心で溜息を漏らし、一言だけ漏らす。
全く────ままならんものだな
何もかもが、と最後に付けたし、シオンは原因の現実から目を逸らすように少しだけ瞳を閉じた。
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