【56】初対面
陽太、宗介と別れると、美月と翔はとある刑務所を訪れていた。目的は龍之介に遭うことだ。
――私からも、お願いがあるんです。
陽太たちにお礼を言われたあの日、美月は一つお願いをした。それは、龍之介がいる刑務所を教えてほしいということだ。彼女にはどうしても聞きたいことがあった。
多くの刑務所は、面会できるのは平日のみとなっていて、土日は面会することができない。しかし、ここの刑務所は幸運にも土曜の午前中だけ受け付けている。平日に仕事がある翔にとっては、わざわざ休みを取らなくて済むため、ありがたかった。
窓口で面会の申請をすると、少し待ってから面会室に案内された。よく刑事ドラマで見るような、透明な板の仕切りがある部屋だ。無機質な部屋に刑務官……と、想像はしていたものの、やはりかなり緊張する場だ。美月も翔も初めての場所に、お互いの存在に安心感を抱いていた。
龍之介は、仮想空間で会っていた時よりも心なしか痩せているよう見える。新撰組の服装という、ゆったりしたシルエットだったからだろうか、それほど意識をしていなかった。
「美月さん、翔さん、今日は来てくれてどうもっす! よくここが分かりましたね?」
まるで主人の帰りを待ちわびていた犬みたいに、彼はパッと明るくなった。けれどその前のめりな姿勢が、かえって苦しさを感じさせるのは、龍之介の涙が印象強いからだろうか。
「津田さんにね、聞いたんです」
美月は、あれから自分と翔が彼らに呼ばれて仮想空間で会ったことや、今日みんなでお墓参りに行ったことを話した。
「そうだったんすね。……オレも、ここ出たら行きたいっす。そん時は美月さん、案内してくださいね」
「ちょっと待った、なんで彼女だけなんだよ」
翔の焦った顔を見て、龍之介はわざとらしく口に手を当てた。
「え~。だってオレ、美月さんとデートしたいんすもん。翔さん別に、美月さんと付き合ってるわけじゃないんでしょ?」
「そ、それはそう、だけど……お前、彼女に何するか分からないし、俺も同行させてもらう」
「えーっ。信用ないっすね、オレ」
それから美月は話を本題に移し、ずっと気になっていた「彼が再び人を殺しそうになった理由」について尋ねた。
一瞬険しい顔になった龍之介だったが、すぐに口を開いた。
「脅されてたんすよ、彼女――牧夏子に」
夏子の名前が出ると、美月も翔も驚きを隠せなかった。
龍之介は、ゲームの中盤で彼女に殺人鬼であることを暴かれ、その上で「夏子を殺さない」という条件のもと、龍之介が殺人鬼であることを黙っていてくれるという提案をされたことを明かした。相手が殺人鬼と知りつつも彼女が共同戦線を持ちかけてきたのには、たまげたものだ。
「オレは美月さんと約束して協力するって決めたし、誰も殺したくはなかったっす。けど殺人鬼であることを暴露されちゃあ、オレを殺そうとする人が出るかもしれなかったし……」
龍之介も死にたくはなかったので、争いを回避するため、彼女の要求を呑むしかなかった。
「だったら、そのことを俺らに言ってくれれば――」
「だってあの人、独特の雰囲気
悪さをしてしゅんと落ち込んだ犬のように、彼は小さくなった。
「で、でも、結局殺しはしなかったんですよね?」
美月がフォローに入ると、龍之介はピコン、と反応した。
「そうなんす! ゲームの終わりが近づいて、ターゲットを殺せって脅されたんす! でもオレは……殺さない選択をした。それは、なんつーか……上手く言えないんすけど、こう、支配されてる感が嫌だった、っていうか……」
彼はしどろもどろになりながらも、必死に説明した。小さい頃からよくパシリとして扱われていた。
けれど心のどこかで、そんな抑圧から抜け出したい、という思いがあった。一度、人の上に立って分かった。自分にはそんな才能はない。それでも、上に立つことはなくとも、自分の意思を他人に縛られたくない――そんな気持ちが、夏子の脅しに打ち勝った。
「過去のことは、美月さんにはちょっと話したっすよね。まあそんなこんなで、殺せって言われたから殺す――そんなんが嫌だな、って思ったんす。なんか不思議なんすけど、自分の腕が、一度構えたボーガンを下ろした時……なんだかほっとしたんすよね。下ろしたのは自分なのに」
龍之介はへへ、と頭をかいた。そんな彼の表情に、美月もなんだか心が温まるのを感じた。
「……私、嬉しいです。上杉さんが、自分の意思で人を殺さないでくれて。脅しの重圧もあったのに……」
いくら彼との協力の約束を知らないとはいえ、美月には夏子に対する怒りが湧いた。自分だって殺人鬼であるのに、自分はその正体を明かさない。それどころか、いかにも普通のゲーム参加者のように振る舞い、龍之介を脅した。そんな卑怯なやり方に、同じ人間とは思いたくはなかった。
龍之介にはもう、美月が天使のように見えている。それを彼の瞳から感じとった翔は、なおさら美月とデートをさせるわけにはいかない――などと考えてしまっては、美月と自分との関係――恋人同士でもない、ただの同志であること――を思い出し、二人にバレないように自分を戒めた。
その後は少し雑談をし、この日の面会は終了となった。
八月に入ると、美月の通う大学では、短期間での単位習得を目標とする集中講義が行われる。美月もこの第一週目と、お盆明けにある二つの講義の出席を予定していた。
暑さは相変わらずで、どんどん最高気温を更新していく。一方でその暑さが増すほど、電車の冷房が天国のように感じられた。平日の朝でも幾分か車内は空いており、美月はタイミングよく座ることができた。冷房と水筒の麦茶で、火照った体を休める。
お盆明けの講義は仲のよい友達も一緒に受ける予定だが、こちらは友達との好みが合わず、美月一人で受けることとなっている。一番端の席を確保すると、隣の席に誰かが座るのが分かった。
「夏休みだってのに、月曜の朝から講義受けるなんて、私も真面目になったものねー」
真由美だ。彼女は欠伸をしながら、当然とでも言うかのように美月の隣に腰を下ろした。改めて彼女を見ると、やはり可愛い。いつも仮想空間で会っていた時とは違い、化粧もしているし服装もおしゃれだ。ナース服でも分かる華奢なラインは夏服でも同じ。おへその見えそうな短いトップスに、ハイウエストのタイトなミニスカート。美月が真似をすれば、友達には揃って「やめたほうがいい」と言われるのが容易に想像できる。
「真由美……さん、久しぶり」
今までは年齢が近いと思って、ちゃん付けしていた。年上だということが分かってもそのままにしてしまっていたが、やはり「真由美ちゃん」のままでは申し訳ないと、馴染みのないさん付けをしてみることにした。
「……え、今さらいいわよ。なんか気色悪いし。あと一応言っておくけど、敬語もいらないから~」
冷ややかな目でぎこちなさを指摘された。
彼女がみゆきに対しての罪を告白したあたりからだろうか。それまでは可憐で弱々しい感じの雰囲気だったのが一転、自身の感情をストレートに口に出すようになった。付き合いの長い友達のような気がして、美月にはそれが嬉しかった。
「えっとじゃあ、真由美ちゃん――は、誰かと受けてないの?」
「よくつるむ子は、基本代弁使うから。私も今まではそうしてたんだけどね」
講師にもよるが、学生証を使ってきちんと出席を取る教授もいれば、名前を呼ぶだけで確認を終わらせる教授もいる。彼女たちは普段、誰か授業に出席する人に、自分の名前が呼ばれたら返事をしてくれるよう頼んでいるようだ。
学年が上がれば、どの教授がどのタイプなのか、どんどん情報が入ってくる。
「これからは、真面目に受けようと思って。……もう授業を受けられない、みゆきの分んもね」
みゆきは真面目で、授業にはきちんと出席していたらしい。けれどもう彼女が授業を受けることはない。後悔の残る真由美なりの決心だった。決心――と言うと大げさかもしれないが、朝イチの講義に出席するならば、そこそこ早い時間に起きなければならない。真由美にとってはそれが――しかも早起きの理由が講義への出席ということは――簡単なことではなかった。
午前の分を終え、いったん昼食をとった後に午後の分が始まる。彼女たちは学食で一緒に食べることにした。
「――あっ」
この食堂には、テレビが一つだけ設置されている。お昼のニュース番組で、ピコンピコンという速報を告げる音が、二人の意識をそちらへと向けた。
「速報です。えー、連日発見されていた変死体について、彼らを死に追いやったのは自分だと言って、男が自首をしてきたことが分かりました。男は都内に住む元獣医の津田陽太容疑者、二十八歳。犯行の動機を『婚約者を死に追いやった復讐だった』と述べているということです」
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