【55】感謝の気持ちを

 美月が目を覚ますと、そこは真っ白い部屋だった。――そう、あのゲームのために、ゲーム参加者が集まる場所として用意された場所。ただそこにいたのは、美月の他には翔、そして陽太と、恐らく本物の桐生宗介と思われる男性だった。

「ごめんね美月ちゃん。紛らわしいことしちゃって」

 陽太は宗介を紹介し、美月と翔に謝罪した。

「俺は自首することにする。でもその前に、二人に少し話したいことがあって」

「義兄さん! その話なら、僕も一緒に自首するって言ったじゃないですか」

 宗介の訴えに、陽太は首を横に振った。

「俺の指示で色々やってもらっただけだ。お前を巻き込みたくはないんだよ」

「でも――っ」

 陽太は美月たちに向き直った。

「本当に、彼は俺の指示で動いてた。ゲーム参加者からの質問に答える時とか、ゲームの進行とか……。だから、罰を受けるのは俺一人でいいんだ」

「けど、一体どうやってこんなことを? 仮想体験が現実になるなんて、今の技術じゃとても……」

 美月も同様だが、翔は自分たちに話したいことよりも、こちらの方が気になって仕方がなかった。むしろこんなふうに聞ける機会が訪れるなんて、またとないチャンスだった。

「気になるなら、先にそっちに答えるよ」

 そう言うと、陽太は摩訶不思議なからくりを説明した。

 そもそも何故このようなゲーム式になったのかと言うと、みゆきを苦しませた人たちに、同じように苦しみを味わってほしいからだった。その上で「白いワンピース」、「鏡貼りの迷路」、「桐生」というヒントを与えながら、これが「復讐」であることを教え、自分たちがどうしてゲームをさせられているかと言うことを、彼ら自身に気づいてほしかったのだ。

「まあ、実際はその原因よりも、生き残ることを考えるのに頭を使っちゃったみたいだけどね」

 陽太は肩をすくめた。

 実際に全員を集めようとすると、誘拐するしかない。けれど彼らにとって重要なのは、「拘束時間」だ。みゆきが死亡した時間にゲームを終わらせたかった。そして日中を普段通りに過ごさせたのは、日付感覚をなくさないためでもあった。

「だから、仮想空間……。でも、やっぱりそこが不思議です。ゲームで殺された人は、実際に死んじゃってるんですから」

「それだけじゃない。どうやって俺らをあの場に? 誘拐するより難しいんじゃないか?」

「そこは、俺だけじゃ無理だった。だから、宗介の力を借りたんだ」

 急に話を振られた宗介は、視線から逃れるように目を伏せた。

「力と言っても……。僕がしたのは、物集めくらいですよ」

 宗介はインターネット関係や機械に詳しかった。その腕でみゆきの掲示板にいた者のアカウントをハッキングし、その画面を見れば「零時に眠りにつき、特定の夢を見る」という暗示がかかるようにしたのだと言う。加えて、その夢で自分の死を強く意識すると、脳が実際の死として誤認するようプログラミングした。

「ニュースで少しやってた……あの『ノーシーボ効果』ってやつに近いと思います。暗示っていうのも、まあ合ってます」

「そんなことが、可能……なのか」

 理論上のような話だが、彼はそれを現実にしてしまった。並外れた技術だ。

 要約してしまえば「ハッキングして、特定の人に暗示をかけ、夢での体験が現実になるよう仕向けた」というだけの話なのだが、説明を聞いてもこれが現実に起こったことだとは、どうしても信じがたかった。

 ふと、翔の頭に疑問が浮かんだ。

「なら殺人鬼の彼らにはどうやって?」

「ああ。記者だと名乗って面会を希望したんだ――記事を書きたいって言ってね。その面会中に、スマホの画面をこっそり見せた。暗示がプログラムされたスマホの画面をね。俺はゲームに参加したいから、そこは宗介に任せた」

 完全にいちゲーム参加者としていたかった陽太は、彼らと面会するわけにはいかなかった。

 陽太は一歩前に出ると、美月と翔の顔を交互に見た。

「さて、種明かしはこんなもんだから……そろそろ本題に入っていいかな?」

 美月も翔も、首を縦に振った。

「ありがとう。今回こうして二人を呼んだのは、自首するねってことを伝えるのもそうなんだけど……お礼を言いたかったからなんだ」

 陽太はゆっくりと目を閉じた。

「特に美月ちゃん。ゲーム終了が迫ってきていて、精神的にも追い込まれてる状況だっただろうに……俺のこと、注意してくれてありがとう」

「そ、そんなっ」

 美月はあわあわと両手を振った。

「下手したら俺が逆上して、『このゲームを今すぐ終わりにしてやる』なんて言いかねないのに。それでも俺を怒ってくれて、本当に感謝してるんだ。おかげで大切なことに気づけたし、忘れていたことも……思い出した」

「津田さん……」

 美月に向かってにっこりと微笑むと、陽太は次に翔を見た。

「翔もさ、ありがとう。あんなダメダメな俺に、また飲もうって誘ってくれてさ。そんな未来を期待するって図々しいけど、もしチャンスがあるのなら、お前と色々語りたいよ」

 陽太はほんの一瞬だけ美月に視線をやってから、翔にウインクしてみせた。

「その時は翔の話も聞かせて」

「陽太、おま――っ」

 あはは、と声を出して笑う陽太の後ろ姿を見ていた宗介は、緩む涙腺を必死に堪えた。こんな彼を見るのは久しぶりで、姉が生きていた頃の彼が戻ってきたようだった。

「二人にね、あともう一つ、お願いがあるんだ」

 笑い終えた陽太は、切なげに瞳を揺らした。



 その週の土曜日、みゆきの墓の周りには四人が集まっていた。陽太と宗介に並び、美月と翔もその墓を見つめていた。

「今日は俺のわがままを聞いてくれてありがとう、二人とも」

 陽太の願いを聞き、美月たちはみゆきの墓を訪れていた。周囲はほとんど墓で埋まっていて、空いたスペースがあまり見当たらない。加えてこのねっとりと絡むような暑さが、まだ十時を回ったばかりだというのに、じりじりと人肌を焼くようだ。

 美月は持ってきた花を一度脇に置き、花立てを洗いに行った。その間に男三人は、墓石の掃除を始めた。

「悪いね、暑いのに手伝わせちゃって」

 作業をしながら、陽太はちらりと翔を盗み見た。彼は黙々と掃き掃除をしてくれている。

「全然。むしろ、こうやって誘ってくれてありがたいよ」

 直接的には関わっていなくても、みゆきの心が悲鳴を上げていたのに、自分は何もしようとしなかった――そんな負い目が、翔にはあった。彼だけではない。美月も、インターネット上とはいえ、何か力になってあげることができたのでは、という後悔の気持ちがあったのだ。

 全員が線香をあげ終えると、陽太と宗介が語りかけた。最後に陽太が「また来る」と言って、四人はその場をあとにした。

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