【54】GAME13―決断―

 次々と行われる殺人鬼たちの告白。黒幕の二人や、龍之介が殺人鬼だと知っていた美月と翔以外の者は、何が起こっているのかを把握するので精いっぱいだった。もしこのタイミングで武器の使用が可能になろうものなら、十中八九犠牲者が出るだろう。

「殺人鬼……二人も残っていたなんて――」

 俊一の呟きに、芽衣は心の中で舌打ちをした。夏子――いや春子に関しては、怪しいと感じていた。けれど龍之介はもちろん、彼女の正体に辿り着くことはできなかった。

「偽名を名乗ってたんだもの、当然と言えば当然ね」

 彼女は少しずつ頭の中を整理しながら、心を落ち着かせていった。龍之介にはもう殺意はないようだが、春子は何をしでかすか分からない。武器を使える状況になった時に備え、真由美や鷹雄を守らなければと覚悟した。

 芽衣が睨みつけるように見つめている春子はと言うと、警戒心の高まったこの状況に、満足気な笑みを浮かべていた。

「ほら、何してるの? ゲームはもう始まっている時間よ。早く武器を出せるようにしてちょうだい」

 最初の頃、毒しか武器のない自分は勝ち目はないと思った。だからこそ、ここまで慎重に行動してきたのだ。けれど、今は違うと考えている。それは、美月の翔の行動ゆえだった。

 いざとなった時、翔がどのような判断を下すのかは正直確証がない。けれど美月に関しては、彼女のある言動には自信があった。

 それは、「殺人鬼である春子自分でも、誰かが殺そうとすればそれを止めるはずだ」ということだ。

 武器だけでは勝ち目のない状況は、今も変わらない。けれど彼女のこの行動を味方につければ、それも変わってくるはずだと春子は考えた。犠牲者を出したくない彼女は、黒幕を説得することに重点を置いている。春子が行動に出て、返り討ちに遭いそうになったら? 恐らく彼女は止めるだろう。――いや、止めるに違いない。

 春子は自信ありげにモニターを見た。他のゲーム参加者たちも、ちらちらと春子を気にしつつも、不安げにモニターを見ている。

『義兄さん……どう、しますか?』

 宗介は陽太の指示を仰ぐことにした。そもそもこの話を持ちかけたのは陽太で、宗介は今まで陽太の言うことに従ってきた。決定権は全て陽太にある。

 視線の集まる先が、モニターから陽太に移った。美月は両の手にぎゅっと力を込める。果たして彼は、どんな決断を下すのか――。

 少しの間口を開かなかった彼だが、ようやく顔を上げた。眉を下げ、悲し気な笑みを浮かべている。

「決めたよ。俺は――」



 その夜、陽太はゲームを終えてもすぐには目覚めず、夢を見た。みゆきの夢だ。

――これなんかどう? 似合うと思うけど。

 陽太は一枚のワンピースを彼女の体に当てた。白いロングワンピースだ。夏用に新しい服が欲しいという彼女の買い物につき合っていた。

――ええ、シンプルなのは着る人を選ぶよ。着こなせるかなあ。

 そう言いつつも試着室へ向かう彼女は、明らかに頬が緩んでいる。

――どう? ……似合うかな?

 綺麗。その一言で充分だった。真っ白なワンピースは、彼にウエディングドレスを想像させた。サイズもぴったりで、バックにひまわりが咲いているかのような彼女の笑顔。陽太自身が満たされた気持ちになった。

 ひまわり畑に強い風が吹いた。景色が切り替わり、みゆきは部屋のベッドに横たわっている。愛おしい――そう思いながら彼女の頬に触れると、驚くほどに冷たかった。

――そうだった、みゆきは死んだんだ。

 みゆきを死に追いやった人たちへの憎しみの炎が、メラメラと燃え上がった。その中には、後悔の念という黒い炎がちらついている。彼女の手を握りしめながら、陽太は歯を食いしばり、涙を流した。

――くそ、……くそっ。

――ありがと、もう大丈夫だから。

 俯く陽太を抱き締めるようにして、みゆきは起き上がっていた。その体からは温もりが感じられる。

――陽太、私のせいで苦しめてごめんなさい。でももう、大丈夫だから。私の思いに気づいてくれて、ありがとう。

 顔を上げると、あの頃のままの笑顔のみゆきがいた。触れたかどうか分からない温もりを彼の唇に残し、彼女は光の差す方向へ消えていった。



 夜中に目が覚めた美月は、渇きを訴えてくる喉を潤すため、リビングに降りていた。コップの水を一気に飲み干し、ふうと肩を下ろす。

 この渇きは夏の暑さだけではない。緊張していたからでもあるような気がする。

 時計を見ると、日付が変わって三十五分が経過していた。ゲームが終わる時間より、少し早い。

――俺は、ゲームを続行しないことにする。

 陽太は確かにそう言った。頭の中で数回反芻し、自分の記憶が間違っていないことを確認すると、美月はそのままキッチンにしゃがみ込んだ。

「終わ……ったんだあ」

 口にしてみると、ぽろぽろと涙が出てきた。無性に今、誰かにすがって泣きつきたい気分だ。それでも彼女は、一階で寝ている両親を起こさないよう声を押し殺した。

 その日の夜も、最近にしては穏やかに迎えられた。

「どうしたんだよ美月。今日はやけに食が進むな。今日のバイト、そんなに忙しかったのか?」

 母親同様、父も目を丸くしている。ご飯茶碗丸々二杯分なんて、いつぶりだろうか。

「あはは、そういうわけじゃないんだけど、ちょっとお腹空いちゃって」

 夜にバイトがある日は、夕方にある程度腹を満たしてから出勤する。けれど今日は、帰ってきてからの空腹の訴えを無視することができなくて、二十三時が近づいている時間にこうして夕飯の残りをもらっている。その食べっぷりに、両親は目を見張っていた。

「まあ、最近は少ないかなって感じてたから、よかったわあ」

 母の間延びした声がちゃんと安心してくれているようで、美月もほっとした。やはり心配をかけてしまっていたらしい。

 零時になっても命がおびやかされることはない。ただそれだけのことが、とても幸せなことに感じた。日常が当たり前になってしまっている。世界のどこかには、その日を生きていくのが精いっぱいな人だっているのに。――そんなことを考えながら、ベッドに寝転がり、天井をぼんやり見つめていた時だった。

「……あ……れ……?」

 突然睡魔に襲われた。瞼が、全身が重い。抗おうにも抗えない。美月はこの感覚を知っていた。

 なんで――そう呟こうとしたが、彼女の口から言葉が発せられることはなかった。

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