【53】GAME13―説得、そして―

「人殺し……って、上杉さん、それ……」

 彼の突然の告白に、場は動揺した。今まで正体を隠し続けていた殺人鬼が自ら名乗り出るとは思っていなかったのだ。美月と翔はその真実を知っていたがゆえに、それをゲーム参加者全員に打ち明けたことに驚いてしまった。

 みんなが驚いて固まっているうちに、龍之介は続けた。

「オレ、殺人鬼としてこのゲームに参加してました。それで、実は……このゲーム中にも、一人……殺してしまったんす」

 彼が殺したのは武永修平だ。彼は狙われた鷹雄にいち早く気づき、そして守り抜いた。

「昨日のゲームで、その、ある事情があって……また、人を殺しそうになったんすけど……」

「なんだと?」

 龍之介の言葉に、翔が聞き返した。彼は協力すると言ったはずなのに、どういうことか。「人を殺しそうになった」と言った彼の言葉に、翔は耳を疑った。

 美月が翔を抑え、龍之介が話を続けた。

「でも、殺せなかったんす。それからオレは、鏡が動いて美月さんたちと偶然一緒になりました。そしたら、罪悪感がぐあああって襲ってきて……急になんすけど、死にたい、って思ったんす」

 龍之介は陽太に目を向けた。

「彼を見た時、オレと似た感じだなって思った。本当はそのみゆきって人のこと後悔してて、この復讐ゲームが終わったら、自分も死ぬつもりなのかなって」

「津田さん、そんな……」

「じゃなきゃおかしいじゃないすか。わざわざ危険を冒してまで、殺人鬼のいるゲームに参加するって。殺人鬼のオレ、この人が黒幕だって知らなかったっす。下手したら自分だって殺されてたかもしれないのに……」

 陽太は、まるで表情を悟られまいとするかのように俯いている。けれども背の低い美月には、彼がどんな顔をしているのか分かった。眉を寄せ、唇を噛み締めているのを見るだけで、美月の心も締めつけられた。

「初めから、そのつもりだったんですか?」

 美月の問いに、陽太はこくりと頷いた。

「みゆきの遺体に触れたんだ。……ものすごく冷たかった。彼女との距離を置いたのは自分だけど、なんだろう……彼女がとてつもなく遠くに行ってしまったような気がしたんだ。何をしたってこの温度差だけは埋まらない。なら、俺も死のうかな、ってね」

 肩をすくめる陽太に、美月は大声で否定した。

「だめ!」

「……美月ちゃん」

 彼に届くよう、一言一言に気持ちを込めた。

「みゆきさんは耐えようとしたんです。それでもどうにもならなかった。津田さんが彼女の分も耐えてあげてください。それで前を向く姿を、天国にいる彼女に見せてあげてください、安心させてあげてください。――じゃないと、みゆきさんが悲しみます……」

「彼女の言うとおりだよ」

 翔も今は、全力で陽太の力になりたいと思った。

「言っただろ? なんでもぶつけてって。陽太は一人じゃないんだ。それに、彼女の弟さん――宗介だって、そう願ってる」

 陽太はハッとして、モニターを見た。画面は黒いままだが、その横の時計が目に入った。もうすでに話し合いの時間は終了し、ゲームがスタートしている時間だ。けれどその合図であるブザー音は、この白い部屋には鳴り響いていない。

「宗介……どういうつもりで……」



 モニター越しに白い部屋を監視していた宗介は、ブザーのことなどすっかり頭から抜けていた。

 温かい滴が頬を伝う。

――気づいてあげられなかった、彼の気持ちに。

 彼がゲームにプレイヤーとして参加すると言った時に、自分が気づくべきだったのだ。彼の一番そばにいて、同じ思いをしたのだから。

「義兄さん」

 マイクを通して、白い部屋に語りかけた。

「もう、やめよう? もう終わりにしよう。僕は義兄さんに死んでほしくないです。……僕を、置いていかないで」

『宗介……』

「義兄さんがこのまま続けて死ぬつもりなら、僕も後を追いますからね! 僕だって辛かったんだ! 姉さんの力になれず、義兄さんが死のうとしてることにも気づけなくて……それなのに僕を独り残すなんて、絶対に許さないっ」

 宗介はマイクのスイッチをそのままにしているので、彼の嗚咽は白い部屋にいる彼らにも聞こえた。真っ白な部屋に響く悲しみは、それぞれの胸に突き刺さった。――ただ一人を除いて。

『……冗談じゃないわ』

 女性の声に、宗介は顔を上げた。

『ふざけんじゃないわよ。ゲームを終わらせるですって? そんなの、ここまで楽しみを残しておいたあたしがバカみたいじゃない』

 彼女だけが異次元にいるかのようだった。氷のように冷たく、鋭い目つきでモニターを睨みつけている。

『勝手に呼んでおいて……終わらせることは許さないわ。ゲームを続けなさい』

 モニター越しに宗介を睨んでいるのは、ここまで生き残った、もう一人の殺人鬼だった。



 龍之介の告白に、ゲームが終わるかもしれないというこの状況に、誰よりもショッキングだったのは夏子だった。

 殺人鬼という立場とは言え、彼女もまた、このゲームに翻弄される一人だった。

 前回のゲームにおいて、翔を殺す絶好の機会をふいにされた。それだけではない。前回のメンバーが今回もまた全員揃っているものだから、龍之介が殺人鬼だということをタイミングを見て暴露しようと考えていたにもかかわらず、それも彼自身の口から告げられてしまったのだ。

 彼女のはらわたは煮えくり返っていた。

「夏子さん……あなたまさか――」

「夏子なんて呼ばないで。あたしは春子はるこ――牧春子よ」

「春子?」

 否定された芽衣だけではない。その場にいるほとんどの者が、「牧春子」という名前に聞き覚えがあった。

 たまたま春子のそばにいた真由美は、彼女と距離を取り、近かった芽衣の腕にしがみついた。

「な、なんだっけ、牧春子って。なんか毒か何か作ってなかった?」

「――いや、毒を作ったわけじゃないよ」

 真由美の声が聞こえた翔は、自身の記憶を引っ張り出した。

「もともと存在する青酸カリって毒の、性質を変えたんだ。あれにはアーモンド臭っていう独特に匂いがあるけど、確かそれを無効化したんだ。当時、最初のうちは新しい毒じゃないかって言われてたけど、時間が経って、毒自体は青酸カリだということが判明した――で合ってるかな? 牧春子さん?」

 春子は翔を拍手で称えた。

「あら、ありがとう。そんなに覚えてくれてたのね。そのとおり、ある時たまたま成功したその新しい青酸カリを使って、カツアゲしてくる同級生や、性的暴行をしてきてた兄、いつもさげすむような目をしてくる近所の女や……あと誰だったかしら? 殺してあげたわ」

 悪びれる様子もなく、むしろ自身の業績を自慢するかのような物言いに、宗介による説得でゲームを終わらせられそうなムードだったのが一転、再び場は恐怖で支配された。

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