【52】GAME13―吐露―

 ついに十三回目の夜を迎えた。ゲーム参加者にとっては、もう後がない。

 目が覚めた美月は、早速龍之介に声をかけた。昨夜、彼は何を言おうとしていたのか。それをすぐに確かめなければいけない気がした。

「……あ、えと、それは……」

 龍之介は口ごもった。彼は周囲の様子を気にしているようで、きょろきょろと黒目を動かしている。どこか怯えているようにも見えた。

 その様子を、恨みつらみのこもった目で夏子が見ていた。昨夜のゲームで、彼女は美月たちに追いついた。そして、三人をどう料理してやろうかとじっくり考えていた。ところが急に、鏡が移動を始めたのだ。それによって彼女は、目前のターゲットを見失った。結果再び彼らを見つけることはできず、今、視界には翔が映っている。なんとも腹立たしい。

 しかし苛立ちの一方で、一緒にいる龍之介の処遇については心躍るものがあった。彼はターゲットを殺せなかった。加えて今、美月たちと話をしている。この際彼がターゲットを見つけられなかったのか、見つけたのに手を下せなかったのかはどうでもいい。彼が殺人鬼だと、いつ暴露してやろうか――そのタイミングを見計らった。別に今でも構わない。けれどこの話し合いの最中、ベストな時が訪れるかもしれない。不愉快さと愉快さを胸に秘め、彼女は時を待った。

 宗介がモニター越しに話し合いを開始した。すると、真由美がこんなことを言い出した。

「ねえ、もうよくない? 説得とか……あと三回でゲームは終わるし、殺人鬼が二人いても、もう何もできないんじゃない?」

 事実、この数回は犠牲者が出ていない。十回目のゲームで死亡した室尾有人が最後の犠牲者だ。全員で固まっていれば、殺人鬼がターゲットを殺してゲームに勝つのは難しいのではないか、というのが彼女の考えだった。

「でも、それじゃあ……」

 龍之介のことを知っている美月は、真由美の意見に賛同することはできない。たとえ彼について知らなくても、陽太のことを説得したいという思いが彼女にはあった。

 陽太はと言うと、白い壁に背中を預け、他のゲーム参加者とは距離を置いていた。昨夜の激昂が嘘のように、彼は静かだった。

 美月は後悔し始めていた。陽太の今の様子は、どこか痛々しい。愛する人を失って辛い思いをしたのに、さらに追い打ちをかけてしまったようで、今の彼がとてももろく見えた。伝えた内容は間違ってはいないと思う。しかし、それを彼に伝えるということは果たして正解だったのだろうか?

 それを確かめるべく、美月はゆっくりと陽太に近づいていった。彼女の足元が視界に入った陽太は、ゆっくりと顔を上げた。

 彼の瞳は光を失い、虚ろだった。美月はますます何を言えばいいのか分からなくなってしまった。そんな彼女をの背中を押したのは、いつの間にか後ろにいた翔だ。

「正直、俺は陽太にかけるべき言葉を探すことができない。でも友原さんなら、きっと大丈夫だと思うよ」

 一緒に戦ってきた彼は、いつも美月を見ていた。彼女の言葉には力がある。正論を振りかざす自分の言葉よりも、きっと陽太を救ってくれる。心からそう思った。

 美月は陽太に向き直った。考えはまとまっていないが、口を開く。

「何、また説教でもする気?」

 しかし、先に声に出したのは陽太だった。美月を睨みつけるような眼力はもはや彼にはなく、「何を言われようがどうでもいい」と言いたげに、ふいと目を逸らした。

「説教……なんかじゃありません。そんなつもりはなくて。でも、こんなことを続けたってみゆきさんは絶対に喜ばない。そう思ったから――」

「じゃあ、どうすればよかったんだ!」

 陽太が急に声を荒げた。彼の突然の変化に、美月は驚いて声も出なかった。彼は泣いていた。

「俺だって、どうすればいいか分からなかったんだ! だから悩んだ! みゆきの力になりたかったさ。けど、所詮俺は男だ。男の俺がそばにいたら、彼女は襲われたことを忘れられないかもしれない。励ませば無理に元気を装うのは分かっていたから、それすらできなかった! なら、どうすればよかったんだよ」

 美月の瞳からも、涙が溢れ、頬を伝った。彼の苦しみを理解したつもりでいたが、これっぽっちも分かってはいなかった。彼は彼なりに苦しんだのだ。

「……そばに、いてほしかったと思います」

 美月は家族のことを思い出した。辛いことがあれば受け止めてくれる。そっと見守っていてくれる。昨夜両親は美月を問いただすことはなかったが、きっと何かあったに違いないことは気づいたはずだ。そして彼女が相談すれば、寄り添ってくれたはず。

「そんな存在が一人でもいれば、人は強くなれるんです。だからきっと、みゆきさんは津田さんにそばにいて、自分が立ち直るのを見守ってほしかったんだと思います。辛いめに遭っても踏ん張っていた彼女なら、きっと立ち直れたはずです」

「……」

「みゆきさんにとって、津田さんはかけがえのない人です。この先の人生を一緒に歩むと決めた、唯一の」

「……そ、か。いてあげるだけでよかったのか」

 陽太は背を壁に預けたまま、座りこんだ。

「みゆきのために悩んでいたつもりが、結局は自分を守るための考えに変わっちゃったんだ。みゆきとの距離を置いたのは、俺自身が傷つかないため。一緒にいられなくなると……彼女から別れを切り出されるのが怖かったんだ」

「津田さん……」

 陽太の目の前に、手が差し出された。美月のものではない。男性の手だ。

「……陽太」

 手を差し伸べていたのは、翔だ。

「上手く言葉を見つけられなくてごめん。このゲーム終えてさ、飲みに行かないか? なんでもぶつけて、聞くから」

「翔……」

 彼の手を取り、陽太は立ち上がった。途端に白い部屋が、いつもより明るく見える。今この瞬間、眩い光が差しこんだかのようだった。

「陽太、このゲーム……終わらせてくれるな?」

「それは……」

 陽太はすぐには頷かなかった。彼の決意を察したのは、龍之介だ。

「もしかしてっすけど……このゲームで自分も死ぬつもりじゃなかったんすか?」

「えっ?」

 美月は驚いて、龍之介と陽太を交互に見た。翔も、指摘した龍之介を驚いて見つめている。

「実はオレも――同じっすから」

「同じってどういうこと?」

 美月の問いに、彼は悲しげな笑みを浮かべた。そして他のゲーム参加者たちがいる方を一瞥し、彼女に向かって告白した。

「――オレ、人殺しっすから」

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