【51】GAME12―ジレンマ―

 龍之介は必死に足を動かし、鷹雄と芽衣を追っていた。彼らが鏡の道に飛び込んでから彼が追うのに、少し時間が空いてしまった。よほど幸運でない限り、彼らに追いつくことは難しい状況だ。

 けれどこの一時において、彼は幸運だった。鷹雄が選んだ道を、四分の一の確率で龍之介が当てた。歩いている彼らの姿を確認すると、鷹雄の背中に狙いを定め、ボーガンを構えた。

――しかし、撃てない。

 協力を約束した時の、美月の顔が龍之介の頭をよぎった。彼女を裏切りたくはない。

 一方で、夏子の顔もちらつく。彼女に殺人鬼だとバラされたら、美月たちは擁護してくれるか。それとも待つのは、死の制裁か。

 一度撃てば、たとえ鷹雄に当たらなかったとしても、鏡に弾かれた音で気づかれる。不意をつけるのは一度きり。

 撃つか、撃たないか――龍之介の迷いを映し出すかのように、ボーガンの矢先が揺れる。なかなか焦点が定まらない。

 死が目前に迫っているわけではないが、過去のこと――自身の犯した罪のことが、次々と脳裏に浮かんだ。なぜ、あの時自分は他人の車を奪ってまで、酒を飲んで運転なんてしてしまったのだろうか。

 慕っていた先輩、そして自分の下につくはずだった彼の子分の顔を思い出す。彼らは刑務所に様子を見に来てくれたが、合わせる顔がなく、龍之介は面会を拒否した。彼らは今頃どうしているだろうか。

 考えている間にも、鷹雄と芽衣は進み続ける。彼らが視界から外れたため、龍之介は一度ボーガンを下ろし、彼らを追いかけた。鷹雄の背中が見えると、もう一度構え直す。

 龍之介の視界がにじんだ。

「――くそっ」



 陽太は美月たちを追うことをやめ、別ルートで立ちすくんでいた。宗介に鏡の移動を指示した今、これと言ってやることもない。彼は鏡に映る自分の顔をぼんやりと見つめた。

 美月に言われた言葉が、頭から離れない。

――他人を悪者にすれば楽です。でもあなたは、みゆきさんから逃げた! そんな人に、復讐する資格なんてありません!

「みゆき……本当は俺のこと、どう思った?」

 鏡の空間に、陽太の声がむなしく響いた。その答えを知る、最愛の恋人はもういない。

 みゆきから事情を聞いた日から、なんとなく距離を置いてしまったのは確かだった。彼女を慰めるべきか、何も触れずに今までどおりに接するか、明るく励ますか……。

 結果どうしていいか分からず、みゆきから逃げた。美月の言うとおりだった。けれど自分の選択のことで頭がいっぱいになってしまい、いつの間にか焦点がずれてしまった。

 自分は一体誰のために考えていたのか? みゆきのために悩んでいたつもりだったが、それは本当か? 結局はさらにみゆきを追い詰めるかもしれない可能性に恐怖し、自分が嫌われることを恐れていただけだったのではないか?

「はは。情けない恋人だな」

 みゆきの方がよっぽど強かった。辛い経験をしたのに、それを打ち明けてくれたのだから。そんな彼女が自殺をするほど追い込んでしまったのは、紛れもなく自分なのだと、陽太は自覚した。

「だからと言って……どうすればよかったんだ、俺は……」

 陽太の問いには誰も答えることはなく、ゲームが終わるまで陽太はその場でうずくまっていた。



 ゲームが終われば、いつもの日常が戻ってくる。ゲームはまるで夢を見ているような感覚で、起きれば朝を迎えるという今まで当たり前だった日々となんら変わらない。

 けれどその当たり前は、もしかするともうすぐ終わってしまうかもしれない――そんな恐怖を、美月はじわじわと実感していた。

 昨夜のゲームの終了間際、涙ぐむ龍之介が現れた。手にはボーガンを持っていたが、両手はだらんと体にぶら下がっているだけだった。その涙の理由を、彼から聞くことはできなかった。

――すんません、オレ、実は……。

 美月がどうしたのかと尋ねると、龍之介は答えようとしたが、その続きはゲーム終了の合図に飲み込まれてしまった。

「なんて言おうとしてたんだろう……」

 美月の口が自然と動く。

 このままゲームが十五回全て終わってしまえば、必ず誰かが死ぬ。ターゲットを守りきれたとしても、龍之介は助からない。陽太を説得できていない状況に、焦りだけが募った。

 そして何も解決策を思いつかないまま、夕日が沈むのを見送った。最近は気持ちの問題なのか、食事があまり喉を通らない。今日の夕飯は、美月の大好物であるナポリタンだ。

「あらあ、美月。あまり減ってないんじゃない。今日の味つけ失敗しちゃった?」

 母親に言われて自分の皿に目を落とすと、確かに減っていない。いつもならおかわりするくらいなのに、まだ半分近く残っている。

「なんだ、ダイエットでもしてるのか」

 父親も不思議そうに首をかしげている。

「ち、違う違う。味つけはいつもどおり美味しいし、ダイエットもしてないよ。えと……最近暑いから、夏バテ気味、かも?」

 どうにか誤魔化そうとすると、母は冷製パスタの方がよかったかしら、と呟きつつ、自分のナポリタンに口をつけた。

「まあ、もし――」

「え、何?」

 美月は顔を上げた。

「んーん。もし悩みがあるなら、聞くからねって、それだけ」

 彼女は本当にそれだけ言って、それ以上は美月を追及しなかった。

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