【50】GAME12―違和感―

 美月は後ろ髪を引かれる思いで白い部屋をあとにし、走り出した真由美を翔とともに追った。

 もう少し時間があれば、もっと陽太の心に語りかけていれば――そう思うものの、結局どうすれば彼を説得できるのか、分からなくなってしまった。

 陽太を責めたかったのではない。ただ、みゆきのコメントは、彼女の本心のように思えた。もちろん彼女を追いこんだ出来事は、彼女を苦しめていたと思う。けれども、愛する人に拒絶されるということは、そんな彼女をさらに苦しめたのではないか、と思ったのだ。

 しかし、それを陽太に伝えることはやはり容易ではなかった。

 ある程度白い部屋から離れたところで足を止め、美月たち三人は肩で息をしながら、周囲の様子を窺った。陽太は拳銃を手に入れている。真由美も同じだが、いざ「撃てるか」という意味では、まず間違いなく彼に分がある。美月や翔の武器では、恐らく陽太に太刀打ちできない。

 真由美が進んだ道は、分かれ道の多い道だった。鏡との距離感が難しい、久々の感覚。時にうっかり鏡に衝突しかけながら、必死に走ってきた。

「撒けた……のかな?」

 どの鏡にも、陽太の姿はない。それを確認すると、翔がぼそりと呟いた。しかしそう言ったところで、この状況に違和感を抱いた。

――おかしい。

 陽太は銃を使った。三人の誰にも当たらなかったのは幸いだが、翔が最後に扉を通過した時、陽太との距離はそんなにあっただろうか? 例え距離があったとしても、こちらは鏡ばかりの道に苦戦しながらここまで来たのだから、追いつける可能性は高い。それに、モニターの男――本物の宗介は、彼の仲間だ。ここは彼らの作ったバーチャルの世界。誰がどこにいるのかくらい、管理することはいくらでもできるのではないか。

 とすれば、これは彼らの思い通りの状況である可能性もある。彼らが何もしてこないのは、する必要がないから。それはイコール、殺人鬼が迫ってきていることを意味するのではないか……。

「進もう」

 二人の背中を押す翔に、真由美は渋った。

「え、ちょ、私ちょっと休みたいんだけど――」

「理由は歩きながら説明するから」



 俊一は美月たちに追いつくことができなかった。何故なら、宗介が鏡を操作し、美月たちの通った道とは違うルートを彼に進ませたからだ。そして夏子が通る頃には元どおりにして、彼女たちを追わせた。

 夏子は美月たちの姿を確認すると、鏡の角度を確認し、自分の姿が見えない位置に戻った。もちろん彼女からも美月たちは見えなくなるが、会話が聞こえるので問題ない。

 獲物である翔は、彼女が予想したとおり、一番後ろにいた。ターゲットである真由美を殺すのが手っ取り早いし、このゲーム本来のやり方でもあるが、二人の護衛はさすがに厄介だ。さらに夏子にとって、翔は邪魔な存在。気に食わない彼を一番に殺し、残りの女二人を恐怖と絶望で支配する――そんな展開を想像するだけで、彼女の興奮は最高潮に達してしまいそうになった。

 彼女は待った。最高のタイミングを。



 宗介は、白い部屋を出た陽太に情報を送っていた。美月たちが進んだルートや、後ろから俊一、夏子が追ってきていることも。最初こそ冷静さを欠いていた彼だが、ふと足を止めたかと思うと、宗介に鏡の移動を指示してきたのだ。

 指示の内容から、陽太は殺人鬼に殺させることにしたのだと、宗介は確信した。陽太自身は別の道に逸れ、立ち止まったまま下を向いている。宗介の見ている監視カメラの位置からは、彼の表情は確認できない。呼びかけてみるも、応答はない。

「義兄さん……」

 自分もてっきり、姉の自殺した原因はあの三人にあると思っていた。陽太が姉を拒絶し、そのことで彼女が悩んでいたなんて、全く気がつかなかった。

 みゆきが襲われたことを知り、そのことで落ち込んでいる彼女を見て、宗介は彼らを憎んだ。殺したいほど許せなかった。けれど感情が彼らに向いていたことで、彼女をしっかりと見ていなかった。

 あの場では陽太が責められていたが、自分も同罪だ――宗介はそう思った。男性である彼にとって襲われた女性のケアは簡単なことではないが、二人のフォローくらいはできたのではないか。そんな思いがふつふつと浮かんできて、今更になって悔やまれる。

「ごめん……義兄さん、姉さん。頼りない弟で、本当ごめん……」

 宗介は涙を流しながら、モニターに向かって謝罪を繰り返した。

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