【48】GAME12―想い―
殺人鬼は焦りを感じていた。ルール以外の方法でゲームを終わらせようとするなんて、正気とは思えなかった。それではつまらない。もっと恐怖に染まった顔を見せてほしい。
とは言え、芽衣の言っていたとおり、何か戦闘技術があるわけではなかった。薬学に特化しているため、ナイフやら拳銃やらは正直苦手なのだ。
だからこそ、昨夜のような時間は困る。武器を手にターゲットに近づけば、残り二人とは言え、ガードされてしまう可能性がある。バラけさせて、せめてターゲット以外の人数を半分くらいに減らせればいいのだが……。
陽太や宗介の反応を見る限り、ゲームを終わらせるつもりはないように見えた。しかし翔も、このまま彼らの思いどおりにはさせないだろう。
「……面倒くさいなあ」
そんな言葉とは裏腹に、口元はにぃ、と引き上がった。
陽太と宗介は、陽太の家にいた。陽太はブラックを手に窓際に立ち、宗介はカフェオレが入ったグラスを見つめながら、ソファに腰かけている。
その空気は明るいものではなかったが、陽太は、どこか肩の荷が下りたように感じていた。
「……なんか、息苦しさから解放された感じ」
「息苦しさ?」
陽太は窓を背にして、宗介に笑みを見せた。
「うん。こんなゲームなんてまどろっこしいことをしてみたけどさ、本当は俺、怒りをぶつけたかったんだと思う。もちろん、殺人鬼との命がけのゲームで、恐怖に怯えろ、心から反省しろって思ってたけど……ずっと、プレイヤーとして怒りを押し殺してるのが息苦しかったんだ」
宗介は、ずっと抱いていた疑問をぶつけた。
「――義兄さん。まだ、プレイヤーを続けるんですか? もう抜けてもいいんじゃ……」
彼には、陽太が最後までプレイヤーとしてゲームに残ると言っていたことが理解できなかった。本来ならば、そもそもゲームに参加する意味がない。死ぬ可能性があるだけだ。けれど彼は、その意思を曲げることはなかった。
「いや、当初の予定どおり、最後までやるつもりだよ。だから宗介……最期は見届けて」
「分かりました」
そう返事をしたものの、眉をしかめた宗介は、納得はしていない様子だった。
宗介が自宅に戻ると、陽太は一つの写真盾を手に取った。映っているのはみゆき一人だ。陽太がプレゼントした白いワンピースを、初めてデートで着てきてくれたことが嬉しくて、浜辺ではしゃぐ彼女の姿を、こっそりとカメラに収めたものだった。ちょうど陽太の方を向いた瞬間にシャッターが押され、まるで女優の写真集の一枚のようだった。彼のお気に入りだ。
この姿だけでよかった。この服を着た彼女の記憶は。幸せそうに笑うその姿だけを、いつまでも思い出したかった。――それがまさか、最後にあんな強烈な悲しみを纏った姿を植えつけられるとは。
宗介に呼ばれ、みゆきの首吊り姿を見た時の記憶は、今でも鮮明に覚えている。部屋中の壁に鏡が貼ってあり、どこを見ても彼女の姿があった。近づいてみると、彼女の頬には一筋の涙の痕が残っていた。体に触れれば、温もりは感じられなかった。
後悔もした。傷を負った彼女に、もっと何かしてあげることがあったんじゃないか。自分はきちんと彼女を受け止めてあげられたんだろうかと、自問自答する日もあった。けれどやはり、最終的には怒りが
復讐を思い立ってから、まずは宗介に打ち明けた。彼も怒りを抑えられずにいて、すぐに協力を約束してくれた。
そうしてここまで来たのだ。
「みゆき。もうすぐだから。……待ってて」
陽太は写真を胸に抱え、そう呟いた。
『ミナサンコンバンハ』
宗介が話し合いをスタートさせると、翔は残るゲーム参加者に呼びかけた。
「……陽太は聞くな」
そう言って翔は陽太を睨むが、陽太は涼しい笑みを浮かべながら近づいた。
「ははっ、冗談言わないで。素直にはい、って言うわけないでしょ」
翔はジト目を向けたが、彼が簡単に引くわけがないと分かると、彼を無視して話をつづけた。
「ゲームが開始すれば、恐らく陽太もターゲットを狙ってくるはずだ。だからブザーが鳴ったら、ターゲットは全力で逃げる。下川さんは俺と友原さんで、た……かお、くんのことは、芽衣さん、お願いします」
「分かったわ」
頷く芽衣だが、一方で、鷹雄が声を上げた。
「おい、それじゃあ殺人鬼はどうするんだよ」
「もちろん忘れたわけじゃない。でも今は、命を守ることを優先で考えないと」
「あの、俺たちはどうすれば?」
俊一が不安そうな声で尋ねた。
「君たちは自分の命を守ることを最優先に考えて。ゲームの残り回数から考えると、ターゲットを狙うことを優先させると思うけど、万が一のこともあるから」
「分かりました」
翔はこれを、プランBとして考えていた。初期行動を確認すると、この話し合いの時間を利用して、もう一度陽太の説得を試みた。
「……なんだ。逃げることを考えていたようだから、俺の説得は諦めたのかと思ったよ」
「そんなことはないよ。何回でも言う。ゲームを終わらせてほしい……お願いだ」
陽太はにっこりと笑った。
「するはずないでしょ。俺は君たちが憎い。憎くて憎くてしょうがないんだ。それなのにゲームを中断するなんて、そんなことするわけないじゃん」
やはり自分では無理か――そう思った翔は、美月に目で合図をした。
「……本当にそれだけかな?」
「は?」
陽太の表情が一気に凍りついた。
「ごめんなさい……別に、私たちの罪を否定するわけじゃないんです。ただ、本当にあなたの言うことが全ての原因なのかな、って」
「……美月ちゃん、それ、どういう意味?」
抑えてはいるが、陽太の声にはかなりの苛立ちが混じっている。
美月の心臓は、過度な運動のあとのように荒く、そして速く動いていた。緊張で手が冷たいのも、心音が聞こえるのも、頭では認識していても無視した。自分が何を言いたいのか、どうやって伝えるかを考えていないと、緊張に支配されそうだった。
「真由美ちゃんが言ってた、『彼氏に言うべきか』って……あれ、みゆきさんからお話があったんですよね?」
「……あったけど」
「それできりゅ……津田さんは、彼女になんて言ったんですか?」
「え?」
「受け止めて、寄り添ってあげましたか?」
その掲示板はすでに消えている。けれども美月は、その内容について思い出した点があった。
「コメントに対してみゆきさんがした返信に、『彼には距離を置かれてしまった』というのがありました。それって、津田さんはみゆきさんを拒絶したんじゃないんですか?」
「……っ」
陽太はハッとした。自身の「後悔」を思い出した。
「私、思うんです。確かにみゆきさんが自殺したのは、辛い思いをしたからかもしれない。でも彼女は、あなたが優しく受け止めていれば……もしかしたら、命を絶つのを踏みとどまったんじゃないでしょうか」
「……俺のせいだと言いたいの?」
ギロリ、と陽太に睨まれ、美月は慌てて否定した。
「違います、そういうつもりじゃありません! ただ、あの部屋と服は……みゆきさんからのメッセージだったんじゃないかって思うんです。想像してみてください。鏡張りの部屋……どこを見渡しても、あちこちにみゆきさんがいます。津田さんからもらった、お気に入りのワンピースを着たみゆきさんが」
「何が言いたいわけ?」
そんなことは陽太も分かりきっていることだ。何をいまさら、と呆れてしまう。しかし美月が言いたかったことは、その先にあった。
「きっとみゆきさんは、津田さんにもっと自分を見てほしかったんじゃないかなと思うんです。拒絶されても、きっといつかは自分を見てくれると。でも、それは叶わなかった。そんな孤独も、みゆきさんを追い込んだ原因の一つじゃないんですか?」
美月が伝えたいこと――それは、同じ女性側から想像した「みゆきの想い」だった。
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