【47】GAME11―失いたくない温かさ―
「えっ、なんで――」
美月の迷いのない瞳に、真由美は戸惑った。
「真由美ちゃんが動いて、バラバラになったところを殺人鬼に襲われたら、殺人鬼の思う壺だもん。殺人鬼が誰かも分からなくなっちゃう。でもここなら、味方の方が圧倒的に多い。殺人鬼が誰かも分かる」
「で、でも……殺人鬼が、腕の立つ殺し屋みたいなやつだったら……」
「それはないわ」
真由美の不安を、芽衣が一蹴した。
「それくらい殺しが上手ければ、もうみんな殺されちゃってるわよ。それに、世の中のニュースを思い出してみて。人一人殺しちゃったとか、火をつけたとか、事故とか……そんな類のものが多いわ。そいつらみんなに、殺しの腕があると思う?」
殺人鬼と言うワードのせいか、鬼のように強い殺し屋を想像してしまっていた真由美は、芽衣の言ったことに素直に納得し、首を横に振った。
自信ありげな芽衣の表情は、しかし一転、申し訳なさそうに眉が下がっていた。
「……この前はごめんなさいね、二人だったのに、一人にしちゃって。心細かったわよね」
あの時真由美の手を取れなかったことが、芽衣の心の中にわだかまっていた。
「でも、今この場で殺人鬼が現れたなら……絶対に、あなたを守ってみせるから」
「芽衣さん……」
真由美は、芽衣を疑って素っ気ない態度をとってしまったことを後悔した。それは、みゆきに対して抱いた感情に似ていた。
――罪悪感。
いつも自分中心に考えてしまい、自分の思い通りにならなければ相手を否定する。そんな自分を、とがめられたばかりだったのに。
同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
「ううん、私もごめんなさい。芽衣さんはすごく頼もしかったよ」
二人は心の中で、仲直りの握手をした
さて、問題は殺人鬼の方だった。芽衣の言うとおり、彼らには突出した殺人技術があるわけではない。従って、今の状況は動きやすい反面、下手をすれば状況は一気に悪化する可能性がある。そのため、足踏みせざるを得ない状況だった。
もう一人のターゲットである鷹雄も、動く様子はなかった。彼は腕組みをしながら、終始他のゲーム参加者に目を光らせている。
翔はもう一度、ゲームの残り時間を確認した。真由美と芽衣のやり取りのおかげもあり、残り時間は三分ちょっとになっている。
殺人鬼が動く気配はないし、初回のように毒ガスもどきが噴き出してくることもない。陽太も、モニターの男――宗介も何も言わない。このまま今回は乗り切って、陽太説得の方法を早く考え直したいと翔は思っていた。
陽太は、顎に手を当てて何やら考え事をしている様子だった。その手は口元を覆っている。はっきりした動きはなくとも、何やら企んでいそうな雰囲気だ。その様子に、翔はさらに焦る。とにかくただただ、この時間が終わればいいと思っていた。
そして、それは唐突に訪れた。
ビーと言うブザー音が鳴り響き、目の前に闇が広がった。翔は夢心地にも、ああ、やっと解放された――そう感じた。一分一秒がとんでもなく長かった。
翔は目覚まし用にセットしていたアラームで目を覚ました。ゲーム内での心的疲労からか、アラームが鳴るまでぐっすりと眠っていた。体が重く、頭も冴えない。とにかく支度をしなくては――と、だるさの残る体を必死に布団から引き剥がした。
顔を洗うといくらかすっきりしたが、鏡には疲れの残った自分がいた。月曜からこの調子ではよくないと、頬をぱちぱちと叩いた。
昨夜のゲームは話し合いに時間を割いたため、犠牲者はいなかった。誰も死なないということには安心するが、それだけでは根本的な解決にはならない。
翔は、出勤前に美月にメッセージを送り、家を出た。
美月が起きた時には、翔からメッセージが届いていた。陽太と宗介を説得するいい案はないか、という内容だ。ひとつ、彼女には考えがあった。
しかしそれは、陽太を責めることになるものだ。それでは彼は逆上するかもしれない。その一方で、これは彼のためにも伝えておくべきことなのではないか、と言う思いもあった。
何が正しいのか分からず、選択を間違えれば、もう助かる道はないかもしれない。その恐怖が、美月に躊躇させていた。
「美月~起きた~? 朝ご飯どうする~?」
一階から、母の間延びした声が聞こえてきた。
「起きてるよー。今下りるねー」
何事もなかったかのように、美月は明るい声で答えた。
顔を洗ってリビングに向かうと、美月の大好物であるホットケーキがいい香りを放っていた。甘い物が大好きな彼女のお腹は、一気に空腹を訴えた。
「いただきます」
シロップをかけ、甘い香りとともに一口ほおばった。大好きな味が口の中に染み渡っていく。それだけで、生きていることがとても幸せなことに感じた。父がいて母がいて、一人暮らしをしているから最近は顔を合わせていないが、兄もいる。どれだけ恵まれた環境だろうか。
大切にしなくてはいけない……美月は向かいに座った母と、微笑みを交わした。
自分が死んでしまえば、家族は悲しむ。そんな不孝はしたくないし、辛い思いをさせたくない。
生きたい、と思った。
「作ってくれたのは嬉しいけど、時間大丈夫?」
母親は時計には目もくれず、にこにことホットケーキを口に入れた。
「へーき。今日は午後出勤だから」
食器の片づけを請け負い、それを終えると美月は一度自分の部屋に戻った。ふと、昨夜の感触が蘇る。
――鎌だ。
美月が手にした武器は、自分の方くらいまである高さの重い武器。手にした瞬間、ずしりとその重みが、彼女の両手にのしかかった。ぎゅっと両手を握りしめ、それからスマートフォンを手に取った。
意を決して、翔にメッセージを送った。ゲームの間、自分が考えていたことだ。説得にはならないかもしれないが、これだけは伝えたい。
深呼吸をして、送信マークをタップした。
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