【46】GAME11―傍観者の罪―

 一通りの説明を終えた翔は、緊張から解放され、ふうと息をついた。だいぶ肩に力が入っていた。しんと静まり返ったこの状況に、誰かが口を開く前にと、宗介に問いかけた。

「みゆきさんには、第一発見者となった弟がいた。けれど宗介、君がよほど大人びていない限り、当時二十二歳だった彼女の弟には見えない。君は一体、みゆきさんとはどういう関係なんだ?」

 その質問は、宗介には少し意外だったらしい。おや、と眉を上げると、呆れたように鼻で笑った。

「……なんだ。俺のことは分かってなかったのか。じゃあ、そこだけは答えをあげよう。俺は、みゆきの婚約者、津田陽太つだようただ」

「そ、れは……当時の恋人だったっていう……」

「そう」

 宗介は翔に頷いた。

「俺はみゆきを自殺に追いやったやつが許せなかった。だから、殺人鬼と命がけのゲームをさせるっていうかたちで、復讐することにしたんだよ」

 にっこりと穏やかに笑う宗介――いや、陽太は、どれだけの激情をその内に秘めているのか。特に宗介の両脇にいる俊一と龍之介は、陽太の怒りのオーラを感じ取ったのか、二、三歩後ずさりをした。

 翔は陽太の話で確信した。

「なら、モニターの男が本物の桐生宗介か。どうして名前を偽った?」

「そりゃ、この名前がヒントになるかと思って。ただ死なれるだけじゃ、つまらないから。己の罪に気づいて、死の恐怖を感じながら後悔すればいいって思ったのさ」

 ぎり、と翔の歯が鳴った。

「だったらその三人だけにすればいい! 俺たちがいる意味はなんだ?」

 陽太は、これまた呆れた様子で深いため息をついた。

「それも分かってないんだ。期待外れだね。翔たちは――」

「待って」

 陽太の声を遮ったのは芽衣だった。

「今、思い出したわ。みゆきって名前、あたし聞き覚えがある」

「えっ?」

 翔は驚いて彼女を見た。

「その子……インターネットの掲示板で、そのことを相談してたでしょう」

 芽衣の話に満足したかのように、陽太は目を閉じた。

「真由美ちゃん、前に話したわよね? それがちょうど一年前くらい。ネットサーフィンをして、同じように辛い思いをした女性の悩みを見ながら、自分の傷を癒してたわ。そのうちの一人に、『レイプされてその噂を広められた』って悩みの子もいた」

 それがみゆきだったのだ。

「でもその時は柄にもなく落ち込んで、とにかく周りのことが見えなかったの。だからその子に対してあたし、ちょっと厳しいことを言っちゃった。それを思い出して、ふと気づいたの。もしかしてこのメンバー、その掲示板を見てた人たちじゃないの?」

 陽太は閉じていた目を開き、にやりと笑った。

「そのとおり。全員ではありませんが、その中からランダムに抽出しました。掲示板でみゆきを傷つけた人はもちろん、それ以外の人も何人かね」

 美月も思い出した。どうして忘れてしまっていたのだろうか。彼女は傍観者だった。辛くて苦しくて、その悩みを打ち明けている人がいると知っていて、他人であろうとしたのだ。なんの違和感を抱かせないほど、ネットの世界というものはそれが普通になってしまっている。

「私みたいに……ただそれを見ていただけの人は……」

「見て見ぬふりをしたから。それだけだよ」

 美月の予想は的中した。コメントをする人の中には、みゆきを擁護する人もいれば、自業自得なのではないかと責める人、注目を浴びたいだけではないかとからかう人――様々な反応の人がいた。けれど閲覧数を見ると、その様子をただ眺めている人はかなり多かったのだ。美月もその一人として傍観者に紛れた。

「そういう人は、普段もきっとそうなんだろうね。他人のことは見て見ぬふり。辛そうにしてる妊婦を見ても『誰かが席を譲るだろう』、人とぶつかって転んだ老人がいても『誰かが声をかけてあげるだろう』……そうやって自分は知らぬ存ぜぬ、目を背ける」

 陽太は表情なく淡々と語った。それからふと、目線を上げた。

「翔はさ、まるでターゲットだけが悪いように話してたけど、君にだって罪はある。どうせみゆきの釣り・・だとでも思ったんでしょ?」

 翔は開きかけた口を閉じ、ぎゅっと結んだ。

「……そうは思ってない。でも、どうせ他人だから、と思ってしまったことは確かだ。宗介――いや、陽太に言っても意味ないけど、ごめん。あと、どうせこの場の様子を見てるんだろ? 本物の宗介くん。君も……ごめんね」

 モニターの男、宗介からの返答はなかった。代わりに、涙に包まれた嗚咽が聞こえてきた。

『……っ、今更……そんなこと、言われたってっ、姉さんは戻ってこないっ! ヒントは、たくさん用意したんだ。鏡の迷路! 白い服! 僕の名前! でも……っあんたらの頭の中には、これっぽっちも姉さんのことは残ってなかったんだ』

 陽太から、追加の説明があった。自殺したみゆきは、部屋を鏡張りにしていたらしい。そしてお気に入りの白いワンピースを纏って、首を吊っていた。ターゲットが白い服で統一されていたのは、そのためだ。それ以外は、識別のために様々な服をあてがったらしい。

「みゆきが着ていたワンピースは、俺がプレゼントしたものだ。黒い髪が映えて……とても似合っていた。そんなワンピースを着て、婚約者が自殺したんだ。君たちにその気持ちが分かる?」

 誰も、何も言えなかった。唯一口を開いたのは、翔だ。

「確かに、自分が愛した人がそんなふうになったら……って思うと、嫌だ。そうなった時の気持ちなんて想像できないし、したくない。でも、こんなの間違ってる。こんな復讐の方法が、正しいはずがないだろう」

 言いながらも翔は、自信を失くしていた。

 以前はもっと、上手く説得できるような気がしていた。それはきっと「自分は巻き込まれた人間だ」というおごりが、心のどこかにあったからだ。けれど自分にも非があったと指摘された今、その自信はどこかへ行ってしまった。

 翔は、どのように陽太を説得すればいいのか分からなくなっていた。結果、ありきたりな言葉しか出てこない。

「……翔。そんな言葉で、俺がはいそうですね、自分が間違ってたからみんなを解放します……なんて言うと思う?」

 思わない。思わず口からこぼれそうになったのを、翔はぐっと堪えた。

「白いワンピ……鏡張り……」

 美月の独り言が、翔の耳に届いた。ちらりと横目で見てみると、彼女は俯きがちに、何やらぶつぶつ言っている。

 美月に声をかけようとしたが、それよりも芽衣の声が聞こえるのが一歩早かった。

「じゃあ、とどのつまり、あなたはあたしたちを許すつもりはなく、あたしたちを解放する気もないってわけね?」

「もちろん」

 それから芽衣は翔を見て、肩をすくめた。

「どうするの? 振出しに戻っちゃったわよ。それに、こうなると殺人鬼は暴れ放題じゃない? もう残りのゲーム数もわずか、正体がバレたってそんなにリスクないもの」

 狡猾な殺人鬼は、まだ尻尾を出していない。ゲーム序盤で殺人鬼の正体が判明すれば警戒されてしまうが、今なら奇襲だって成功する。

 陽太がゲームを終わらせる気がないのであれば、次回以降は前回までと同様、チームを組んで行動する可能性もある。ゲーム開始直後の動きがそれならば、今は絶好のチャンスだ。

 翔は時計を見上げた。残りの時間は十分を切っている。ターゲットが動く前に、殺人鬼は動きたいはずだ。

 真由美が不安そうに言った。

「ねえ、このゲームを仕組んだ人が分かったところで、そもそもの質問なんだけど……まだ殺人鬼って、この中にいるの? もしかして、もう殺人鬼はみんな死んでて、全員が死ぬまで殺し合いをさせるつもりだったんじゃあ……」

「そんなことはないよ。殺人鬼はまだちゃあんと、この中にいる」

 真由美の希望を、陽太は一刀両断した。彼の答えを聞いた真由美は、殺人鬼と同じ場所にいることに耐えきれなかった。

「分かった。それなら私はここを移動する。……ねえ美月、一緒に来て?」

「え? あ……」

 美月は躊躇いがちに、翔の様子を窺った。彼は悔しそうに握りこぶしを作っている。どうにもできない歯がゆさが彼を襲っているのが、痛いほど伝わってきた。

 彼のために、せっかく作ったこの状況を諦めたくない――。

「ううん、ここに残ろう」

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