【19】GAME5―名前―

 俊一、消防士姿の男性と別れると、翔は思案顔で、軽く息を吐いた。

「まさか、俺も友原さんも、無実が証明されないとはね」

「そういえば二人、仲いいっすよね~。けど別に、ゲームが始まる前からの知り合いってわけじゃないんすよね?」

 新撰組の格好をした龍之介は頭の後ろで手を組みながら、物珍しそうに二人を交互に見ている。「仲がいい」という言葉に美月は両手を振りながら慌てて否定した。

「そんな、仲がいいなんて――青葉さんは、このゲームをなんとかしようとしてくれているだけで」

 しかしそんな美月に、龍之介は距離を縮めて、声のボリュームを落として話し始めた。

「でも、美月さん――でしたっけ、今いくつ?」

「に、二十一ですけど」

「うお、オレの方がやっぱ年下なんすね! 住んでるとこは? オレ、中野区なんすけど、明日デートしません? あ、遠いっすかね、でも大学生っすか? ならそろそろ休みっすよね?」

 龍之介は、これでもかというくらいにたたみかけてきた。彼の軽い調子に慣れない美月は、返事をするタイミングさえ掴み損ねた。龍之介のマシンガントークにやっと終止符が打たれると、美月はごめんなさいと律儀に断ろうとした。しかしそこに翔が横槍を入れる。

「友原さんはだめ。明日は俺と予定あるから」

「えっ?」

 美月と龍之介の声が重なった。美月自身も初耳だ。

「俺、明日会社休みなんだ。有休を取っていたのを忘れてたよ。それで、友原さんと一緒に行く場所があるんだ」

「へ、へえ~、そうなんすね……」

 翔の明らかな牽制けんせいに、一瞬だが龍之介は顔を引きつらせた。しかしすぐに戻すと、先ほどまでのような人懐こい笑みを貼りつけて、翔さんやりますね、と肘で小突こづいた。

 モニターの男の言葉を信じてバーチャルの空間だとしても、毎晩のように自分の命がおびやかされ、着実に疲労は蓄積している。龍之介の剽軽ひょうきんな口調は、その疲労を一時忘れさせてくれた。

 防戦一方になってゲームが終わるのを待つよりも、積極的に動いて早くゲームを終わらせなければならない。けれども、殺人鬼とは言え殺すというのはいかがなものか。

 木田達彦――ニュースでそう報道されていた。ゲーム内での言動や、実際に刑務所に服役していたことから、彼は殺人鬼としてこのゲームに参加していたことは間違いない。しかし彼も、このゲーム内において殺された。犯罪者だから殺されていいというわけではない。

「あ、そっか、名前――」

 ふと、美月は足を止めた。美月の呟きに、前を歩いていた翔と龍之介も立ち止まって、振り返る。

「友原さん、どうかした?」

「青葉さん、名前です」

 美月は二人に、名前が分かればネットで検索して、殺人鬼を割り出せるかもしれない、と説明した。

 達彦の場合はゲーム内での様子から、彼は殺人鬼だと仮定して皆動いていた。しかし実際に裏付けが取れるのは、彼の死が報道され、彼が犯罪者だと分かった時だ。まだ美月自身実践はしていないが、犯罪者であれば、名前を検索すればヒットする可能性が高い。

 それを聞いた翔は、硬かった表情をほぐし、口角を上げた。

「そうか! 未成年者はともかく、まずはそれで調べていくのが効率的だ。とにかく犯罪歴さえ分かれば、問いただすことはできる」

 翔は活路を開いてくれた美月に感謝すると、静かだなと気になった龍之介の顔を覗き込んだ。彼なら美月を褒めちぎって、場の雰囲気を明るくしてくれそうなのに。しかし、彼の顔は真っ青だ。

「オレは……オレは、名前を調べられたら、終わりっす……」

 美月と翔は、お互いの目を見合わせた。そして翔は、自信が所持している武器、刀を手に持った。



 芽衣、喜一、夏子の三人は、モニターの向かいの扉を選択し、歩いていた。芽衣と喜一は前回もこの扉を通っていて、回転扉までスムーズに進んできた。

「え、それじゃあ船尾さん……だったかしら? その拳銃、二回目のゲームで見つけたの?」

 一見気を緩めているように感じられるのは、チャイナドレスを身につけている芽衣だ。喜一はその余裕さが気になって尋ねてみると、彼女は職業がスタントマンであることを明かした。

「だから、よほどの不意打ちじゃない限り生き残れる自信はあるわ。拳銃は前回のゲームで真由美ってターゲットの子に譲っちゃったけど、その後に槍を手に入れたし」

 喜一はそれを聞いて納得した様子だった。

 あれほど暴れまわっていたピエロを殺したと前回のゲームで言っていた彼女。せっかくの拳銃を手放したことには驚いたが、聞くと拳銃の扱いまで教えたようだし、あまり緊張感が伝わってこないのも頷けた。

 二人の会話を、夏子は一歩下がって聞いている。

「この拳銃を見つけたのは、二度目のゲームの時です」

「でも確か、一度目のゲームで女の子だっけ? ――がいないって、太った男が騒いでたわよね? あの時バラバラで行動したんじゃなかったの?」

 芽衣の言うとおり、喜一も含め、最初の犠牲者となった四条凛、二度目のゲームに彼女がいないと騒いでいた貴族服の男性、二番目の犠牲者である荻野美優らは、一人ずつ違う道を進んでみようということになったと話していた。しかもそれを説明していたのは、紛れもない喜一本人だ。

「そうです。実際、最後の最後で箱が現れて、中には日本刀のような長剣が入っていました。でも、その時はすぐに武器を手にするのが恐ろしくて……。手に取る前に、ゲームが終わってしまったんです」

「ふーん、そうだったの」

 相変わらず黙ったままの夏子に、芽衣は話しかけてみることにした。

「夏子さん――だっけ、静かね」

 呼ばれて一瞬芽衣の目を見るも、夏子はすぐに逸らした。

「……一人の方が気楽なだけです」

 芽衣はふーんとだけ言うと、興味なさげに別の話題に移った。

「殺人鬼の、木田達彦だっけ? あいつ相当やばいわね。中学の頃に母親と妹を殺してるらしいんだけど、その前から結構異常だったみたいよ」

「そうなんですか? 詳しいですね」

「掲示板よ。同級生とやらが、『あいつはやばかった』って載せてたわ。生き物を殺しているらしいって、クラス内でも噂になってたみたい。でもまあゲームでの様子からするに、あまり変わってないみたいね」

 芽衣はニュースの報道以上の情報を、喜一と夏子に聞かせた。そして彼女もまた、美月同様「名前を検索する」という方法で殺人鬼をあぶり出せる可能性を思いついた。

「けど……偽名を名乗っていたら、どうするんです?」

 後ろから夏子が割って入った。確かに彼女の言うとおりで、名前を聞く際にその真意を悟られてはいけない。

「その時はしょうがないわよ。どうにもできない」

 ただ、自然に聞き出すことができれば、殺人鬼だと判明する可能性は十分にある。

 自分たちで見出した希望に、場の空気が軽くなったような気がした。

 芽衣の記憶では、この辺りはちょうど自分がボタンのようなものを押してしまい、鏡が移動した位置だ。鏡の位置からして恐らく前回鏡が移動したまま、元に戻ってはいない。

「ふう。もうそろそろ、三十分経ちますかねえ」

 気づくと喜一が少し遅れていた。彼は立ち止まって、腰に手を当てている。

「もう、喜一さん大丈夫? 少し休みましょうか?」

 芽衣がそう提案し、踵を返した直後だった。ガコン、という大きな音がして、周囲の鏡が大きく移動してしまった。三人はそれぞれ分かれてしまい、芽衣の目の前には、下りの階段が現れていた。もちろん鏡だ。

「すみません、私が何か踏んでしまったようで」

 聞き取りづらかったが、夏子が謝罪したようだった。夏子と喜一の間にいた芽衣は、大丈夫よと答え、夏子が誤って何かを押してしまったらしいということを、喜一に共有した。それから芽衣は声を張り、そのまま進める範囲で進もうと提案し、それぞれの道を進むこととなった。

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