【20】GAME5―過去の罪―

「待って、青葉さん!」

 刀の切っ先を龍之介に向けた翔を、美月は制止した。

「友原さん、どうして――」

「上杉くんは、自分から言ってくれました。説得して、協力してもらいたいんです」

「協力って……?」

 翔は想像もしていなかった言葉に、目を見開いた。龍之介も同様だ。この状況下で、まさかそんな言葉が出るとは。

「けど友原さん。殺し合いをしないってことは、下手をすれば、死ぬのは彼らだ。それでも?」

 モニターの男によれば、ゲーム終了までにターゲットが一人でも生き延びていれば、殺人鬼として呼ばれた人間は死ぬんでしまう。

 翔は正直なところ、殺人鬼であると自らほのめかす彼が、どうなろうと知ったことはないと思っていた。しかし美月はそうでない。彼女は優しい。彼が殺人鬼であろうと、死んでしまうことに抵抗があるのだ。

「もちろん……それは、嫌です。例え上杉くんが殺人鬼だろうと、犯罪者だろうと、こんなゲームで理不尽に命を落とすなんて。だからそうならないように、全力で解決したい。彼にも協力してもらって、被害者に聞き込みをして、情報を集めて……このゲームを終わらせたいんです」

 美月の真っ直ぐな瞳は、翔の心を揺さぶった。ここで彼を殺しておけば、恐らく殺人鬼はあと一人。ターゲットも守りやすくなり、モニターの男の調査も余裕を持って行うことができる。

「だめ……ですか?」

 美月は俯いてしまい、翔も視線を落とした。すると、鏡越しに美月と視線がぶつかる。翔は慌てて横を向き、目線を外した。四方八方どこを向いても、この鏡というものは全てを映す。見透かされ、醜い心を跳ね返されているようだ。

 美月の言うとおりに――翔がそう言おうとした時だった。

「……すんません、それは無理っすね」

 力なく呟いたのは、龍之介だった。翔は頭に血が上り、襟をわしづかみにした。

「せっかく彼女が――」

「ち、違うんすよ! 美月さんの意見自体には、オレも賛成っす! でも、被害者に聞き込みってのは無理なんすよ!」

 龍之介は両手を振りながら、全力で否定した。どういう意味かと美月が促すと、翔も襟から手を放し、龍之介の言葉を待った。

「オレ、まだ刑務所の中なんすよ。だから、時間取れないっす……」

「え、でもさっきは私に、明日はどうかって……」

 美月は、自分でこんなこと言うのもと思ったが、いまいち龍之介の考えていることが分からない。

「それは、ムショにいるってことが頭から抜けちゃって――つい、いつもの癖っつうか。すんません、嘘つくつもりはなかったんす!」

 美月と翔は顔を見合わせた。現在刑務所に服役中というなら、それはさすがにどうにもできない。

 ただ龍之介は、美月たちにできる範囲の協力を約束してくれた。ひとまず、彼が殺人鬼であるということは翔と美月の胸に納めておくこととし、龍之介も殺人は行わないと誓った。

 そして翔が歩き出した時だった。

「え、え――?」

 大きな音がして周りを見ると、鏡の配置がみるみるうちに変わっていった。翔が慌てて踵を返すもすでに遅く、翔は美月、龍之介と分断されてしまった。



 龍之介と二人きりになった美月は、新しくできた曲がり道を彼と進みながら、考えていた。

 どういうことだろうか。急に鏡の配置が変わることはこれまでもあったが、今回は、誰かが何かをしたそぶりはなかった。誰かが気づかないうちに何かを踏んでしまったのだろうか?

「美月さん」

「え?」

 前を歩く龍之介が、後ろにいる美月を顧みずに言った。

「俺と二人っきり……怖くないっすか?」

 一緒にいた限りでは、彼は場を和ませるムードメーカーのようだと美月は思っていた。しかし、殺人鬼だと告白した今、彼からその面影はない。美月は努めて明るく言った。

「私、上杉くんが協力してくれるって言ってくれて嬉しかったです。だから、大丈夫です」

「美月さん……」

 それ以降黙ってしまった龍之介を見かねて、美月は質問をしてみることにした。

「そうだ、上杉くん。よければ少し聞きたいんですけど……」

「なんすか?! なんでも聞いてください!」

 美月の言葉に、龍之介は食い気味に反応した。両肩を龍之介に掴まれた美月は、思わず立ち止まって、恐る恐る聞いてみた。

「えっと、答えづらいことかもしれないんだけど……何があったんですか? 一体何をして、捕まってしまったんですか?」

 美月の質問を聞くと、龍之介は先ほどまでの勢いを失い、再び歩き。そして、自分の状況をしおらしく語った。

 龍之介はちょうど半年前に成人を迎えた。今も昔も常に幼く見られ、おまけに身長も小さく声も高かったので、よく周囲からからかわれていたそうだ。派手な集団からはパシリとして扱われ、そんな状況から抜け出したいと思っていた。

 大学に入って髪を金髪にして、あまり下に見られないように服装にも気を使った。しかし兄貴分としての器は持っておらず、気がつけば一緒にいるヤンキーの下っ端だった。

 そんな龍之介に、転機が訪れた。

「よぉ、龍。お前、今度ハタチになるんだって?」

 龍之介が慕っていた先輩の一人が、とある提案をした。

「お前、上に立ってみねえか」

 自分の、いわゆる「子分」というものを、一部龍之介の下につかせる、と言ってきたのだ。もちろん彼らは龍之介より年下で、龍之介とも親しい。龍之介にとってはまたとないチャンスだった。

 そうして龍之介の二十歳の誕生日は、龍之介が晴れて上に立つ祝いの会となった。しかし、それが地獄を招くこととなる。

「オレ、そのことが嬉しくって嬉しくって……。周りもおめでとう、下もついて行くって、みんなそう言ってくれるんすよ。だから酒、すんげー飲んじゃって」

 かなり酔っぱらった龍之介は、帰宅途中、横断歩道を赤信号のまま渡ってしまい、危うく車に轢かれるところだった。車から降りてきたサラリーマンは、龍之介の様子を見て、危ないじゃないかと叱ってきた。その態度にカッとなった龍之介はサラリーマンを殴って車を奪うと、起き上がろうとしたサラリーマンを轢き逃げし、そのまま別の交差点に突っ込んだ。

 結果、龍之介は四人もの人を殺してしまったのだ。

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