【15】GAME4―武器と凶器―

 鏡に囲まれた銀の世界を、長身の男性二人が歩く。半歩先を先導するのは、ターゲットのである白い軍服を着た男性だ。彼の後ろを、燕尾服を着た桐谷拓海が続く。

「やっと二人きりになれたな、鷹雄たかお

 拓海が、前を歩く白い軍服の背中を見ながら意地悪く話しかける。

「うっせえ。鳥肌が立つような言い回しすんじゃねえよ」

 鷹雄と呼ばれた白軍服の男性は、後ろを振り返らずに答える。言うまでもない、彼らは唯一、ゲームが始まる前からの知り合い同士である。

「折角だからさ、お前が殺されそうになった時のことを話してくれないか。全員の前で話したのより詳しいやつ」

「あれで全部だよ。つか、んなもん話してどうすんだよ」

「特定して殺すよ」

 気怠そうだった鷹雄の目つきが鋭くなる。

「……お前が?」

「ああ」

 拓海を一度も振り返ることなく、鷹雄は説明した。とは言っても鷹雄自身が言ったように、白い部屋で話した内容とほぼ変わらない。断末魔だんまつまの彼の叫びだけは耳に残っている。

「音は?」

「音?」

 拓海の言う「音」とは「銃声」を意味した。鷹雄が一度手にしたのは拳銃であると知っている拓海は、他の人も持っている可能性を考えた。

「いや、銃声は聞こえなかったな」

 なるほど、呟いた拓海の口元には、小さな笑みが浮かぶ。

「それなら犯人は、銃以外の武器を持っている奴か」

「安直すぎる。第一銃以外を持っている奴の方が多いだろうし、捨てちまえばそんなもん、分かりゃしねえだろ」

 ため息をつく鷹雄だが、拓海は真剣な表情だ。

「いや、それだけでも手がかりには違いない。それにナイフや俺の持っている槍に比べれば、拳銃の殺傷能力は圧倒的に高い。そう易々と手放す奴なんていないだろ」

 鷹雄は相変わらず前を向いたままだが、拓海の説明には納得したようだった。

 次に、誰がこんなゲームを仕組んだのかということに話が及ぶ。しかし彼らには心当たりがありすぎて、皆目見当もつけられなかった。



 芽衣の言ったとおり、まさか本当に自分の意思で武器を出現させられるとは思いもしなかった翔たちは、自分の手元に出現した武器を見て目を丸くした。メイドの格好をしていた美優が殺された時、ピエロが一瞬でナイフを出せたのは、そういうことだったのだ。

 つまり、あの時点でピエロは、そのことに気づいていた可能性が高い。

「単なるイカれた野郎ってわけじゃなかったってことか……」

 翔が独り言のようにボソッと呟く。美月をはじめとする他の七人には、聞こえてはいないようだった。

 あれから武器の出し方が判明したところで、美月たちは再び足を進めた。いくつか存在した分かれ道を、全て右に進む。

 ふと、芽衣が立ち止まった。

「あら? 何かしら、これ――」

 そう言いながら芽衣は、見つけた銀色のでっぱり――ボタンのようであるが――を押していた。するとガガガ、という大きな音がした。真由美の口から戸惑いがこぼれた。

「えっ、鏡が……」

 美月と真由美のちょうど目の前を、鏡が水平に移動する。先ほどまで鏡があった場所に新たな道が出現し、前方を鏡がふさいでしまった。後方を見ると、新たな脇道が両側に一つずつ確認できる。

 そして八人がちょうど半分に分断された。美月側には翔、真由美、芽衣がいる。

「皆さん無事ですかー?」

 宗介の声が、若干くぐもって聞こえる。翔が問題ないと伝え、お互い進み始めることにした。



 美月たち四人は、右側にできた脇道を進んでみることになった。拳銃を持つ芽衣が先導し、美月と真由美の後ろに翔が控える。

「なんか……ごめんなさいね、せっかく大人数で行動できていたのに」

 歩きながら、芽衣が申し訳なさそうに呟いが、美月は彼女をフォローした。

「いえ、そんなことないです。誰かが一人にならなかったからよかったし、こういうボタンがあるって分かったのも参考になりました」

「でも正直、武器を持ってないってキツイなあ。結構持ってる人いるみたいだし、出し方も分かるんなら最強じゃん。武器を持ってないターゲットの私は、どう対抗したらいいの」

 真由美はの言葉は、もし武器を持っていない自分が一人になっていたらどうするんだ、という皮肉のようなものを含んでいた。そんな真由美に対して、芽衣はとある提案をする。

「じゃあ、この拳銃……使う?」

「え、いいの?」

 真由美だけでなく、美月や翔も目を見開いた。折角自分が危険に晒されてまで手に入れた武器だ。それを自ら手放すと言うのか。そもそも譲渡は可能なのだろうかという疑問もある。

「もしダメだったら仕方ないけど……少しでも安心してもらえるなら、お安い御用よ。私は新しく手に入れるから大丈夫」

 禁止事項であるならば、モニターの男が教えてくれているはずだから、と芽衣は自信ありげに言い、これから一人で行動すると言い出した。次回は恐らくグループで行動することになるだろうから、それまでに手に入れておきたいらしい。

 真由美は、差し出された拳銃と芽衣の顔を交互に見つめた。そして最終的には、おずおずとそれを受け取る。ずしり、と実際の重さとは違う何かが、真由美の手に感じられた。しかし、真由美にとってそれ・・は一過性のものだった。

「ふうん、これが拳銃かあ」

 角度を変えて観察する真由美は、その黒い闇に取り込まれてしまうのでは、と思ってしまうほどに、魅入られているように感じた美月は、念を押した。

「下川さん、あくまでも自分を守るために――」

「分かってるよ! ターゲットじゃないからって……」

 イラついた様子の真由美の気を逸らすかのように、芽衣が真由美に、銃の使い方を簡単にレクチャーした。

「もっと肩の力は抜いて――そう、左手は右手を支えるような感じで。別に頭とか狙う必要はないから、とにかく的に当てるつもりで体の中心を狙って」

 的って――そう言いかけて、美月は開きかけた口を閉じた。モニターの男と同様に、芽衣もまた、ゲーム感覚でいるのかもしれない。いくら仮想世界とは言え、実際に死んでしまう可能性があるのに。

「それじゃあここまでにしておこうかな。時間もある程度経ってるだろうし」

 美月がぼんやりしている間に、銃の講義は終わっていたようだ。

 去り際に芽衣がウインクをして、翔の肩を叩く。

「両手に花、守りきりなよ? 騎士ナイトクン」

 そして芽衣は、美月たちが進む予定の道を、一人で歩いていった。

 残された三人は少しの間待機してから、翔の合図で再び足を動かした。会話はなく、翔を先頭に歩く三人を、静寂が嘲笑っていた。



 一方、美月たちと一緒に行動していた宗介、喜一、俊一、茜の四人も、脇道は右側を選択した。

 現在武器を持っているのは喜一と茜の二人。それぞれ拳銃と小太刀を手に入れている。

 歩きながら、モニターの男が教えてくれるという「殺人鬼でない者」について、議論が交わされていた。まず一致したのは、桐谷拓海という執事の格好をした男性は、ターゲットと親しいので殺人鬼ではないだろうということ。これは翔も言っていた。

 俊一は、その翔を怪しいと睨んでいた。

「俺、見たんですよ。吉田さんたちがピエロに襲われた時、青葉さんは友原さんに言ってたんです。今近寄っちゃダメだ、って」

「まあ……あの時は急でしたし、仕方ないのでは?」

 宗介が翔をフォローした。しかし、それだけでは俊一は納得できない様子だ。

「だってあの時、青葉さんは武器を出してた。たまたまピエロが、あれ以上暴れることなく逃げたからよかったけど……友原さんとか、ターゲットの下川さんとか、そこらへんの信用を得たくて必死、みたいに感じて」

 俊一はだんだんと眉を寄せた。言葉にすればするほど、余計に怪しく感じてしまう、そう思った。

 茜は芽衣を不審に思っていた。

「武器について分かってることがあるんだったら、白い部屋で言えばよかったのに。言わないのっておかしくないですか?」

 腕を組んで唸る茜に、俊一が賛同した。

 それから、再び「殺人鬼ではない者」について候補が上がった。宗介は、喜一は殺人鬼ではないと言い、茜もそう思うと予想している。宗介は拳銃を手にした喜一の動揺を思い出した。茜は自分を助けてくれた彼が殺人鬼だなんて信じることはできない。

「おーい、船尾さーん」

 茜が自分の手を喜一の前に持っていき、何度かかざすように振ってみた。先ほどから喜一の発言がない。どうしたのかと三人が足を止めると、喜一も俯いたまま足を止めた。

 そして意を決したように、勢いよく顔を上げた。

「私、一人で行動しようと思います」

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