【14】GAME4―鏡の世界と白い服―

 夕飯後、美月はベッドの上でうつ伏せになってスマートフォンをいじっていた。

 翔と連絡先を交換し、翔が書いたノートの内容を写真に撮って送ってもらった。翔ばかりに頼るのではなく、自分でも気づいた点は積極的にメモしていこう、と美月は思ったのだ。

 白い空間の中で、目の前で今にも息絶えそうなバスケ少女を思い出した。辛そうなのに何もできなかった。もうあの時のような思いをするのは嫌だ。誰も失いたくないし、自分だって死にたくない。

 彼女らを傷つけたのはピエロの男だが、そのきっかけを作ったのはあのモニターの男。今までの犠牲者のためにも、そして美優の母親の気持ちを少しでも軽くするためにも、男の正体を突き止めたい。

 美月は新しく用意したノートに翔の情報に加え、自分が気になった点を書き連ねていった。

 最初に疑問を抱いたのは、「鏡」だ。何故あんな空間を用意したのか。それから「衣装」や「殺人鬼」の存在。そして何よりも、何故自分たちだったのか――。

 今日のニュースでは、木田達彦についてしか取り上げられていなかった。夕食時にやっていたニュースで顔が映し出され、彼はピエロだったことが分かった。ということは、バスケ少女や鳶職姿の弘――喜一はすでに死んでいると判断したようだが――も、生きている可能性はあるということだろうか。

「あれ?」

 いや、犠牲者の人数が合わない。一人目が四条凛。ゲーム参加者の話では、サンタクロースの服を着ていた。二人目が本日家を訪ねた荻野美優。メイド姿だった。三人目が武永修平。野球選手の格好をしていた。

「それで五人目がピエロの……」

 木田達彦。四人目が抜けている。

 つまりそれは、もう一人犠牲者がいるということを意味していた。真っ先に思いつくのは弘だ。可能性は高いがしかし、彼が生きていることも十分ありうる。

 ピエロがいつの間にか死んでいたように、全く別の人という可能性もある。

 ピエロを殺したのは、一体誰だったのだろうか。

 とにもかくにも、美月は次のゲームで、モニターの男の「こだわり」について聞いてみようと思った。

 何故自分たちがこんな目に遭っているのか、そういった直接的なこと・・・・・・は教えてはくれないだろう。しかし、間接的なことならば、うっかり口を滑らせるかもしれない。



 自然と瞼が持ち上がる。今宵もまた、美月たちはゲームへの参加を余儀なくされていた。

 美月と翔はすぐにお互いを見つけ、合流した。そこへ宗介と真由美も一緒になった。真由美の向こうには、昨日必死に命を繋ぎとめた、バスケ少女の姿があった。彼女は犠牲にならずに済んだと分かり、美月は胸をなでおろした。

『皆さんこんばんは』

 モニターの男が喋り始めたところで、美月はすかさず声を張り上げた。両手にこぶしを作って、自分の声が届くようにと。

「あの、聞きたいことがあります!」

 一気に他の視線を集める。それだけで頭が真っ白になりそうだった。翔も目を丸くしている。

『……なんでしょう?』

 緊張してしまった美月は一気にまくしたてた。

「あの、鏡ってどういう意味があるんですか? そ、それにこの洋服も。すごくってるじゃないですか。だから、その……意味があるのかな、って……」

 語尾が徐々に小さくなる。モニターの男がどう、というわけではなく、この白い部屋の空気が変わったような気がした。

 男がどんな言葉を発するのか――誰もが固唾かたずを呑んで見守る中、ようやっとモニターの男が口を開いた。

『どのような意味があるか、についてはお答えしません。その答えはあなた方に見つけていただきたい』

 ただし、と彼は続ける。

『あなた方の着ている洋服について、一人一人にこだわりはありません。が、ターゲットが白い服・・・を着ている、ということは重要です。その理由は鏡と同様、教えるつもりはありません』

 肝心な部分は教えてくれなかったが、ヒントをくれた。洋服に関してはなんでもよいらしい。つまり美月がメイド服を着ていようが、翔が海賊の格好をしていようが同じことなのだ。

 話が途切れ、話し合いが始められるのかと誰もが思ったその時、モニターの男が再び口を開いた。

『こうしましょうか。次のゲーム、話し合いを始める前に殺人鬼でない者を複数名教えます。何人教えるかは、明日のゲーム開始時の人数で考えます』

「――えっ」

 モニターの男の思いがけない言葉に美月は顔を上げる。しかしこれ以上喋るつもりはないようで、モニターはブラックアウトした。

 今回さえ生き残れば、大きなアドバンテージを得られる。その小さな光に、どうにか希望を見出そうとした。



 美月は翔、宗介、真由美、芽衣、喜一、俊一、そして吉田茜よしだあかねの八人という大所帯で行動していた。

 茜の格好はバスケットボールのユニフォーム。前回のゲームでピエロに襲われながらも、喜一が中心となって応急処置をしたおかげで、一命をとりとめてここにいる。話し合いの時にそれを知ると、ぜひ一緒に行動したい、と自ら希望した。

 残念ながら、弘の姿は白い部屋になかった。

 話し合いの時間となり、万策尽きたような空気が漂う中、ターゲットである白い軍服を着た男性が、今回こそはと持ちかけた。

「自分が信用できると思う奴と行動すればいい」

 隣に控える燕尾服――翔の話では、桐谷拓海と言うらしい――の男性。白軍服の男性に続いた。

「俺が見る限りでは、数回のゲームを通してグループが出来上がっているところがある。無理に得体のしれない奴と組むより、ある程度行動を共にした人間の方がマシだと俺は考える」

「いいんじゃないかな」

 美月の近くで声が上がる。賛同したのは宗介だ。

「次回のゲームでは、殺人鬼でない者が分かる。そうしたら、その人を中心にグループを組み直せばいい」

 宗介の笑みと柔らかい雰囲気に、白軍服の男性の提案も含め、反対する人はいなかった。否、反対したい気持ちがあっても、それが難しい流れなのは間違いないが。

 そうして皆、思い思いの人と手を組むに至った。

 美月たちに関しては、茜の命を救ったことによる一体感だろう。それに翔、宗介、真由美とは、一緒に行動している時間が長い。

 モニター向かいの扉を進んでみることにした。最初にターゲットが入って以来、あまり情報がない。殺人鬼に対抗するなら、できるだけ多くの道について詳しい方がいい――そう判断した喜一に対して、今回は見知った道の方がいいのではないか、と翔が反論した。しかし翔に賛同したのは美月と芽衣の二人。多数決でこの扉を選択することになった。

 しばらく歩き、真由美が少し先を指で示した。

「ここよ、ここ! 回転扉だったの」

 注意深く観察しながら歩いてきたつもりだが、やはり分かれ道や隠し扉のようなものは見つけられなかった。真由美が教えてくれた回転扉を、全員で進む。

 ふと、美月はピエロが現れた時のことを思い出した。

「そう言えば……ピエロの服を着てた木田達彦さん、でしたっけ。彼をその、殺したのって誰なんでしょう」

「ああ、それあたしよ」

 美月は呟きのつもりだったが、間髪入れずにその問いかけに答えたのは、芽衣だった。

「芽衣……さんが?」

「そうよ。生かしておけないもの」

 ピエロがゲーム開始直後に暴れた後、逃げた彼を追い、前に手に入れた拳銃でピエロを撃ち殺した、と芽衣は説明した。

 そう淡々と説明する彼女の表情には、罪悪感とか、後悔の類のようなものは見られない。彼女は正義と思って、その引き金を引いたのだろう。

「その武器はどうやって?」

 ピエロ云々よりも、翔は武器について興味津々の様子だ。彼自身は武器の出し方について曖昧なままだ。確実に出せる方法があるのなら、知っておくにこしたことはない。

 芽衣は翔の問いに、きょとんとしている。

「どうやっても何も、ただ念じればいいだけよ――武器よ出てこい、ってね」

 今度は芽衣以外がぽかんとする。美月たちはこのような説明は二度目だ。芽衣は少々どぎまぎしながら説明した。

「言っておくけど、大真面目よ? 本当に、自分が手にした武器を手元にイメージすればいいのよ。誰か持ってる人、試しにやってみれば分かるから」

 翔は、あの時の感覚を確認してみる意味でも試してみることにした。

「わ、私も……」

 茜と、そして喜一も挑戦した。

 すると三人の手元には、それぞれ刀、小太刀、拳銃が出現する。

「ほ、本当に出ましたね……」

 喜一は拳銃をまじまじと見つめる。

 芽衣は三人を満足気に見ると、手元にない間の武器はどこにあるかも教えてくれた。

「ココよ」

 自身の右手首を示す。そこにはまるでタトゥーのように、黒い拳銃のシルエットが刻まれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る