【13】日常での出会い

 翔は、持って来た手提げの中から一冊のノートを取り出し、ページを開いた。

 彼にはアイスコーヒー、美月にはスムージーが運ばれ、口をつける。

「荻野美優……さん?」

「そう。彼女は俺たちが参加させられているゲームの被害者」

 彼女のことは美月もしっかりと覚えている。彼女はピエロの男によって、目の前でその命を奪われた。

「この人の自宅に行って、家族に何か話していたかを聞いてみたいんだ。それから、このゲームについて誰かと整理してみたくて」

 翔に促されて、美月は他のページも見た。

 自分が見知った人の服装や名前、どんな人か、さらにゲームの時に彼自身が話していた、武器を手に入れるための条件などが、整った字で記してある。

「すごい……」

 自然と口からこぼれた。それが伝わったのか、翔は恥ずかしそうに首の後ろを掻く。彼はどうやら人の顔や特徴を記憶することが得意らしく、情報量は美月が記憶する範囲を軽く超える。

「でも、どうしてこんなに詳しく? しかも参加者のことまで」

 翔の表情が一変、引き締まる。

「覚えてる? あの男が、『逃がさない』って言ったの」

 美月は頷いた。確かにモニターの男は、昨夜のゲームが始まる前、解放してくれと頼む人に向かってそう言った。そのことからゲームの参加者は理由があって選ばれたのだと、翔はそう推測した。だから参加者の情報も集めたいと思ったのだ。

「それで、先に友原さんのこと聞いていい?」

 翔は美月に対していくつか質問を投げかけた。ここ最近、何かトラブルに巻き込まれていないか。参加者の中に見覚えのある人物はいないか、など。ここ数ヶ月のことを、美月は必死に思い出した。とは言っても特別なことは何もなく、突破口となるようなものも見つけられなかった。

「ふう」

 氷で薄まった残りのアイスコーヒーを、翔は一気に飲み干した。ノートに書き込むことに専念していた彼は、最初に口をつけたきり、一度も飲んでいない。

 話がひと段落したところで会計を済ませ、二人は早速、荻野美優の自宅へと向かった。



 歩きながら、美月はふと疑問に思ったことを、翔に聞いてみた。

「でも、どうやって家を調べたんですか?」

 ニュースや新聞では住所は明確に載っていない。事実、彼女の住所も「所沢市東住吉」としか記載されていなかった。

 翔は、高校時代の友人がこの辺りに住んでいることを説明した。その友人が、家の場所に心当たりがあるそうなのだ。

「分からなかったらまた聞いてくれってさ。今日は予定があるみたい」

 話をしながら目印の場所まで行く。ちらりちらりと頭を左右に向けていると、「赤坂」の文字が美月の目に留まった。

 翔がインターホンを鳴らすと、女性の声で応答がある。翔は自分の名前を名乗り、自分たちも美優と同じ状況にいる、とここへ来た理由を簡単に伝えた。

 インターホンのスイッチが切られて沈黙していた家から、母親らしき人物が姿を現した。

「ごめんなさいね。またどこかの記者かと思って」

 リビングに案内され、お茶を出してもらった。開口一番がこの言葉だ。この連続した変死体について記事にしようとしている記者は多いようだ。

 翔はそのことを念頭に置いた上で、自分たちの状況をインターホンで伝えたのだ。でなければ追い返されるだろうことは予測していた。少々ずるいような気もしていたが、これ以降の被害者をなるべく減らすためにも、この機会を逃すわけにはいかなかった。

 美優が死んでまだ一日しか経っていない。やらなければならないことはたくさんあるだろうが、こちらにもあまり時間は残されていない。手短に済ませられるようにしようと、翔は早速本題に入った。

 もう一度自己紹介をして、続いて美月も名乗った。

 美月たちの状況を聞いた彼女は終始硬い表情で、時折唇を噛みながら聞いていた。

「美優さんに、最近変わったこととか、何か聞いてませんか?」

 そうねえ、と彼女は視線を彷徨さまよわせる。

「あの子が死ぬ前の日は、あなたたちを同じように、変な夢を見たと言っていたけれど……」

「友人関係とか、学校のこと、それ以外のこと……何でもいいんです!」

 何か手掛かりはないかと、美月の方にも力が入る。

 高校二年生であるという美優は、誰とでもすぐに打ち解ける明るい子で、友達は多かったと言う。しかし思ったことははっきり言うので、彼女のことをよく思わない人も少なからずいるそうだが。

「でもねえ、何かあれば、愚痴ってわけじゃないけど自分から話すのよ、どんなことがあったか。しょっちゅう電車で痴漢に遭うって、いつもぼやいていたけど」

 美優はSNSが好きなようで、ネット上での友人など、母親自身が認識しているよりも交友関係は広かったらしい。交際中の男性もいるようだが、トラブルについては何も聞かされていないと言う。

 次に翔は、同じように変死体だと言われている、他の被害者の名前に覚えがないか聞いてみた。しかし心当たりのある人物はいないようだった。

 最後に、被害者のスマートフォンに表示されていた画像を見せてもらった。警察に押収される前に、母親が自身のスマートフォンで撮っておいたらしい。

 帰り際、美優の母親にありがとう、気をつけてね、と言われた。

「……どうしてありがとうなんだろう」

 駅に向かう途中、翔は乾いたアスファルトを見つめながら疑問を口にした。愛娘を失った直後のタイミングで訪れ、傷をえぐられるように娘のことを話しても、その結果何も得られなかったのだ。

 母親にしてみれば辛い時間だっただろうが、彼女は翔の質問にはしっかりと答えてくれた。追い返されたり、迷惑だと怒鳴られたりすることだって覚悟していた。それくらいのことをしている自覚が、翔にはあった。

 しかし、そうまでしてでも、これ以上はできる限り犠牲者を出したくないのだ。そのためには情報が必要だと思った。

 美優の母親は、予想していたよりずっと気丈だった。それが逆に翔の胸を締めつける。

「私が美優さんのお母さんだったとしても、同じだったと思います」

 翔は勢いよく美月を見た。

「きっと、自分の娘がなんで死んだのか分からなくて、悔しいんだど思います。悲しいよりもずっと」

 美月は道の先の太陽に目を細めながら続ける。

「悲しくって、でもそれ以上に悔しくって。私たちが調べるって聞いて、わらにもすがる思いだったと思うんです。だから、今さらかもしれないけど……私にも、手伝わせてください」

 美月は翔の前に出て頭を下げた。眉を下げて微笑む彼女を見て、翔は胸の締めつけが解かれたように感じた。

「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします」

 今度は翔が頭を下げる。

 二人は微笑み合って、お互いの連絡先を交換することにした。



 夕飯時が近づいている。ここのカフェはコーヒーを専門に扱い、ご飯ものはほとんどメニューにはない。加えてさびれた商店街のさらに一本奥に入ったところにこのお店はあるため、客はこの二人のみだ。

 一人はアメリカンを、もう一人はブレンドに砂糖とミルクを丸々二つ入れて、向かい合っている。

 マスターの趣味であろうレコードが、空気をほんの少しマイルドにしてくれているだろうか。

「青葉翔……ですか」

「そう」

 この程度の会話なら、外でも問題はない。

「彼が一番、核心に近づいていると思うんだ」

 武器のことについて彼が考えたことは正しい。もし本人から、仮説の正否について問われたら教えてあげるように、と彼は指示した。

 幾重にも存在する、ゲーム参加者と自分たちとを隔てる霧。少しずつではあるが、青葉翔――彼はそれを取っ払っていく。

「彼は最終的に、こちらを覗くことができるのかな?」

 気づいてもらわなければ意味がない。どうして自分たちがこんなことになっているのか、普段の行いを省みてもらわなくては。

 その一方で、やはり彼らには死んでもらいたい。気づくまでは生きていてもらいたいが、自分たちのしたことを自覚した上で、それを悔いながら死に怯えていればいい……。

「核心に迫っている、と言える人はもう一人いますよ」

 それは知らなかった、と彼は興味ありげな瞳を向ける。

五十嵐いがらし芽衣です。この二人が組んだら、きっと面白いんでしょうね」

 小さな声で笑い声を漏らす。

 小一時間ほど過ぎたところでカフェを出る。押し寄せる、蒸されたような空気に顔を歪めて歩き始めた。

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