【16】GAME4―偽り―
「一人で行動するって……何故? あなたはそんなことする必要ないでしょう?」
宗介は肩をすくめ、喜一に対し理由を問うた。俊一も意外に思っていた。宗介とともに喜一と再会した時、彼は武器を手に入れた後でかなり疲労を溜めていた様子だった。そんな彼が、武器を手にできているこの状況で、自らもう一度一人になりたいと言うなんて。
喜一の右手は拳銃を握りしめている。人差し指も引き金にかけている。ふとした拍子に引き金を引いてしまう可能性もあるから、それは危険な行為だ。使われている銃の安全装置がどうなっているかも分からない。
よほど恐怖を感じているようだった。
「私は武器を手にしています。それも銃という、かなり強力な武器を。そう思ったら、リスクを負ってまで殺人鬼かもしれない人と一緒にいるのは……って思えてきまして」
この喜一の申し出に、茜は強く反対した。
「ダメです、船尾さん。一人になったら、殺人鬼だと疑われてしまいます……。せめて、私を一緒に連れて行ってくれませんか? 私を助けてくださったあなただけ、信用できるんです」
「私は人命救助を行ったんだ、殺人鬼なんかであるわけがないでしょう! それに私は医者だ。殺人鬼と疑われるなんて心外ですよ」
突然表れた喜一の激しい一面に、茜は首をすくめた。その様子に宗介と俊一は目を合わせて、小さく息を吐いた。以前の喜一であれば、一緒に行動するよう説得できたかもしれないが、このように強く言われては無理そうだ。
喜一は三人に向かって軽く一礼すると、来た道を引き返していった。恐らく、美月たちとはぐれてしまった場所まで戻り、そこにあったもう一つの道を進むつもりなのだろう。
落ち込む様子の茜を見て、俊一は場を明るくしようと努めた。
「喜一さんの無事を祈って! 俺たちは生き残ることを考えましょう」
CAの格好をした女性の後ろを、コック姿のターゲットである女性がついて歩いていた。二人並べるくらいの幅はあるが、コックの女性は後ろを歩く形をとっている。
彼女たちはモニターの下の扉を選択し、四つの分かれ道のうち、一番奥の通路を進んできた。隠し扉は存在しないのか、それとも見つける気がないのか、進める範囲をただただ進む。
コックの女性は、ピエロに殺されそうになってから、CAの女性と行動を共にしてきた。
「……あなた、いつまで私の後をついてくるつもりですか?」
前を向いたままのCAだったが、鏡の角度により、その怪訝そうにもの言いたげな目をする彼女の表情が、後ろを歩くコックの女性にも分かった。
「あなたじゃない、
和恵はごにょごにょと、独り言のようにしゃべった。本当は自分を助けてくれた警官服の男の子と一緒に行動したいのだが、彼は和恵を助けてから、別の男性と一緒に行ってしまった。それからも彼はグループで行動しており、正直なところ加わりづらい。
「あ、あんたこそ、名前はなんてのよ。アタシが名乗ったんだから、教えなさいよ」
勝手についてくる中年女性にあんた呼ばわりされ、命令口調の和恵に、CAの女性の目は一層厳しくなった。しかし、和恵に対して何か言うわけでもなく素直に従った。
「
「へえ。なんか
夏子にとってはどうでもいいことこの上ない。この後も続く和恵の話を聞き流していると、和恵の声とは違う、男性の声が聞こえてきた。
和恵も夏子も、武器を持っていない。ましてや聞こえてくるのは男性の声だ。争いに発展した場合、女性二人というのはかなり不利な状況になる。どうするのかと和恵が夏子に問いかけようとする間に、向こうの姿が鏡に映った。
「あら、あんたたち……!」
和恵の声が明るくなった。彼女の目は、現れた三人のうち、青く凛々しい警官服しか捉えていなかった。
「よかったじゃない、お目当ての人と巡り会えて」
夏子は小さく呟くと、ひらひらと手を振り、俊一らが来た道を一人で歩いていった。茜が戸惑いながら声をかける。
「えっ、あ、あの、一人で行っちゃうんですか?」
茜たちはまるで最初からいなかったかのようにスルーされた。理由を問うような視線を和恵に投げかける三人だが、和恵に心当たることはなかった。
「どうせ一人になりたかったんじゃないの。アタシのことも終始迷惑そうだったし」
ターゲットなのに守る気あるのかしら、と和恵は付け加えた。
一人残された和恵は、宗介らと一緒に行動することとなった。道中、和恵は夏子といた時よりも声のトーンを上げ、守ってほしいアピールを始めた。
「お嬢ちゃんは知らないか。アタシ、ターゲットなんてやらされてるでしょ。一度殺されそうになって、怖かったわあ。警察の格好してる……あなた、私を守ってくれたのよねえ、あの時は助かったわあ」
和恵は、ちゃっかり俊一との自己紹介を済ませて満足げだ。
「……私だって、一回殺されかけてるし」
茜の言葉で、彼女がピエロに切られた人物であるということを、和恵はやっと思い出した。
「あ、ご、ごめんなさいねえ――あひゃあっ」
「和恵さん!」
和恵は自身の失態に、どぎまぎしながら茜に謝罪した。そそくさと彼女が先頭を歩きだしたタイミングを見計らったかのように、彼女は落とし穴――とは言ってもすでに塞がっているのだが――に落ちてしまった。どういう仕組みか、和恵がいた場所には穴らしきものは見当たらない。
突然視界から消えた和恵に俊一が呼びかけるも、和恵からの応答はなかった。
再び元のメンバーに戻った三人は、穴があるか、そっと近づいて確認してみた。すると宗介が、鏡にある薄っすらとした切れ込みに気がついた。彼の細く綺麗な指が鏡をなぞる。
「見てください。分かりにくいですが、ここに切れ目が。試しに押して――だめですね、開きません」
宗介が手のひらでグッと押してみたものの、穴が再度開くことはない。もう一度和恵の名前を呼んでみるが、くぐもってよく聞こえない。仕方なく三人は和恵たちが来た道を進むことにした。
「あれ? 私たち、今こっちに進もうとしてましたよね?」
「そうだけど……あれ、鏡だ。その代わりに右に行けるみたい」
顔を上げた茜は、和恵と四人で進もうとしていた道が、鏡で塞がれてしまったことに気がついた。俊一も立ち上がり、鏡を確認すると、右手に新しく道を見つけた。
三人はお互い顔を見合わせると、頷いて新たな道を歩き始めた。
「やっと一人きりになれた……」
そう呟いたのは、和恵という金魚のフンを、やっと取っ払うことができた夏子だ。彼女はずっと、一人になることを望んでいた。元来一人でいることを好む性格の彼女は、肩の荷が下りた気分だ。
そんな夏子の前に二つの箱が現れたのは、彼女が一人になってから少し歩いた頃だった。
夏子は左の箱を選択した。
「これ武器だ……やっと手に入れられた……」
ピエロのナイフを見てから、武器があればと思っていた。それがようやく叶ったのだ。夏子は短刀を右手で取り上げると、開かないもう一つの箱を横目に、しっかりとした足取りで再び歩き出した。
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