【11】GAME3―小さな一歩―

 パンパンと銃声が鳴り響く。少し前から聞こえるその音に立ち止まっては進む、美月たちはそれを繰り返していた。

「さっきから聞こえてるこの音って……銃声、だよね?」

 真由美が不安そうに呟く。

 ピエロと少しでも距離を置けたら、と、彼が入っていった扉と真向かいの、モニター右横の扉を選んでここまで進んできた。

 最初の分かれ道は左を選択し、それからずっと一本道を歩いてきた彼女たちは、時折このような銃声を耳にしていた。鳴る度に緊張感は高まるし、鳴らなかったらそれはそれで銃の持ち主はどうなったのか、もしかすると自分たちの背後に迫り、襲う機会を息を殺して窺っているのではないかと思い、気が気でない。

 今までにはない、ピンと糸が張った状態が続き、気力が削られていく。

 翔の背中におぶられている少女は依然としてぐったりとしていて、顔からは血の気が引いている。ここらで安静にさせた方がいいという喜一の判断で、比較的長い直線を見つけて一旦休むことにした。

 背中を怪我している彼女を仰向けにするわけにはいかず、うつ伏せに寝かせ腹臥位ふくがいを取った。

 顔は青白く、血の気が引いている。呼吸も浅く、意識もあまりはっきりしていない。彼女を安静にできる状態であることが不幸中の幸いだった。

 翔は念のために襲撃に備え、六人を背に刀を構えていた。

「……さっきの、武器のことなんだけど」

 翔は、美月が気にしていたこの刀の話をしたいと思った。武器を手に入れた者とまだ手にしていない者。先ほど思い当たった何かについて、歩きながら考えているうちに気づいたことがあった。

「さっきの」というのは美月に対して向けた言葉だが、美月をはじめ、喜一以外の四人は翔の背を見つめた。喜一は止血でそれどころではないようだ。

「俺がこの刀を手に入れたのは、二回目のゲーム中です。椅子に俺と船尾さん座ってみて、みんなとはぐれた後」

 椅子がせり上がって、その先の道を一人で歩いていたら、縦に長い二つの箱が置かれていたことを説明した。

「とりあえず左の箱を開けてみたらこれが入っていました」

 そう言って右手に持つ刀を見た。

 宗介は喜一に代わり、彼が拳銃を入手した時も翔と同様だったことを翔に補った。

 それから翔は、桐谷拓海きりたにたくみという男性と偶然合流した。よくターゲットの男性と一緒にいる、燕尾服を着た長身の男性だ。

 彼はその時のことを思い出しながら、ターゲットと親しげな拓海は恐らく殺人鬼ではないだろう、と推測していた。



 お互いの姿が見えた瞬間足を止めた。翔の視線の先には、燕尾服を着こなす長身の若い男が立っていた。右手――鏡像なので、正確には左手――には槍のようなものを持っている。

 恐らく自分たちは、鏡一枚を隔てて、正面の鏡から同じくらいの位置にいる。翔の右手には刀が握られていて、互いにある程度近づかなければ攻撃できない。ならばこの距離を利用して、彼と話をしてみたい――翔はそう思った。

「俺は青葉翔。名前を聞いてもいいか?」

 翔の突然の自己紹介に、彼は少しの間無言だった。翔を怪しむように眉を寄せた様子が視認できた。

 それでも彼はきびすを返すことなく、桐谷拓海と名乗った。

 翔はまず自分の状況を説明した。それから、拓海がどのような経緯で一人になり、そして槍を手に入れたのかを尋ねた。

 拓海は多くを語らなかったが、アクシデントがあり、全員が一人になっている可能性が高いこと、そして翔同様、箱を開けると槍が入っていたことを説明してくれた。

「箱は二つあって、俺は右の箱を選んだ」

 武器を手に入れた経緯は翔と同じだ。

「お前は武器を二つ持っているんじゃないか?」

「いや、一つだよ。この刀が入っている箱を開けた後、もう一つも開けようとしたけど開かなかった」

 拓海の目つきが鋭くなる。

「……本当だろうな」

「本当だよ。でもそれを証明するには、身体検査でもしてもらわないとだけど」

 それはつまり二人の距離がゼロになるということ。さすがに拓海にはリスクが大きい。

 翔は唐突に話を変えた。

「俺は、モニターの男が俺たちに復讐をしようとこのゲームを計画したんだと思う」

「……復讐?」

 一段と低くなった拓海の声に若干気圧けおされつつも、モニターの男が「逃がさない」と言ったことを理由づけた。このゲームが始まって以来、初めてこういうことを口にした。

 彼の考えを聞いてみたかったが、ブザー音によって意識を切断された。



「つまり俺たちは、一人一つの武器しか手にすることができないっていうことだと思います」

 箱が二つあっても一つしか選ぶことはできない。どちらかを選んだ瞬間、もう片方の武器は確認すらできない。

 拓海との話を反芻はんすうしつつ、さらに翔はもう一つの可能性を口にした。

「それともう一つ……もしかすると、武器は一人になった人の前にしか現れないのかもしれない」

「つまり、一人になる勇気のある人が武器を手に入れられる、と?」

 宗介の言葉に翔は頷く。

 今現在はともかくとして、一度武器を手に入れたことのある参加者。あの時、宗介に問われて手を挙げていた人。芽衣が言う「人一人分の狭いスペースだけが存在した」という空間に入る羽目になってしまった人たちだ。

 美月はとても複雑な気持ちになった。

 武器を入手できれば、それはゲームにおいての相当なアドバンテージであることは間違いない。しかしそのためには、殺人鬼と遭遇する恐怖に耐え、一人になるしかない――。

「そうすると、今武器を持っている人ってどれくらいいるんでしょう」

 宗介は顎に手を当てながら考えている。武器を持っている人数よりも、持っていない人数を数えた方が早そうだ。

「私は持っていません」

 美月がそう告げると、私も、と真由美が続いた。この二人は翔の予想どおりだ。加えて宗介と俊一がも武器を持っていないことを申告する。

「けど今回、結構散り散りになりましたよね。となると、ほとんどの人が何かしらの武器を手に入れられたんじゃ?」

 止血をしながら話を聞いていた喜一が口を挟んだ。

「確かに、武器を手に入れる条件がただ一人になればいいのなら、大半の人が持ってるでしょう。そう考えると、持っていない人はだいぶ不利ですね」

 武器を所持していない宗介は、考えるように小さく息を吐いた。

「でも武器を持ってるんなら安心ね。いざという時、鬼を殺せるんだから」

「え」

 真由美がさらりと漏らした言葉に、思わず反応したのは美月だった。

「え、って……当然でしょ? じゃないと殺人鬼に殺されちゃうんだから」

 もっともな言い分であるが、まるで武器を持った人を盾のように認識している真由美に対して、美月にはもやっとした感情が芽生えた。

「まあ殺さなくちゃ、と義務とまではいかなくても、役目としてはそうなるね」

 武器を持つ翔もそう言った。

 殺さなければ殺されるかもしれないし、ゲーム終了までの生存率も下がる。ターゲットさえ守り切れば、例え殺人鬼を殺さなくとも生き残れる可能性はあるが、殺人鬼の正体が全員判明していない以上はそれも難しい。

「でも、別に殺さなくても、生き残れるように上手く逃げ続ければ――」

 そう言った美月に対し、いや、と宗介が遮った。

「殺人鬼は、自分たちが生き残るためには、殺さなきゃならない。こちらとは状況が違う」

「あ……」

 美月は彼の言わんとすることを理解した。

 生き残りたい。そう願う殺人鬼ならば、容赦なく攻めかかって来るだろう。当然守りだけではしのぎきれない場合もあるはずだ。

「けど、いくら殺人鬼だとしても、殺すなんて――」

「いやでも、応戦するわけだから正当防衛ですよ」

「そもそもここでの殺しって裁かれるの?」

 美月にはやはり抵抗があった。一方喜一と真由美は、相手が殺人鬼だからという認識のためか、殺すことにあまり抵抗を感じていないようだった。

「あ、そもそも私、さっきも言いましたが武器の出し方が分からなくて……翔君は、どのようにして武器を出したんです?」

 喜一が思い出したように、翔を見上げる。翔は刀を見つめた。

「それが、分からないんです。こう、出てくれって念じたというか」

 彼自身もよく分かっていないようで、曖昧な返答だった。

 いつの間にか拳銃の音は止んでいて、沈黙が訪れる。

――どのくらいだったか。

 この沈黙は長くは続かなかった。再び銃声が小さく聞こえる。今度はあまり長く続かず、この日のゲームは終わろうとしていた。

 強制的に手放される意識をなんとか保って、翔は美月に言葉を残した。

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