【9】GAME3―復活?―

「死ぬところだったって、どういう……」

「そのままの意味だよ!」

 美月が尋ねてもまともに話してくれそうにない白軍服の男性を見かねて、チャイナドレスをまとった長身の女性が代わりに説明した。ドレスがよく似合う、ショートヘアのグラマーな女性。男性の何人かは、きわどくスリッドの入ったドレスから覗く、太腿に釘づけだ。

「あたし芽衣めい。彼と一緒のグループだったんだけど……」

 芽衣はなるべく短く、けれど分かりやすくまとめてくれた。

 白軍服の男性と芽衣のグループは四つの分かれ道があるモニターの下の扉へ進み、一番右手前の道を選択した。その先では、ゲームの終盤あたりで妙な部屋に遭遇した。そこは扉を開けた先にあった、広く丸い空間。しかし全員が入り終わって気づく。

 入ってきた扉にはドアノブがなく、代わりに人数分――七つの新たな扉があるということに。試しにそっと様子を窺いつつ開けてみると、人一人分の狭いスペースだけが存在した。

「こんなの入るわけないじゃない? 怪しすぎる。でも……」

 その部屋にはお約束のようにシューッという音が聞こえてきた。

「毒ガス……だったら困るし。仕方なく一人ずつ扉の中に入ったのよ」

 さらに、芽衣たちの予想していた展開とは異なった。

 まさかガスの充満する部屋に戻るはずはないだろうと思い、狭いスペースのどこかには別の扉が存在するのではないかと予測した。しかし扉は見当たらなかった。

 ガタンという、何かが作動するような音が聞こえた。しかし、自分たちがいるこの狭い空間が動いている間隔はない。音が完全に止まってから恐る恐る扉を開けてみると、そこには部屋ではなく道が現れていた。

「それからゲーム終了まで誰にも会うことはなかったわ。でも彼はきっと……」

 そうして彼女は白軍服の男性を一瞥する。

 扉を開けて彼の前にあったものは、恐らく他の人に通ずる道。それがたまたま殺人鬼だったのだろう。

「だったらあなた、殺人鬼の顔見たんじゃないの?」

 いつの間に近くにいたのだろうか、コック姿の女性をはじめ、期待が込められた視線が白い軍服に注がれる。

「見てねえよ、見てたら言ってる!」

 彼は不貞腐ふてくされた表情で軍服のポケットに手を突っ込んだ。鬼の顔を見ていない理由を、彼は仕方なく説明した。

「扉を開けたら道があったのは俺も同じだ。けど、特に分かれ道は見つからずに、そのまま進んだら男と遭遇した」

 目線を床に落としたまま続ける。

「野球のユニフォームを着てた男だ。昨日のニュースで確か名前は武永修平とか言ってたな」

 白軍服の男性は元来疑い深い性格だった。その上自分が狙われる状況にあったため、当然この男を信用せず、もと来た道を引き返し始めた――まるでついて来るなと言わんばかりに。

 これを俊平は察したのか、後を追う様子は見せなかった。

「けど俺が背中を向けて少ししたところで、そいつの怒鳴り声が聞こえた」

――走れ! 早く逃げろ!

 突然聞こえた切羽詰まった様子の声に、思わず振り向いた。しかし、どの鏡にも俊平は映っていない。

 安否が気になり何度か呼びかけたものの、反応はなかった。これにはさすがに焦燥感があり、背後を気にしながら前進したのだ。



「つまり――」

「運が悪ければ俺はあそこで死んでた。そうなったのはお前らが俺らを、殺人鬼と行動させたからだ」

 翔に重ねて、白軍服の彼は低い声でまくし立てた。

 俊一も美月も、彼と目を合わせることが怖くて顔を上げられない。他のゲーム参加者や特にターゲットには、白い目で見られているような気さえした。

 タイマーはゲーム開始まで五分を切ろうとしている。

 二人も犠牲者が出てしまったこの状況では、白軍服の彼の言うことに言い返す者はいなかった――彼女以外は。

「バカ言わないで」

 芽衣だ。彼女は真っ直ぐに白軍服の男性を見ながら続けた。

「あなたが危険な目に遭ったのは、モニターの男と殺人鬼のせい。その責任をあの二人に転嫁するのは間違ってる」

「なんだと――」

「それに、ターゲットであるあなたを守ってくれる人がいたから、あなたは助かったのよ。ターゲットであるあなたたちに聞くけど……自分以外のターゲットが殺されそうだったら、助ける?」

 芽衣はターゲットの象徴である白い服を着た他の二人にも、順に目で問いかけた。

 彼女らは、反射的に芽衣の視線から逃れようとした。

「あたしたちはこの白い部屋に残れない。殺人鬼がはぐれる可能性はあるし、今回みたいなトラップは他にも用意されてるはず。それなのにターゲットだけで動くのは危険極まりないわ」

 白軍服の彼と合流した者が俊平ではなくターゲットだった場合、その人物は殺人鬼から逃げる。その際、彼を巻き込んでいた可能性は高い。

 もちろん修平がターゲットでないからと言って、彼の行動は誰にでもできるものではない。それが分かると、皆少なからず思うことがあった。

「僕も芽衣さんの意見に賛成です」

 支持したのは宗介だ。理由は特に述べず、ぐるりと見渡してゲーム参加者に問いかけた。

「ちなみに皆さん、武器を手に入れた人います?」

 宗介に問われたものの、誰からも手は上がらない。彼は海賊の姿である喜一を例に状況を説明し、今も持っているか分からない人ならいるかどうか、再度問いかけた。

 するとどうだろう、八人が手を挙げた。

 殺人鬼であるピエロは、あの余裕から、確実に武器を持っているものと思われる。それに対して他の参加者は、持っているか不確定なのが現状だ。

 美月をはじめとする一度も武器を目にしたことのない参加者は、「武器を持っているか分からない」状況が理解できない。なので挙手をした翔に聞いてみようと思った時だった。

「武器なんかどうでもいい! それよりなんでお前、生きてるんだ。殺したはずだろう?」

 ピエロが大きな声で遮った。その視線の先にいるのは、貴族服の太った男。自分が殺したはずの人間が今目の前にいることが理解できずに苛立っている様子の殺人鬼は、今にでもとびかかりに行きそうな勢いだ。

 反対に貴族服の男は冷や汗とも言えぬ水滴が、顔に纏わりついている。自分を殺そうとした人物がいて、今にも襲ってきそうな状態であることに恐怖し、傍にいた芽衣の後ろに隠れた。

「そ、そんなの俺が知るかよ……いっそのこと、死んでたかったくらいなのによお」

 弱々しい声は、ピエロの苛立ちを加速させていた。こんなやつ一人殺せなかったのか、と。時計を何度も見るその様子は、早くこの時間が終わらないかと待っているようだった。

 その様子を注意深く観察していた翔は、ピエロが動き出さないことに違和感を覚えていた。武器を持っているなら、扉が開いていないこの密室状態は、絶好のチャンスのはずなのに――。

 この時間は殺人行為自体が無効なのか、それともなんらかの理由で武器が使えない状況にあるのか。だとすれば、ゲーム開始直後が最も警戒すべき時だ。

 具体的な策は何も決まっていないし、ピエロの正体はすでに周知されている。彼が開き直って暴れ、それに乗じて他の殺人鬼も動き出してしまえば――最悪の場合も考えられる。

 せめて自分の近くにいる真由美だけでも守ることができれば、といざという時に備えていた。

「しかし今夜はどうしましょうか。もうすぐゲームが始まってしまいます」

 宗介は腕を組みながらタイマーを見た。残り五分を切っている。

 もう一度ターゲットを説得するのは、特に白軍服の男性が難しそうだ。かと言って、ターゲットだけで行動させるのは、かなりのリスクが伴う。

 この芳しくない状況の中、宗介が昨日のメンバーでよいかとダメもとで提案するも、真由美以外のターゲットはそれを一切拒否した。

 翔の危惧する状況が起こりつつあった。そして、何の取り決めもないままブザー音が鳴り響いた。

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