【8】GAME3―ゲームオーバー―
反射的に素早く振り返ると、美月たちの視界に入ったのは鏡に映った自分たちではなく、
「あ……あ……」
真由美の怯えの理由は、急に現れた人物と、その人物が右手に持っているナイフだ。彼は美月たちが行き止まった先の扉から現れた。
カラフルな衣装を赤で染め、右手でしっかりとナイフを握っている。その目は震える二匹の獲物を確実にロックしていた。ロックされた二匹は、金縛りにあっているかのように動けずにいた。
――もはや逃げ場などなかった。
ビクッと体が動き、目を覚ました。呼吸は荒く、ドクドクという心臓の音がはっきりと分かる。視線で辺りを探ってみると、薄暗いが自分の部屋だということに美月は安心感を抱いた。
ゆっくりと呼吸を整えながら先ほどの出来事を思い返してみた。
ピエロの服を着た男が返り血を浴びた姿で、美月と真由美の前に現れた。上下に開いた鏡を見て、カチッという音はそれを作動させるスイッチだと理解した。
退路はない……まさに絶体絶命だった。
男が一歩、また一歩と近づき、踏み込むその足に力が入ったその時。ビーというブザー音がけたたましく鳴り響いた。ゲーム終了の合図だ。
自分の命が故意に脅かされる経験を初めてして、記憶を辿ることで精一杯だった。
時刻は十二時四十四分を指している。
未だにじんわりと残る汗と手の震えは、先の恐ろしさを物語っていた。
美月は一度大きく深呼吸をすると、この日はゆっくりと過ごすことを決めて、再び布団に頭をうずめた。土曜日で講義は入っていないし、アルバイトも予定も特にない。
なかなか寝つけなかったが、時間が経つと少し眠ることができたようだ。お昼ご飯に合わせてリビングに下りることにした。
珍しいね、と言いながら昼食の準備をしていた母の手伝いをしていると、ちょうどお昼のニュースが始まったところだ。それまでは聞き流していたニュースの内容だったが、「変死体」という言葉を美月はしっかりと聞き取った。手伝いを止め、リビングに移ってテレビの音量を上げた。そのままリモコンを持つ手に力が入る。
新たに発見された
「ちょっと急にどうしたの~?」
タオルで手を拭きながら、母もリビングにやって来る。
「あれ、またこの事件?」
変わった事件よね~、なんて言う母親の言葉は美月には届いていない。
嫌な、嫌な予感がする。
加えて状況が酷似していることから、昨日の四条凛についても関連があるのではないかという内容だった。
四条凛に関しては分からなかったが、彼らの顔には見覚えがあった。大柄で野球選手のユニフォームを着た男性と、ピエロに刺されたメイド服の女の子だ。
ゲームオーバーになったら
――怖い。
隣にいる母親に悟られないよう、静かに深呼吸をする。ちらりと横目で見てみると、彼女の目はテレビ画面に釘付けだ。
たった八十分の間に三人の人間が死んだ。これがターゲットだとしたら、もうこの時点でゲームは終わっている。つまり、自分も生きてはいない――。そう考えるとこの数字は楽観視できるものではなかった。
そもそもこれは全員が死ぬまで行われるゲームではない。ターゲットの三人が殺されてしまえば、その時点で美月も終わりなのだ。
美月と同じようなことを翔も考えていた。
昨日、昼夜ともに見逃してこのニュースを初めて見た彼は、昨日に続くという不審な事件に釘付けだった。
「赤い文字」「黒い画面」「一人目」や「二人目」――どれも気になる要素ではあったが、何よりも「ゲームオーバー」の文字だ。
昨夜のモニターの男の言葉を思い出す。
『彼女はこのゲームを抜けたんです』『死ぬという手段でね』
「死ぬという手段」を
「だとしたらこの二人は……」
テーブルから立ち上がることができずに、パンが焼けた音を無視して食い入るようにテレビの画面を見つめた。
彼は途中で美月たちとは別れてしまったため、見覚えがあるのは修平のみだった。それでも「ゲームオーバー」という単語から、夢の中での「ゲーム」との関連を感覚的に感じ取っていた彼は、何故自分がこのようなことに巻き込まれているのかという疑問を抱き始めた。
思考の海に沈み、それぞれの現場に赴いているアナウンサーの声が徐々に遠のいていく。
一体自分や彼らが何をしたというのか。自分たちはどのようにして寝ている間に「ゲーム」を体験し、さらには死ぬという事態にまで至ってしまうのか。
ただ殺人鬼から逃げているだけでは、生き残るためには不充分な気がした。
ゲームを二回行って三人が死んだ。スタートとしては好調だ。
ニュースを見ながらそんなことを考えていると、玄関のインターホンが鳴った。訪ねてきた人物を家の中に招き入れると、その人物は遠慮がちにソファに腰をおろした。
「ニュース見てたんですか?」
「ああ。初っ端から飛ばしてくれてる彼のお陰で退屈しないかな、今のところは」
「上手くいきすぎてもどうせ退屈するんでしょう? あなたは」
困った人だなあ、と言うように肩を
一見すると談笑している風景だが、話していることはとんでもない内容だ。
「ゲーム参加者の困惑の表情を見ているとね、口元が緩みそうになるんだ」
自分たちが何故ここにいるのかなんて検討もつかないままね、と家主は続けた。
このゲームを企画したのは彼だった。しかし計画は立てられたものの、いざ実行するにあたって障害がいくつかあった。覚悟を決めて向かいで肩を竦めた人物に計画について相談すると、喜んで協力すると言ってくれた。今の技術を最大限に駆使し、さらには闇ルートまで手を伸ばしてくれた。感謝の言葉は尽きない。
「ほんと、大人しそうな外見とは裏腹にやること大胆だよね」
「だって、あなたのお願いだから……。それに、あなたと同じ気持ちでしたから」
少しだけムッとしながら言ってみたところで、自分でないとできなかったことを、客人は認める。
それから客人は、
――そう、あの日に全てが始まった。
家主である彼が計画し、自分が実行に移した。話し合いの中で多少の変更点はあったものの、予定はスムーズで今のところ何も支障はない。
そして今、ここにいる。
もう後戻りはできない。この人のためにも、あの人のためにも……自分のためにも。
白い部屋に再び集められたのは十七人。全員が目を覚ます前に、二人の女性が声を荒げた。
「鬼が一人分かったわよ!」
「私たち見たんだから!」
真由美とターゲットであるコックの服を着た女性だ。加えて、濡れ衣を着せられた鳶職人の男――弘もここぞとばかりに乗っかる。
「そうなんだ! こいつ、俺に罪を被せようとしやがった!!」
弘は憤りを全身で表現した。彼に指を差されて注目の的となったピエロの男は、その視線をものともせず、むしろ心地よさそうに口の端を緩めている。
「何がおかしい!」
余裕を見せるピエロの姿は、弘の感情を逆撫でするだけだった。
彼らのやりとりを見て、周りはピエロと一定の距離を取る。
ピエロの男は開き直っていて、俺と協力して全員ぶっ殺そう、と両腕を広げて自分以外の殺人鬼に呼びかけた。しかし、白い部屋を見渡した彼は、ある一点を見てその動きを止めた。
「お、お前? 殺したはずじゃ……」
驚いているのは彼だけではない。その視線の先には、貴族姿の男性の姿があった。一緒にいたコックたちは、殺されたと言っていたはずだが――。
貴族姿の男性が
『皆さんこんばんは』
この声を聞くのも今回で三度目だ。
『随分と賑やかなようで何よりです』
「いい加減にしろよ! 今すぐ俺たちを解放してくれ!」
「お願いもう嫌!」
弘に続いて、昨日美月と一緒に恐怖を体験した真由美も間髪入れずに訴えた。しかしモニターの男は、先ほどと同じトーンで切り捨てた。
『ゲームは続けます。絶対に逃がしませんよ』
穏やかな口調が崩れることはなかった。美月たちを簡単に絶望に追い込むと、話し合いを始めるよう満足気に促した。
モニターが消えると、やりようのない怒りや不安に、参加者たちはいらつき始めた。あと何回繰り返すことになるのだろうか。特に目立ったのは、ターゲットの一人であるコック姿の女性だ。
「ふざけないでちょうだいよ! なんだってこんな目に!」
愚痴を言いながら、腕組みをして地団駄を踏む。そんな彼女とは対照的に、落ち着いた声が聞こえた。
「それよりも、だ。昨日だけで二人も死んでる」
口を開いたのは、同じくターゲットである白軍服の男。
彼の言わんとすることは全員に伝わった。最初に案を考えた警察官の制服を着る俊一と、昨日それを勧めた美月は、次に何を言われるのかとビクビクしていた。
「待っ――」
「これがもしターゲットだったらどうするんだよ! 実際に昨日俺は、一歩間違えたら死ぬところだった!」
翔がフォローに入ろうとしたのと同時に、白軍服の男は一気にまくし立てた。
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