【2】白い服
「ふざけんじゃねぇよ!!」
「いい加減にしてよ! 早くここから出して!」
誰もが予想していたことだ。それでも聞いて初めて知ったような言い方をするのは、否定してほしいとどこかで願っていたからだろう。
モニターの男は矢継ぎ早に浴びせられる怒号を無視しながら詳細を説明し始めた。
『失礼。生死については重要ですからね、詳しく説明しましょう』
自分の命が懸かっているため、怒鳴っていた人たちはやむなく閉口した。重苦しい空気に包まれる。
ゲームをクリアし、かつ自分が死なないことが生き残る条件であることをモニターの男は説明した。ターゲットを一人でも守りきるか、殺人鬼全員を殺さなければならない。殺人鬼を全員殺してしまえば、ゲームを十五回行う必要はないらしい。
男の説明を、美月は必死に頭の中にメモしながら耳を傾けた。
『言い換えると、ターゲットが殺人鬼に殺されて全滅してしまった時点で、あなたがたは死にます。ゲームを十五回行う必要もありません』
美月の隣にいるこの男性も手を挙げ、質問をした。
「結果的に誰かが殺人鬼を殺すか、ターゲットを守りきるかしてゲームクリアとなっても、クリアする前に死んでしまった人はどうなるんですか? 自分以外の人がクリアしてくれれば、生き返ることはできるんでしょうか」
ここはバーチャルの世界だとモニターの男は言った。いくら傷を負っても現実の体には問題ないが、「死ぬこと」は避けられないのか。
『ふふっ、残念ながら一度死んでしまった場合は生き返ることはできないんですよ。それは、ゲームをクリアしても変わることのない事実です』
男はモニター越しに首を傾け、いかにも憐れんでいるかのような素振りと口調で答えた。死にさえしなければ生きられる。しかし、このバーチャルのゲームで死んでしまえば、実際の死が訪れる……。
ここにいる誰もが、繰り返される「死」という言葉にまだ実感を得られないでいた。こんなゲーム一つで死ぬということはありえないのではないか――そう願わずにいられない。
他に質問がないことを確認すると、モニターの男はターゲットを発表すると告げた。
『では、ターゲットの発表です。ターゲットは……』
全員の緊張がピークに達し、静寂が訪れる。その静寂の中にひしめき合う、藁にも
ターゲットになるかならないかで、ゲーム終了後の生存率は大きく変わる。
この静寂を、モニターの男は
『「白い服を着た人」です』
「い……やあああっ」
一拍置いて、とても高い声が白い部屋に響いた。この白さのせいで一瞬どこにいるのか美月には分からなかったが、周囲の人の視線の先に彼女はいた。
華奢な両腕を抱えてしゃがみ込んでいる。長く綺麗な黒髪で表情は隠れているが、震えている。彼女は白いナース服を着ていた。
美月は、自分の衣装が気になって下を見た。巫女の格好をしている。上半身に白を纏っているだけに、不安は拭えない。
一方、隣にいる男性が着ているのは忍の服で色は黒。ターゲットから外れたと明らかに分かる服に、彼は安心したようだ。
モニターの男はターゲットについて、コックコートの女性、ナース服の女の子、白い軍服の男性の三人を具体的に挙げた。美月はターゲットではないということが分かり、詰まっていた息を一気に吐き出した。
ターゲットだと宣告された三人に視線が一気に集中する。
美月とちょうど同じ年くらいの、ナースの格好をした女性がふと目に入った。声を上げたせいで特に注目を浴び、周りからは距離を置かれている。
先ほどから俯いていて、やはり表情が分からない。だけど、「恐怖」「不安」「孤独」……抱えているものの最後の一つだけでも取り除いてあげたいと、美月は思った。
美月は隣にいる彼にひと声かけ、両肘をぎゅっと握りしめる注目の女性のもとへ近づいた。
「あの、私と行動しませんか?」
女だから頼りないかもしれないけれど……と言い終わる前に、彼女は首を全力で縦に振った。目にはうっすらと涙が溜まっている。
美月は、自分がターゲットとして挙げられたら――と想像しかけてその思考を止める。
モニターの男は最後に付け加えた。
『そうそう、殺人鬼である三人は、ターゲットの三人を全員殺さなければ確実に死亡してしまいますから。頑張ってくださいね』
この一言でモニターはブラックアウトした。
あと三十分で、「ゲーム」が始まる。
話し合いの時間が始まった。集められた二十人の視線が交差する。
ここに、三人の
「なんでこんなことやらなきゃならないんだよ」
「帰りたい……」
モニターの男に届くわけでもないが、やり場のない
「五分経った……」
忍者の格好をした男性はいつの間にかまた美月の隣にいて、ぼそっと呟いた。
彼の言うとおりだ。このままではいけない。が、ターゲットは知られているのに殺人鬼についての情報は何もない。そんな状況の中でなんの策もないままゲームに挑めば、ただの鬼ごっこにすらならない。
かと言って何をすればいいのか。
美月が横目で隣の彼の表情を窺うと、彼は腕を組んでここに集められた人たちを見ているようだ。
何を考えているのか尋ねようとしたところで、美月の後ろから声が上がった。
「あの……俺に、案があるんですけど」
警察官の制服を着た男の子は、この中では随分と幼く見えた。高校生……いや、中学生にも見える。帽子の下からは、野球部のような坊主頭が覗いている。
彼によると、六~七人のグループを作り、その中にターゲットを一人ずつバラけさせようという作戦だった。
「さっき数えたんですけど、ここにいるのは二十人です。この中に殺人鬼は三人。運悪く、同じグループに殺人犯が二人いたとしても、この人数なら守りきれるんじゃないかと思うんです。同じグループに三人固まる可能性は低いと思うし……」
彼の声音はこわばっているが、しっかりとした口調で説明した。
小さな話し声は聞こえども、異を唱える者はいなかった。残りの時間を考えると、他の案を探すよりも、このまま話し合いを進めたいと思っているようだった。
しかし突然、ターゲットだと宣告された白軍服の男が、冗談じゃねえ、と声を荒げた。嫌味なほどにその格好がよく似合う。
「よく知りもしない連中に命預けてたまるか。俺は、自分の身は自分で守る」
彼の隣には、執事のようなスワローテイルを着た男性の姿があった。まるで一緒に行動するのが当然とでも言うように。
百五十センチある美月よりも小さい、五十前後のコック姿の女性が、白い軍服の男性に乗じて、ターゲットのみで行動したいと申し出た。
「殺人鬼だかなんだかは、あんたらで見張っといてちょうだい!」
彼女はそう言うと、美月の横をスタスタと通り過ぎて二人の脇に立った。どうやら彼女は白軍服の男性の発言を少々誤解しているようで、男性二人は渋い顔をしている。
残りの一人、ナース服を着た彼女はどうするのかと視線が集中すると、警察官の男の子の意見に賛成したと言うように、美月の腕に自分の腕を絡ませた。
とは言うものの、ターゲットにされている人の意見を優先しようということになり、ターゲットのみで隠れ場所を話し合うことになった。
「ごめんね、さっき一緒に行動してくれるって言ってくれたのに」
それから、ありがとう、と天使のように可愛い笑顔で付け加えた。
美月たちはお互い名前だけ名乗り合い、彼女――
「こいつは俺と行動する。殺人鬼とやらじゃないのは明白だからな」
白軍服の男性は、自分の親指を隣にいるスワローテイルの男性に向けた。
どうやら知り合いのようだが、ターゲットでもないのに
ターゲット以外の十七人で自分たちはどうするか話し合い、ここに残ろうと落ち着いたところで、誰かがぽつりとこぼした言葉が聞こえた。
「武器とやらは、迷路の中か……」
この白い部屋に武器はない。モニターの男も、迷路の中に箱があり、武器はその中だと言った。
つまり、迷路に飛び込まなければ武器は得られない。この白い部屋に留まっていては、殺人鬼に対抗する手段は己の体のみだ。
けれどそれは殺人鬼にも言える。この状況下なら、
残りの十七人はこの部屋に留まることに加え、鬼の数が三人であることから、万が一の時は三人以下で行動しないこともルールとして決められた。鬼同士で情報共有をさせないためだ。
時間を見るとあと三分を切ったところで、美月は起こしたきっかけでなんとなく一緒にいる、この忍者の男性に自己紹介をした。
「俺は
そう言って、翔はうなじを掻きながら微笑を浮かべた。二十八歳だという彼は、二十一歳になったばかりの美月には大人に見える。
どうにかして気を紛らわしたくとも、結局考えてしまう。
あの男の話は、ゲーム参加者にとって分からないことばかりだった。
仮想空間なのだから、怪我をしても問題ないというのは理解できる。しかし、本当に死んでしまうことが果たしてありえるのだろうか。
突然、ビーというブザー音が響いた。時計に目をやると00:00と表示されている。
そして再びモニターに男が映った。
『では、皆さんの命を懸けたゲームをスタートします』
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