第23話 インターステラースペース その4

「ふん、ここが貴様の空間か。居心地良いではないか」


 エリザベートがうそぶいた。


 立方体の中は、校庭内のあの立方体の中とは思えない、広い空間だった。


 ただし、上下左右のいずれも、彼女から見て少し距離を置いたところから銀色の霧のようなものに満たされており、遠くまでは見通すことができないようだ。


 その空間内で、エリザベートとイプシロンは、宙に浮かんだ状態で対峙していた。


「そう言っていられるのも、今のうちだけだ。この空間では、全てが物理に還元される。ここで俺に勝てる者はいない」

「大口を叩くのう。ではこっちからゆくぞ。氷砲撃アイス・ミサイルッ」


 エリザベートが詠唱すると、無数の氷の砲弾が空中に出現し、イプシロンに向かって飛んで行く。


 イプシロンの方はそれを気にしないかのように何やら詠唱しているが、どうやら間に合わなかったのか、次から次へと押し寄せる砲弾により、彼の居た位置に氷の幕が作られた。


「あっけないのう……何っ?」


 既に氷の幕は消えつつあったが、ここでエリザベートは異変を感じた。

 何かがいる!?

 幕が徐々にはれる、その向こうに……。


「こ、これはまさかゴーレムか!?」


 そこに存在したのは、全身を銀色に輝く装甲に覆われた巨人だった。


 どうやら氷砲撃アイス・ミサイルは全てその装甲で止められてしまったようだ。


 その背丈は……学園内のどの建物よりも高いであろうことは間違いない。


「ほう、知っているのか。いかにもこれこそゴーレム、エメス」


 ゴーレムの中からイプシロンの声が響く。


「何とっ、ゴーレムの中に同化しておるのか!?」

「フフフ、ここからは俺のターンだ、妹を泣かせたこと、思う存分後悔させてやる」

「だからそれは誤解だというておろうに」

「言い訳するなっ、くらえ、右ネジの法則アンペールッ!」


 イプシロンの詠唱と同時に、ゴーレムの右手から放たれた雷撃がエリザベートを襲った。

 エリザベートは、氷防御壁アイス・シールドを展開してそれを防ごうとしたが、驚きで少し遅れたため、左肩に被弾してしまった。


「くっ……まさか雷系魔法を使ってくるとはの」

「雷系?何を言っているんだ。光電効果を知らないのか?」

「こ、光電効果じゃと?どういうことなのじゃ?」


 イプシロンの説明によると、光の力で物質に働きかけ、電気を起こして利用しているのだということだった。


 しかし、戦闘中であるのに、律儀なことこの上ない対応である、彼は。


「なるほど、凄いのう。自分の属性以外を使いこなすとはな」

「これが俺の物理魔法だ……まあ誰も理解できるものがいないんだがな」


 語るイプシロンの声に少し寂しさが混じっていた。


「気に入ったぞ、是非おぬしを叩きのめしてワシの傘下に加えてくれる。氷吹雪ブリザードッ!」


 エリザベートの右手を起点として、巨大な氷の渦が巻き起こり、ゴーレムに迫ってゆく。


「凍らせようということか、やらせはせん、やらせはせんぞっ、不確定性原理ハイゼンベルグッ!」

「な、何?!」


 ゴーレムの姿がかすむと、氷吹雪ブリザードはその向こうへとすり抜けて、やがて霧散した。


「ど、どういうことなのじゃ。」

「お前は量子力学を知らないのか?ええい……簡単にいうとだな、光の波長を変えることで、ゴーレムの位置を不確実にさせたんだ。だからお前の攻撃は当たらない」

「まったくもって仕組みはわからぬが、これも光魔法なのじゃな。おぬし、何で独りで物理部なぞやっておるのだ。このレベルの魔力応用の知識の持ち主であれば認められてもよさそうであるのに」

「物理魔法は異端扱いだからな……俺のことを心底褒めてくれたのは、アルファくらいだ……だから、俺はお前を許さないんだ!!」

「都合の悪いことを思い出させてしまったかの……であれば氷乱舞アイス・ストーム


 数え切れない氷のつららが空中に現れると、上下左右からゴーレムを襲う。


「これならば、先ほどの技でもよけられまいっ!」

「くっ、逃げちゃだめだ、左手の法則フレミングっ!」


 イプシロンの詠唱により、ゴーレムの両手が回転し、空気の渦が形成された。さらにゴーレム自体も回転し、四方から迫るつららをその風の力で打ち落としてゆく。


 これには、エリザベートも開いた口が塞がらなかった。


「な、何じゃとー、今度は風魔法かっ!?」

「ゼエゼエ……何度も言わせるな、これも光魔法の応用だ。光から電気を発生させ、さらにその電気でゴーレムに風を起こさせるという、ただそれだけのことに過ぎん」

「凄いのう、これを使えば、いろいろなことに役立てられそうだのう」

「ハアハア……そうなんだ、魔力炉なんて無くても、光魔法も使えなくても、太陽の光さえあれば……」

「おぬし、もしや、アルファのために……」


 しまった、言うてしもうた。また、怒り出すかのう、とエリザベートは身構えたが、拍子抜けしたことに、ゴーレムに動きはなかった。


「ハア……考えてみると初めてかもしれないな……」

「……何がじゃ?」

「……お前だよ。こんなに俺の話を聞いてくれたやつは、アルファ以来かもな……」

「……」

「……俺もわかってるんだ。俺の苛立ちは、全て俺の力を認めてくれない世間に対してのもので、アルファへの思いと混同しちゃいけないってことは……アイツがお前のことを友達って言うんだからな」

「イプシロンよ、それであれば……」

「……でも、ここまで来ちまったんだ。決着はつけさせてくれ」


 この時、イプシロンのその言葉で、エリザベートは彼の全てを理解できた気がした。


「イプシロンよ……お前はとても純粋なやつじゃ。じゃが捕らわれてしまっておるのだな。よし、その幻想ワシが打ち砕いて解放してやろう!氷隕石落下メテオ・ストライク


 エリザベートの詠唱が完了するとともに、空間上方に大きな氷の塊が見えた。

 それは次第に速度を上げ、ゴーレムに向けて落下してくる。


「……な、なんという大きさだ……ええい」


 イプシロンはゴーレムをその氷の塊、隕石に向かって上昇させた。そして隕石にとりついた。


「……たかが、隕石ひとつ、エメスで押し返してやる」


 ゴーレム最大出力。しかし、隕石はその落下をやめない。


「……ま、まだだ、まだ終わらんよっ……相対性理論アインシュタインッ」


 その時、時間と空間が止まった。

 イプシロンは勝利を確信した。

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