第22話 インターステラースペース その3

「まさか、次の対戦相手が、アルファ、おぬしの兄とはのう……」

「エリザベート、ごめん……話をこじらせちゃったみたいで」

「それについては、おぬしの気にするところではない。しかし、兄妹で属性が異なるとは珍しいのう。兄の方は光属性とは」

「兄さんとは、血が繋がってないんだ……」


 それを聞いて、エリザベートは激しく狼狽した。


「何じゃとー……す、すまぬ、軽々しく話をなげることではなかったのだな」

「いいんだよ。私の両親、2人とも魔法技術者だったんだけど、昔あった魔力炉の爆発事故に巻き込まれちゃってさ……それで、当時家族ぐるみで付き合いのあった兄さんの家に引き取られたんだ」

「……」

「だから、兄さんそれもあって、私のこと……全く過保護だよね」


 いや、あれ、過保護といっていいのか?


 あの時は、怪我した妹を脱がしにかかっていたのじゃが……。


 エリザベートは、いろいろ言いたくなったが、兄を語るアルファの横顔が満更でもなさそうだったので、それはやめて勝負について考えることにした。


「しかし、物理部なんてあったのじゃな。ぶ、物理か……嫌な響きじゃのう」


 今回の、勝負の方法、指定されたフィールドは以下になる。


 勝負の方法:シュレディンガーの箱バトル

 場所   :箱の中


 今は、集合場所として指定された校庭で待機中。

 観客席も設えられてはおり、勝負の時間が近いこともあり、それなりに人が集まっている。


「これでは、全くわからぬ……リング的な箱の中でタコ殴りにされるのかの?それだけは勘弁じゃ、ワシか弱いし……」


 物理攻撃限定にされたりしてしまったら、今のこの体では一環の終わりである。ただでさえ、元々無属性物理攻撃に弱いのであるから。


「流石想像力豊かね、とべ……エリザベート。でも、そういうものではないのよ」

「ふむ?」

「物理というのはこの場合は自然の法則。兄さんが使うのは、その自然の法則を光属性によって制御し、自分に優位になるように状況を変えたり、相手を攻撃したりする魔法なの」

「難しいのう……まあ、魔法ならば何かしら手の打ちようはあるというものか……ところで、アルファよ」

「何?」

「隣で小さくなって泣いておるその兄をそろそろ許してやってはくれぬか……」


 エリザベートから、アルファを挟んだ向かい側の少し離れた場所で、イプシロンは小さく膝を抱えて座っていた。この一刻程はその膝に、顔を埋めて微動だにしていない。


 というのも、集合場所にやってきた際に、彼がまた、エリザベートに対してぶっ殺すだの過激な発言をするので、たまり兼ねたアルファが一言、彼に言ってしまったからだ。「兄さんなんて、大っ嫌い!」と。


「あの程度の罵倒は今までも他の勇者にさんざん言われてきたからのう。ワシは慣れておる。それで、おぬしたち兄妹の仲が悪くなるほうが嫌なのでな」

「……わかった……、兄さん、もう私怒ってないから」


 その声を聞いた途端、兄イプシロンはガバッと起き上がり、ツツツッとアルファの方に近づいてきた。


 そしてアルファに抱きつこうとしたが、予想していた彼女にスッと避けられて空を抱き、そのまま地面に伏した。


「あールファー」


 悲しそうな顔をして鳴き声をあげる。

 たまりかねたのか、校長が彼に手を差し伸べた。


「ありがとうございます、校長先生。取り乱してしまい誠に申し訳ありません」

「いや……何だか人事ひとごとに思えなくてね……わかるんだ、大切なものを、少しでも近くで愛でたい、そういうことなんだろう?」

「校長先生えええええええ……」


 イプシロンは校長の胸の中で泣きに泣いていた。


「校長 X 兄さん、ううん、兄さん X 校長。どちらでもいけそうね、両者とも顔はそこそこイケてるし、年齢差があるのも却っていいかも、とべ……エリザベート」


 アルファは既に、魔法の紙を取り出して魔法のペンで何かをせっせと書いている。


「お、お、おぬし……兄をも物語の素材とするのかっ!」

「言わなかった?物語世界インナーワールドは別腹よ」

「そ、そうか、存分に励むがよいぞ……」


 そんなこんなで時間が過ぎ、いよいよ対戦の時刻となった。


「ところでイプシロンよ。箱というのはどこにあるのじゃ?見たところ、何も無いが?」

「まあ、見ていろ」


 イプシロンは、お前と語ることは無いという体で、エリザベートを制すると、両手を前に突き出し、詠唱を始めた。


「……宙にあるものの配置は、力および時間より出でしものと掛け合わされる……」


 目の前の空間の一部が、蜃気楼のように揺蕩ってきた。

 彼が、詠唱を続けているうちに、それは、観客席の勇者達でも視認できるほどのサイズとなる。


「なんと、く、空間魔法かっ!」


 魔法には様々な種類がある。


 エリザベートの氷乱舞アイス・ストームや、ガンマの煉獄の炎よヘル・フレイムのように魔法を氷、炎等のエネルギーに変換して放つ魔法。


 デルタの蔦の拘束バインドのように、魔法で存在するものを制御し利用する魔法。


 ミューの約束された勝利の一撃アタックのように、魔法で自己の身体を強化する魔法。


 いずれも、魔力が発現するのは一瞬であったり、魔力を及ぼす範囲が自己の周りであったりと、何がしか限定されている。それは、通常、魔力には限りがあるからだ。


 一方、空間魔法とは文字通り空間に作用する魔法である。


 フィールドの属性を自分の優位に変えたりする場合等に使われるが、他の魔法に比べ、魔力の消費が大きい。


 エリザベートは、人間の勇者がこの手の魔法を使うのを、自分との最終決戦でも、数える程しか見たことがなかった。


 空間魔法を使えることだけでも、対戦相手であるイプシロンが、相当の実力の持ち主であると言える。「気をつけて、兄さん、アレでも魔法科学の天才だから……」とアルファが言っていたのを、彼女は思い出した。

 

「……ディラックは今2つに割かれる……出でよ、シュレディンガーの箱」


 詠唱が終わると、そこには、1つの角を頂点として、銀色に光る立方体が浮かんでいた。


「では、始めようか、『粒子にして波ド・ブロイ』の勇者イプシロン、デモンストラティオッ!」

「ふん、おぬしの空間楽しませてもらうぞ!『氷地獄マカハドマ』の勇者、エリザベート、ゆくぞ!」


 イプシロン、次いでエリザベートが立方体に突入していった。

 後には、校長とアルファ、そして観客席の勇者達が残される。


「こ、これはひょっとして……観戦不能なのではあああああ」


 叫ぶ校長。

 アルファは仕方なく、彼の肩をポンポン叩いてなぐさめるのだった。

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