第21話 インターステラースペース その2

「もう言い逃れできないわよ。私にはわかっちゃってるんだから」


 医務室のベッドの上、半身を起こした状態のアルファが、まるで犯人に対し、自白を迫る探偵のような言い方で、エリザベートに向かって言い放った。


 彼女が、エリザベートと2人にしてほしいと、シータ達に席を外させたのはもっけの幸いであったろうか。


「お前は、『永遠の魔王と7つの謎』に詳しすぎた。あのレベルの謎を一発で解けるなんて有り得ない。とくに最後のはノーヒントじゃ無理無理。完璧な初見殺し」

「う、うむぅ……」


 7つめの謎は悔し紛れだと、言ったつもりだったんじゃがのう。


 冷静に考えてみると、自分の作品がとても褒められているのではあるが、今はそれどころでは無いエリザベートは、うめき声のような頷きで彼女に返すしかなかった。


「つまり、お前は……」


 来た、ついにこの時が。


 緊張のあまり、エリザベートの背中を汗が伝う。


 言葉を遮ることに意味はないだろう。もう、わかってしまっているようだから。

 

 それにこの娘も、自分のことを友と言ってくれた。それだけでワシは笑って逝ける。今のこの体、校長ならば一撃で楽にしてくれるだろう。エリザベートは悲壮な覚悟を決めた。


「お前は……いえ、あなたは……あなた様が、戸部砂里絵とべ・さりえ先生だったとは!!!」

「へっ?」

「いやー、私、感激です。呪われた書の作者に直に会えるなんて!でも人が悪いですよ、先生。おかげで自分、作品だけじゃなく、現実でも泣かされちゃったじゃないですか」


 そこまで言われてエリザベートはようやく思い出した。


 そうだった、調子に乗っていた自分は、『永遠の魔王と7つの謎』を書き上げた際、ペンネームでこの書にサインしたのだ。どうせならと、人間界で殿堂入りした勇者や、王公にしか許されないという漢字を使って……。


「ひぃいいいいいいい」


 声にならない声。

 誰しも触れられたくない過去はある。見られたくないものはある。

 取り返しのつかないもの、すなわちそれを黒歴史と言う。


「でも嬉しかったなぁ。戸部砂里絵とべ・さりえ先生に友達扱いされて。もう私死んでもいいです」

「し、死ぬでない、あとその名前を連呼するでない!」

「わかってますよ。お互い、物語世界インナーワールドを心に持つ者同士じゃないですか。そう思って他の者には席を外させました。このお話はこの場限りと心得てます。秘密きんそく・じこうですよ。外に出たら、また、お前呼ばわりしちゃいますが、許してくださいね」

「そ、そうか、それは大儀であったぞ」

「そういえば、先生に、見られちゃいましたねえ、私の作品」

「……勇者アルの冒険か?ワシは好きじゃぞ、アレ」

「感動だなぁ。精進します」

「う、うむー」


 ともかく、自分の楽園は守られた。

 精神的に散々な目にあいつつも、エリザベートはそれを以てよしとするしかなかったのだった。


「先生、これからもご指導よろしくお願いいたします……あれ?誰だろ」


 コンコンと扉を叩く音がした。

 アルファは、エリザベートの了承を得ると、身支度を整え、「どうぞ」と答える。


 扉が開くと、そこには、短めの銀髪に、眼鏡をかけた男子生徒がいた。ひょろっとしたあまり肉付きの良くない体は、デルタと良い勝負をしそうである。

 何やら肩で息をしているのはなぜだろうか?


 エリザベートがそんなことを考えていると、彼は脇目も振らずに、すすっと、ベッドのアルファの近くに寄ってきた。


「大丈夫か?アルファ?!その、怪我とかしてないのか?」

「に、兄さん……大丈夫よ。まだ少し体全体痛むけど、打撲程度でどこにも傷はないから。すぐ治るって」

「いや、安心できない、ちょっと脱いで見せてみろ」

「やめてよ!もー、他の子だっているんだよ」


 妹、アルファに指摘され、ようやくヒョロ眼鏡は、エリザベートの存在に気がついたらしかった。

 どうやらこの男、妹以外はどうでもいいようだ。


「紹介するよ、兄さん。この子は、とべ……エリザベート」


 おいおい、アルファよ、気をつけいと言うておるのに……。


「エリザベート……お前か、うちの妹をこんな目に遭わせたってやつは!絶対に許さん!この『粒子にして波ド・ブロイ』の勇者イプシロンがバトルで地獄に送ってやる!」

「なんじゃとー!?」


 今回の、いつもの数倍めまぐるしい展開に、目を丸くするしかないエリザベートだった。

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