第20話 インターステラースペース その1
「あああ、やってしもうたなぁ……ワシ」
エリザベートは、校長室のソファの上で深いため息をついた。
彼女がその手にしているのは、『永遠の魔王と7つの謎』。
ただし、今や、この呪われた書は、ただ表紙のみの存在となっていた。呪いも、謎もない、只の古い厚紙に。
「後悔してらっしゃるのですか?」
校長は、あまりにため息を繰り返すエリザベートが、心配でたまらないらしかった。
「コレのことを言うておるのか?……それについては、全く無いとは言えぬな。思い入れはあったからの、この書には。この世に一冊しかないものであるしな」
「……」
「じゃが、ワシが今自分を責めておるのはそのことではない。此度の一件で、流石にこの書の中で行動をともにしたアルファには気づかれてしまったのではないかとな。どうやら調子にのってやり過ぎてしまったようじゃわい。あの時はやむを得んかったとはいえ……」
「な、何と……」
「よいか、もしあやつが気づいたようであれば、
これは、先ほどから何度もため息をつきながら、エリザベートが考えに考えたあげくの、覚悟の一言であった。
「エリザベート……」
校長は、勇者
丁度そこに、扉を開けてシータが入ってきた。
そして、告げる。
「エリィ、アルファが気がついたってっ!」
「私……このままここで死んじゃうのかな……」
エリザベートの手を振りほどいたアルファは、永久の闇の中、深い暗い闇の底に向けて、落ち続けていた。
「……やっぱり私は永遠にひとりボッチなんだ……『ボッチの楽園へようこそ』、アハハハ」
「ええい、ワシの台詞を取るでない、嫌がらせにも程があるぞっ!アルファよっ!!」
「ええっ?!」
声のした方向を見る。
ブロンドの髪を左右それぞれで結んだ、自分と同じ小柄な少女が、両腕を組んだ姿勢でそこにいた……。
「何でっ?お前、この書から脱出したんじゃ!?」
「言ったであろう。ボッチ仲間のお前がおらぬと寂しい、とな」
「だから、お前はボッチじゃないだろう!友達と楽しそうにできるやつは、ボッチじゃない!!」
アルファの拒絶の意思は固かった。
エリザベートはそれに負けまいと、唇を噛みしめて続ける。
「その理屈で言うとな、アルファよ。おぬしもボッチではないぞ」
「えっ!?」
「おぬしはどう思っておるか知らぬが、ワシはおぬしのことを、シータやガンマ、デルタにミュー、あやつらと同じに思うておるからの」
「……」
「あやつらがワシの友達であるなら、おぬしも、もうワシの友達じゃよ!あ……す、少なくともワシはそう考えておる……」
このどこまでも落ちて行く闇の中で、2人しかいない空間で、それでもエリザベートがこの一言を言うのには、とても勇気が必要だった。最後の一言には彼女の照れが滲んでいる。
「……」
「い、嫌なのか……?」
無言のまま、エリザベートを見つめるアルファ。
エリザベートにはその一瞬が永遠のように思われた。
しかし、実は、アルファの側では、拒絶していたのでも、無反応だったのでもなかった。ここに至って、彼女の中でも様々な思いが錯綜していたのだ。
友達……私が?
どうせ口で言ってるだけだよ、リア充が私をあざ笑いにきたのよ
でも、それだったらこんなところまで、来る……かな?
そうだよ……この子は……
アルファは、何か障害となるものをかき消すかのように、首を振り払い、精一杯の声で叫んだ!
「そんなわけないじゃない!」
「アルファ……」
「……私だけじゃ、なかったんだ……友達だって思ってたの……」
アルファはそれだけ言うと、エリザベートに抱きついてきた。
そして、エリザベートの胸に顔を埋める彼女の2つの目から涙がこぼれ落ちる。
「あ、あるふぁ……」
アルファは、大事なものを二度と離すものかというように、強く、強く両腕に力を込めてくる。エリザベートは慣れぬ状況に動揺を隠せなかった。
考えてみると、女の子に胸で泣かれるという体験はこの学園に来て以来彼女にはなかった。もちろん魔王の時だってそうである。
どうしていいかわからず、エリザベートは仕方なく、いつもシータが自分にしてくれるように、優しくその黒髪を撫でた。
「……で、でも、いいの?……このままじゃ私たち2人とも……」
「も、もちろん一緒に帰るぞ。そのためにおぬしを追ってきたのだからな」
「えっ?帰れるの?元の世界に?」
「簡単じゃ。この書を、この空間ごと壊してしまえばよい」
「く、空間ごと?でも、どうやってやるの?私の闇魔法も、お前の氷魔法も、空間を破壊するなんてことできないよ」
「おぬし、
「も、もちろん使えるけど……」
しかし、それゆえに、この魔法を使うにはハイレベルな闇魔法スキルが要求される。アルファは、さらりと、もちろん使える、と言ったが、それは彼女の魔道士としての優秀さを示していると言える。
「よし、では、
「でも、それじゃあ、お前はどうするのよ?」
自分の身は守れるが、他人の身は守れない。
アルファが訴えているのはそのことだ。
「おぬしに心配されるとはのう……安心せい、ワシの体は、おぬしら人間のようにヤワな作りはしておらぬ。」
不敵な笑みを浮かべ、アルファの髪をもう一度だけ撫でると、エリザベートは彼女をトンと突き放した。
「待って……どうしてお前は、呪われた書のことをこんなに知っているんだ?さっきだって、迷うことなく全て謎を看破していたし」
その一言で、格好よく事を進めていたエリザベートの動きが止まる。
しもうた、何だかワシ、気づかんうちに、やり過ぎてしまったのか?
こ、こうなっては仕方ない、アルファのやつの教養を信じて、ワシの好きじゃったあの作品の台詞で誤魔化すしかないわい。
「……それは
「この状況で何言ってるのよ……まあ、いいわ、戻れたら、その時教えて」
アルファは、やや困惑気味ながらも、先ほどからのエリザベートの口調に何とも言えない説得力は感じていたらしく、言われるままに
エリザベートは、それを確認すると、両手を上に掲げた。
「広がれ、
彼女の手から、銀色の粉が噴水のように湧き出し、空中に舞う。
次から次へと。
その量は時間と共に多くなり……空間は瞬く間に埋め尽くされた。
彼女は、四方を確認して、
「やれやれ、駄作とはいえ、自分の作品を手にかけるというのは忍びないのぅ」
「えっ?何か言った?エリザベート」
「何も言うておらんよ。では始めるゆえ、心せい……今こそ、炸裂せよ、
周囲が一瞬にして閃光に包まれた。
その衝撃は、闇の衣の中にいるアルファにもわかるほどだった……。
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