第14話 キリいいから、部活やめるってよ その2

「どういう風の吹き回しなの、エリィ?」

「風の吹き回し、とは?」

「デルタの時は、『何にもせずに同好会室で大人しくしておるべきなのかもしれぬな』って言ってたのに」

「ああ、そのことか。おぬしやデルタのときのように、先に出会ってから対戦相手と知るのはどうにも気まずいからの。もう先に宣戦布告しておこうと思ったのじゃよ」

「そんなこと誰も気にしないのに」

「ワシが気になるからよ」

「もー真面目だなぁ、君は」

「しかし、やっかいだのう、今回の相手は……まさか、帰宅部とはの」


 帰宅部とは、そう、帰宅部である。

 いや、これでは説明になっていない。

 正確に言えば、授業が終わったら、帰る部である。

 つまり、中身の無いものは説明しようがないということ。


 その説明を校長から受けた時、「何でそんな部が部屋を必要とするのじゃああああ」とエリザベートが叫んだのにも無理はない。


 かくして、宣戦布告と、その真意の確認のために、エリザベートはシータを引き連れて、対戦相手であるというミューのクラスへ向かったのであったが……。


「何と……もう帰ったじゃと?!」

「あの子、いつも授業が終わるとすぐ帰っちゃうよ。」

「そんなに早く帰って何をしておるのじゃ」

「うーん、今の時間なら……」


 彼女のクラスメート数名から心あたりを聞き出した2人は、校長に外出の許可を得ると、学園の外に出たのだった。


 向かうは、聖地の街セイント・ヴィル。


「考えてみると、学園を出るのは初めてじゃな」

「箱入りエリィか……ねぇ、抱っこしてもいい?」

「だめじゃ!」


 エリザベートは危険な提案を拒否すると、少し距離をとった。

 シータはとても残念そうな顔をしている。


「まったく、おぬしはワシが心を許せる数少ない人間だというのに」

「えへへ。あ、見えてきたよ、街の入り口」


 セイント・ヴィルは、歴史の長い街である。


 まだ、学園のある聖地がラストダンジョンであった頃に、冒険者達が最後の戦いに挑む街として機能していたという。


 その頃には、お店では、購入可能な最高の武器・防具、なぜか1個しか持たせてもらえない生き返りのアイテム、等が取り扱われ、街の片隅には、ラストダンジョンで倒れた場合の出戻り用セーブポイントもあったらしいが、今は平和そのものであるため、その代わりに、学園の生徒向けの衣類、小物、書籍などの品揃えが充実した店の並ぶ、所謂学生の街といった様相を呈している。


「あー聖地まんじゅう。あれ美味しいんだよ。食べようよ、エリィ」

「これこれ、シータ。遊びに来たのでは無いのだぞ」

「えー、君とっても興味ありそうな顔してるのに」


 エリザベートは、さっきからキョロキョロと周りを忙しく追っていたのをシータに指摘された。


「これまで、ずっと、学園の中におったのじゃ。し、しかたないであろう」

「はいはい、じゃあこれ食べる食べる」


 シータが、差し出したのは、団子のように数個のおまんじゅうが串に刺してある食べ物だった。

 茶色く良く焼けている表面には、焦げ目があり、できたての香りを漂わせている。


「こ、これは美味しいの。美味しいのっ!」

「あーもう全部食べちゃったの?」

「もう一本!」


 お店の主人は、エリザベートの良いたべっぷりに、サービスだと言ってもう1本焼いてくれた。


「いやー、これほどのものは人界、魔界広しといえども、なかなか無いぞ。熱々で濃厚な秘伝の味噌ダレの前には、魔王とて降伏するしかないわ」

「ハハッ、お嬢ちゃん。まるで魔界の王様みたいなこと言うねえ。ありがとよっ」

「みたいな、ではなく、ワシこそ正真正銘のま……」

「正真正銘の……何?」


 突然シータに割り込まれて、自分の迂闊な発言にようやくエリザベートは気づく。


 どうすればいい?


 何を言えば取り繕えるのか?


 と、いつもどおり悩んだ彼女は、いつもどおりに何も思いつかず、いつもどおりに浮かんだ言葉をそのまま言うしか無かった。


「ま……魔導同好会の会長じゃ!!」

「……エリィ、ここまで盛り上がったんだから、魔王少女、プリンセス・エリィとかでも良かったのよ」

「何をワシに期待しておるのだ、おぬしはーーー!……むっ?」


 エリザベートの上に急に、影がさした。

 そして、バサッという音がすると、その音の主は2人の目の前に降り立った。空から。


「翼人族かっ?!」


 背中から垣間見えている白い翼はとても優雅だった。

 彼女の首元で短く切りそろえられた緑色の髪と、健康的な褐色の肌色は、その翼と良いコントラストを成していた。


「驚かせちゃったかい?ごめんよ」


 目を丸くしている2人に、合掌して謝ると、彼女はまんじゅう屋の主人のほうに向かって言った。


「親方、今日の配達全て終わりました」

「早いねー。いつも助かるよ。ほら、今日のバイト代」

「ありがとうございます。では、失礼します」


 彼女は、主人に頭を下げると、呆然としている2人に軽く会釈して通りのほうへ歩き出した。


「あやつは……?」

「ウチは、焼きたて聖地まんじゅうのデリバリーもやっててね。あの子に配達のバイトをしてもらってるんだ。冷めちゃうと美味しくなくなるからな。スピーディに届けてもらえるから、本当ありがたいよ」

「エリィ……」

「そうじゃな、追いかけるぞっ」


 2人は主人に礼を言うと、緑髪の彼女が歩いていった方向に急いだ。


「むー、どっちにいったのじゃ?」

「あ、あの子じゃないかな?」


 シータの指さす先に彼女はいた。

 勢いよく飛びだそうとするエリザベート。


 しかし、後方から、彼女の首根っこがシータによってつかまれた。


「何をするのじゃ、シータ!」

「待って、エリィ。あれを見て」


 よく見ると、緑髪の彼女は、大きな荷物を抱えている老婆と何か話をしているようだった。そして、何度か頷くと、彼女は荷物を背負い、老婆を両手に抱えて、その翼を広げた。


「ついてゆくぞ。遅れるな、シータよ」


 2人は、飛び去る彼女を追いかけた。



「ハアッ、ハアッ、ようやく追いついたぞ」

「アタシ、もう、走れない」


 目的である緑髪の彼女を目の前にして、2人はもう倒れる寸前だった。

 体育会系のシータを以てしても、空をゆくものを地上にて追跡することは、体力の大半を奪われる程の労力を要するものだった。


「あなたたち、お店にいたよね?私に何か用でもあるのかい?」

「おぬしは、『暴風ルドラ』の勇者、ミューじゃな」

「そうだよ」

「わ、ワシがおぬしの明日の対戦相手、『氷地獄マカハドマ』の勇者、エリザベートじゃ……シータ、後は頼んだぞ……」


 力を振り絞り、そこまで言うと、エリザベートはパタリとその場に倒れた。

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