第13話 キリいいから、部活やめるってよ その1

「エリザベート、私の苦労も少しは考えてください」


 校長は、珍しく切実にエリザベートに訴えた。


緒芽我オメガ、おぬしは校長であろう?これも教育者としての役目ではないのか?」

「そうはおっしゃいますが、今回の件は、使い魔が2度にわたり消滅させられ、戦いの様子が全く見えぬまま、デルタの敗北宣言で終了という異例なものでしたから、各関係筋を納得させるのは、なかなか大変だったのです」

「そうか、それは大儀であったな」

「他の場所でしたらともかく、あの洞窟は本来禁断の地ですから。ここが聖地である由縁ともあって、教師達からも『かの魔王が復活したらどうするのか』と突き合わせを食らいました」


 実はこの学園が存在する聖地は、1万年ほど前の魔王軍と勇者達との最終決戦の場、所謂ラストダンジョンの跡地にあって、2度と魔が復活せぬようにとの願いを込めて設けられた封印の場所なのであった。


「ここにその魔王がおるのにのう……まあ、懐かしい場所ではあったな。久しぶりであったから、勝手が違うのではと心配じゃったが、あの時と変わらず隠し通路が使えたのは助かったぞ。しばらく散策させてもろうたわ。おぬしの尽力、無駄ではない」

「いえ、私の申し上げたいことは、そうでは無く。あまり派手な動きをされますと、どこからか貴方の正体が漏れてしまう可能性があります。どうか自重いただけますよう……」


 校長は、自身の労苦を訴えたかったのでは無く、自分を心配していたのだと、この時ようやく、エリザベートは気がついた。


「仕方なかったのじゃ。デルタのやつめにアレをくれてやらねばならんかったからのう。アレを学園の他の者に見られてしまっては、きっとそれこそ大事おおごとになるに違いないのじゃ」

「まったく、貴方という方は……やはり、私の送った2度目の使い魔を消滅させたのは、貴方だったのですね」


 エリザベートは、校長の指摘に、ニヤリと笑って返した。




 あの時、冥界の花アスフォデロスを目の前にして、デルタは喜びを隠しきれないでいた。


「そうです。これこそ、僕が探し求めていたものです。これで、僕の故郷を救えるかもしれない……」

「むしったり、微塵にしたり、多少荒く扱っても、気がつくと元に戻っておるからの。それこそ、普通の生態系であれば、この花のために崩れてしまうこともあろうが、砂漠なればそれも問題あるまい。名前から呪いを受けておるような印象もあろうが、ただ冥界に咲いておっただけで、普通の花じゃ。食用にもなるぞ」

「なるほどなるほど、それは素晴らしいです。……」


 それまで、目を輝かせて、エリザベートの話を聞きながら、メモしていたデルタが突然口ごもった。


「ん?どうしたデルタよ」

「……エリザベートさん。あなたは何者なんですか?冥界の花アスフォデロスは伝説の植物。そこまで詳しく書いてある書物は見たことがありません」


 しまった、調子にのって話し過ぎたか……。

 エリザベートは激しく後悔した。


 正体がバレたとあっては、やむを得ない。

 この洞窟であれば、行方不明を装って始末することも不可能ではない……。


 しかし、エリザベートは、どうしてもその選択肢を選ぶことができなかった。

 というか、そんな選択肢を選べる彼女であったなら、最初から、こんなことはしていない。

 

「……」

「自分からは言えないんですね……では僕から言いましょうか?」

「な、何じゃと!?」


 エリザベートは激しく動揺した。

 デルタの唇から次に紡がれる言葉を彼女はとても恐れた。

 恐れたのだが……。

 

「ゲテモノ植物マニアですね」

「は?」

「ですから、エリザベートさんはこういう変わった植物を愛でるマニアなんですよね」


 何を言っているのかまったく理解できなかったが、デルタの目が本気であることはエリザベートにはわかった。


 彼は、そんなエリザベートの両肩に手をかけて続ける。


「参りました!」

「ぬお!?」

「上には上がいるということ。自分独りでは限界があるということ。それを教えてくださろうとしていたんですよね。エリザベートさんは!」

「う、うむ」

「ありがとうございます!」


 言いたいことはどうやら伝わったようだ。もう何でも良い、とエリザベートは思わざるを得なかった。


 興奮のあまりか、デルタが彼女の肩を揺さぶりすぎるので、頭はぐるぐる。もう限界であった。




「エリィ。上手くいったよ」


 校長室の扉を開けてシータが飛び込んできた。


「デルタも、同好会室戦争パラダイス・ウォーが終わったら、魔導同好会入ってくれるって」

「そうか、それはよかった。感謝するぞ、シータ。ガンマにも苦労かけたの」


 いつもどおり校長に入れさせた紅茶のカップを手に、エリザベートがシータとガンマを労った。


「でも珍しいね、エリィから直接じゃなくて、ガンマから誘わせるなんて」

「同じ夢を持つもの同士のほうが、賛同を得やすいのではないかと思っての」

「おや、先ほど、彼のことは苦手だとおっしゃっていませんでしたか?」


 校長の横やりに、エリザベートのカップが揺れた。


 洞窟での、あの時のようにまたされたら、たまったものでは無いというのが一番の動機であることを隠して、格好つけていたのが事実であった。流石というか、校長の目は誤魔化せなかったらしい。


「どういうこと?」

「な、何でもないぞっ!それよりも次の対戦相手から、勝負の方法とフィールドの指定があったのではなかったのか!緒芽我オメガよ」


 校長に対し、余計なことを言うでは無いと、目で訴えながら、この時もエリザベートはシータの注意をそらすのに必死だった。


「そうでした。こちらです」


 水晶球にはこう出ていた。


 対戦相手 :『暴風ルドラ』の勇者 ミュー

 勝負の方法:ボールバトル

 場所   :体育館

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