第12話 ユアビューティフルガーデン その4

洞窟ダンジョンバトルとは考えたではないか、デルタよ」


 勝負の場所に指定された洞窟ダンジョンの前で、エリザベートはさも感心した様子でデルタに言った。


 今回は場所の都合上、ここに観客席はない。

 この洞窟ダンジョンは聖地の中にこそあれ、普段は立ち入りが許されないという危険な場所なのだから。


 代わりに、使い魔が2体彼女達の上を飛び交っている。

 2人の戦いの像は、使い魔によって学園内の鏡や水晶球に伝えられ、観戦できるようになっているのだ。


「お褒めに預かり光栄です、って言いたいとこですが、エリザベートさんの属性は氷でしょ。僕の大地とは相性が悪い。だから少しでもこっちに有利にするため、必死なんです」


 大地の属性とは、土と草木の属性である。

 必然的に、氷の属性に弱い。しかも、エリザベートは群を抜く上級の力を持つ魔道士である。そのままぶつかればひとたまりも無い。


 しかし、洞窟ダンジョンでは勝手が違う。威力の高い魔法であっても、洞窟の壁で躱すことが可能だろうし、洞窟の中の無数の植物を上手く使って立ち回れば、一矢どころか何矢もむくいることが出来るだろう。洞窟とは、大地属性そのものであり、属性有利な場所なのだ。


「ああ、そうじゃ、昨日のことじゃが……」

「わかっています、偵察とかじゃないってことは」

「そうか、言うまでもなかったかの」

「お互いわだかまりを残しては、戦いづらいですから、気にしないでください」

「おぬしのそれは……口癖なのか?」

「何のことでしょう?」

「『気にしないでください』……だと、ワシはおぬしが気になって仕方がないぞっ!」

「エリザベートさん……?」

「……ワシはどうしてもおぬしに言いたいことがある。伝えねばならぬことがある。じゃから、ワシはおぬしに勝つ!」

「それは、今ではだめなのですか?」

「ガンマやおぬしのような、夢に一途な輩は、素直に言うことを聞くとは思えんからのぅ。叩きのめしてから説教してやるわい!」

「怖いですよ……では、そろそろ始めますか!『植物の精霊アムルタート』の勇者、デルタ、参ります!」

「『氷地獄マカハドマ』の勇者、エリザベート、ゆくぞ!」


 デルタは、戦いの宣言を行うと洞窟に飛び込んだ。

 エリザベートもそれを追い、洞窟の中に入る。

 用心して、周りを確認した彼女であったが、意外なことに、デルタはその目の前で彼女を待っていた。


「ほう、ワシの魔法が恐ろしくはないのか?」

「どうでしょうね」

「では容赦はせぬぞ!アイ……ふぐぐぐぐ」


 エリザベートが魔法を唱えようとした瞬間。周囲のツタが一斉に彼女に絡みついてきた。呪文を唱える間も無く、口を塞がれ、両手、両足に巻き付いたツタにより自由が奪われる。


蔦の拘束バインド……ごめんね、エリザベートさん。しばらく大人しくしててください。そのツタ、動けば動くほど絡みますから、動かないことをお勧めします……おっと、こっちもか」


 彼がパチンと指で音を立てると、さらに別のツタが2体の使い魔を攻撃し、2体とも消し去った。


「これで良し」


 それだけ言うと、拘束されたままのエリザベートを残して、彼は洞窟ダンジョンの奥へと姿を消した。




「ちょっと、校長先生、これ、どういうこと?」


 洞窟ダンジョンに入った直後、急に水晶球から映し出される映像が途切れた。

 言うまでも無く、デルタの奇襲によって使い魔が消滅させられたからだが、そんなことはシータ達観客には分かる由も無い。


「何が起きたにせよ、エリザベートであれば大丈夫だとは思いますが……そうですね、別の使い魔を準備しましょう」

「急いでください!」

「……」


 校長が無言でシータの方を向いた。


「何です?」

「いえ、あのエリザベートに本当の意味で友達が出来たのだなぁと」

「今更ですね」

「彼女は、ずっと、独りきりでしたからね。尊大な態度で、むっと来ることもあるかもしれませんが、大事にしてあげてください」

「と、当然じゃないですか!」

「……そうか、彼女はシータやガンマのような友達を得て、わかったのかもしれませんね。それをデルタに教えてあげたいのでしょう」


 謎かけのような言葉を紡ぐと、彼はそのまま使い魔の準備に取りかかった。




「うーん、ここになら、あるんじゃないかと思ったんだけどな……」


 洞窟ダンジョンの奥で、デルタは焦っていた。


 属性有利な場所なだけに、彼の探索のスピードは、遅いものではない。しかし、彼の欲するものは未だに見つかっていなかった。


 入り口でエリザベートを拘束してから既に一時間ほど経過している。そろそろ代わりの使い魔がやってきて、彼の目的がバレてしまうかもしれない。そうすれば、良くて勝負中止、悪くて退学の可能性すらあリ得る。


「後は、ここぐらいか……」


 再奥にある扉を彼は開けた。

 学園の体育館程の広さの空間がそこには広がっていた……そして。


「……むっ?!」

「遅かったのぅ、デルタ」


 聞いたことのある声、口調が広間いっぱいに響く。

 空間の真ん中にその人物はいた。

 デルタの方を見て、クックックッと笑いながら……。

 彼は自分の目が信じられなかった。


 ……前置きは長くなってしまったが、そのとおり、そこにいたのはエリザベートだった。


「そ、そんなっ!」

「意外であったのは、蔦の拘束バインドを解いたことか?ここにおることか?」

「……」

「両方か。面倒じゃが、これもラスボスの務め。答えてやろう。ツタについては、かみ切ってやった。おぬし優しいのう。口の周りを覆っておったツタは、とても柔らかいものじゃった。ワシを傷つけぬためであったのだろうが、おかげで噛みちぎり易く、とても美味しくいただけたぞ。口が自由になれば、後は氷の魔法でちょちょいのちょい、というわけじゃ。これでは種あかしにもならんかな」

「……」

「それからは、おぬしの後をつけたのだが、どうせなら驚かせようと思っての、最後にはここに来るじゃろうと思って先周りしておったのだ。この洞窟にはいささか馴染みがあっての」

「……」

「どうした?驚きで声も出ぬのか?」

「……僕を、どうするつもりですか?」

「どうする、じゃと?別に校長に突き出したりはせぬよ。ただ、ワシはお前に勝利せねばならんのでな、こうさせてもらうっ!氷結地獄マカハドマッ!」


 彼女がその両手を右と左に突き出して唱えたその呪文は、広間内を一気に凍結させた。先ほどまで木々生い茂り、ツタの絡んでいた薄暗い場所は、今や全て白銀の世界となっている。


 「やられる!」と思ったデルタは、とっさに身構えたが、自分の体に氷の魔法の効果が及んでいないことに気がつき、目を開けた。


「あれ?ど、どうして……?」

「ガンマもそうであったが、集中しすぎるというのは考えものじゃ。かえって周りが見えんこともある。おぬしは博識ではあるが、知恵が多すぎても、自分独りでは限界があるというものよ。この洞窟に生い茂る草木のようにのっ」


 彼女がパチンと指をならすと、一面を覆っていた氷が瞬く間に消える。残されたのは、氷結によって生気を失った木々……。


「あちらを見よ」


 呆然とするデルタに優しくエリザベートは指をさして示した。

 その指の先には、他の草木と異なり、勢いを失わないで咲き誇る花があった。


「こ、これは……」

冥界の花アスフォデロスじゃ。どのような環境でも枯れることのない不死身の花よ。おぬしが探しておったのはこれであろう。まだ残っておったのは好都合であったな」

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