第11話 ユアビューティフルガーデン その3

「……」

「エリィ……」

「……」

「エリィ機嫌直してよ、ねっ」


 エリザベートのふくれっ面にさらに磨きがかかっている。

 シータは彼女をなだめるのに一生懸命だった。


「ワシは食べ物ではないぞ!どちらかといえば、食べるほうじゃぞ!!」

「私がこの手を離していなければ……ごめんね、ごめんね」

「この後に及んで格好いい台詞を言うでない!……いや、元はといえば、おぬしがワシを抱っこなどするから……しかし、何で入り口に食人植物など置いておるのじゃ!一番の問題はおぬしじゃぞ、デルタよ!!」


 デルタと呼ばれた青年は、その茶色の髪をかきむしり、困った顔をしながら、それに応じた。彼はガンマの友人とのことであるが、どちらかというとマッチョであるガンマに対し、こちらは線の細い外見をしている。


「申し訳ありません。大きさ的にインパクトがあるから置いていたんですが、まさか人を襲うだなんて」

「言い訳するでない!現にワシは食われておるではないか!!」


 借りたタオルで拭いてはみたが、ベトベトする現状には変わりが無く、全身にまとわりつく気持ち悪さにエリザベートは心底苛立っていた。


 森から出たあの一瞬を彼女は忘れない。


 目の前にそそり立つ、彼女の身長の何倍もある大きな花。

 それがくいっと彼女の方を向くと、そのまま覆い被さってきたのだったから……。


 抵抗する余裕など無く、その花弁に包まれるままとなり、悲鳴を聞きつけて駆けつけたシータによる救出が、もう少し遅ければ、と考えるだに恐ろしい。


 今は、園芸部の区画の脇にしつらえられたテーブルに座らされ、2人に介抱されているのだった。


「でも、あれは、人を食べるはずがない植物なんですよ……主に魔物を食らう植物で。聖なる祝福を受けている勇者であればなおさら……」

「……」


 しまった、とエリザベートは独りごちた。


 今日はどうも何かにつけてミスが多い。

 けしてバレてはならぬ身であるというのに。


 悟られぬように、不満気な顔を崩さないまま、彼女はシータの方を伺った……。


「仕方ないよ、こんなに可愛いんだから。アタシが植物でも襲っちゃう襲っちゃう」

「シータよ……」


 彼女の発言のおかげで助かりはしたが、納得のいかないエリザベートだった。


「もうよい、早く帰って湯浴みでもしたい。ガンマの依頼したスパイスの原料とやらを早うよこせ」

「おっと、そうでした。こちらにあります」


 デルタは、脇の小箱から、袋をいくつか取り出してテーブルの上に置いていく。


「これが馬芹うまぜりの種で、こっちがウコンの根。ニッケイの樹皮に……」

「たくさんあるのぅ」

「ほんとだね」


 エリザベートは、いつの間にかそれまでの経緯はすっかり忘れ、次々と出てくるスパイスの原料に心奪われた。これは何だ、どうするものなのだと、デルタに質問する。

 デルタはそれに対し、どのような植物であるのか、何に使われるものなのかを的確に答えるのだった。


「何でも知っておるのだな、おぬしは」

「何でもというわけではありませんが、どうしてもかなえたい夢がありますから、植物の勉強には一切手を抜いていません」

「夢、とな?」


 ガンマもそうだった。

 料理人という夢に向けて努力していた。

 同じ、夢を持つもの同士、似たもの同士であるから、デルタはこうしてガンマに協力しているのだろうか?


「僕の故郷は、今やその全てが砂漠に覆われようとしています。何とかしてそれを止めたいんです」

「砂漠?」

「元々は、神の祝福を受けた、緑生い茂る、水も豊かな地であったと聞いています……それで満足していればよかったのですが、神への感謝を忘れたのか、僕の祖先は、人の手で、より多くの作物を得ようとしてしまった。確かに一時的には成功しました。しかし、代償として土地の魔力の枯渇が起こり、そして、いつしか芳醇であった地は、草木を失った、呪われた砂漠へと、変わってしまったのです……」

「なんと……」

「魔力の失われた土地でも育つ、強い植物を探しているのですが、なかなか……もう残された時間は多くありません」


 エリザベートとシータは、何と言ったものかわからないもの同士、互いに顔を見合わせた。


 慰める?いや、彼のこの状況にかける言葉などありはしない。それは彼に対する侮辱というものだろう。

 応援する?これだけの知識を持つものが、無力を感じているというのに?それは無責任ではないか。


 デルタは、どうやら2人のそんな心境に気がついたらしかった。


「暗い話を聞かせてしまいましたね。気にしないでください、僕は諦めてなどいませんから。諦めない限り、きっと見つかるはずです。そのために、僕はこの学園に来たんです」


 デルタは精一杯の笑顔を見せていた。

 


「何とかしてやりたいのぅ」


 学園農場からの帰り道、エリザベートが無念そうにつぶやく。


「ほんとだね……でも、いくら勇者でも、土地の魔力を蘇らせるのは、難しいかな……エリィも知ってるとは思うけど、それはどちらかというと聖者の奇跡の領域なんだよね」

「デルタは、独りでその聖者になろうとしておるのかもの」

「……」


 シータは口ごもった。


 エリザベートは、彼女の言い方が悪いのでは無い、と言おうとしたが……それは、突然あの指輪が発した激しい点滅によって遮られた。


「何じゃ、緒芽我オメガよ。毎度のことながら、無粋にも程があるぞ」

「申し訳ありません。次の対戦相手からの勝負の方法とフィールドの指定がありましたので」

「であろうな、して、どのような内容じゃ」

「は、はい、それは……」


 ガンマの説明を聞いて、エリザベートはため息をついた。

 横では、シータが心配そうな顔をしている。


「因果なものよの。やっぱりワシは、何にもせずに同好会室パラダイスで大人しくしておるべきなのかもしれぬな」

「エリィ……」

「それでもワシは全力で戦う。そうでなくてはアヤツの決意に失礼じゃからな」


 事情を知らない校長は、淡々と言った。


 相手は、『植物の精霊アムルタート』の勇者、デルタ。

 勝負の方法は、洞窟ダンジョンバトルであると。

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