第10話 ユアビューティフルガーデン その2

「園芸部?この学園にそんなものがあったんじゃな」

「うん、元々部活なんだけど、今は人数が減っちゃって、同好会扱いなんだって」

「ふむ……」


 エリザベートは、シータと並んで歩いていた。


 園芸部は、普段は、学園に併設されている学園農場で活動しているという。今は校舎を出て、そこへ向かう途上である。


「まあ、しかし、そうか。か弱い人間どもは、回復魔法に通じておらぬ限り、薬草やら毒消し草やら、それらのエキスを調合したポーションやらが無ければ、あっという間にHPが0になるからのう……育てる施設は必要じゃな」

「またまた大げさねエリィ。君はそのか弱い人間の中でも、さらにか弱そうなんだけど」


 エリザベートは素で自分が普通の人間を装っていることを忘れていた。シータからのツッコミに彼女は狼狽する。


「そ、そうであった。そうであるぞ!」

「そういえば、この前ガンマの試作スープを飲むときも、聖なる祝福を受けた素材じんこうちょうみりょうとか気にしてたわね」

「や、薬草や、じ、聖なる祝福を受けた素材じんこうちょうみりょうは苦いから、嫌いなのじゃ!!」


 意外にするどいシータのツッコミ!エリザベートは、それに対し、とてつもなく苦しい言い訳をするしか無かった。


 そのせいだろうか?


 シータは立ち止まると、じぃっとエリザベートを見つめてきた。


「な、なんじゃ」

「……」

「し、シータ……?」


 2人の間に流れる静寂。


 エリザベートは、この時程自分の不用意な発言に後悔したことは無かった。


 シータとの友達関係はこれで終了してしまうのか?


 いや、自分の正体がバレるということは、それだけで無く学園生活の終わりをも意味する。


 そのときは、シータとも戦わねばならないのだろう……。


 ……そこまで想像し、さしもの彼女の背中にも汗が流れた。


 しかし、その静寂は意外な形で破られたのだ。


「あーもう可愛いなぁ、君は!」

 

 その言葉が発せられた次の瞬間、ごしごし、と表現しても不足の無い強さで頭を撫でられた。

 とっさのことで、動くことができず、アワアワしているうちに、今度は抱きしめられ、頬ずりされている。

 その状態で持ち上げられてしまっては、可能な最後の抵抗として、足をパタパタさせることぐらいしかできなかった。


「し、しーたぁ?」

「エリィちゃんは、苦い物が駄目でちゅかーヨシヨシ」


 エリザベートは、先ほどの一言が、シータの的を射たのだということにようやく気がついた。


「は、はなせ……はなさんかっ!」

「アハハハ、ごめんごめん。つい我慢できなくなっちゃった。エリィ、それは反則だよ」


 ようやく、シータの拘束を解かれたエリザベートは、自分が泣きべそをかいていたのに気がついた。


「まったく……こんなことをされたのは……校長以来じゃ……ぐすん」

「えーっ、校長に?!」


 またもや失言。

 混乱の極みに達したエリザベートは、どうしていいか全く分からなくなり、もはや、グズっていることしかできなかった……。


 選択肢の無いことによる結果であったが、これも正解だったようだ。


「……こんなに可愛いから仕方ないか。女子であるアタシですら我慢できなかったし」


 シータの名誉のために補足すると、彼女の抱いた感情はどちらかというと母性に近いものであり、校長の抱く、やや夜の闇の色が混じったそれとは異なるものである。

 もっとも、被害者であるエリザベートにしてみれば、結果として、どちらも変わらないのではあるが……。


「仕方なくはないぞっ!……ぐすん」

「そうだね、男には気をつけないとだぞ、君」

「フォローになっておらんわい!」


 最悪の事態は避けられたものの、元魔王としては不本意な状況であることには変わりなく、エリザベートは仏頂面せざるを得ない。

 そんな彼女を、シータはまた抱きかかえると、可愛いと言ってなでまくる。もはや遠慮は無いようだった。

 その魔の手からするりと抜けて、走り出す。また、捕まる。

 何度繰り返しただろうか、気がつくと、学園農場にたどり着いていた。


「ハアッ、ハアッ……ここまで来るのにこんなに疲弊するとは思わんかったわい」

「ごめん、ほんとごめん。反省する……」

「全くじゃ、おぬしもガンマのことは言えぬぞ、ワシしか見えておらんかったろう!……おっと、ここに来たのはそのガンマのためじゃったの。どこへ行けば良いのだ?見た感じ、とても広そうなんじゃが」


 学園農場では、薬品調合の授業や、草木を媒介とする魔法の授業等、様々な目的で使用するため、広大な敷地で多くの植物が栽培されている。

 植物によって栽培エリアは分かれており、案内する掲示もありはするが、エリザベートのような初見の者が、その全貌を把握するのにはいささか時間を要しそうであった。


「確か、ガンマによると、園芸部専用の区画があるはずなんだけど……こっちかな?」


 学園農場の端にひっそりと設置されていた地図を見て、シータが指さした。何やら枝が曲がった樹木が鬱蒼と生い茂る、薄暗い森に続く道を。


「まだまだ距離がありそうじゃのう」

「この森の向こうみたい」

 

 他に選択肢は無く、地図の案内を頼りに、2人は森の奥のほうへと向かった。

 森の中は、まだ昼であるというのに、道の左右に鬱蒼と生い茂る木々により、入る前に想像していた以上に、とても暗かった。

 いつまで続くのだろう、どこまで続くのだろうと思わせるほどに。


「何だか暗いのう、おっ?明るくなっておる。あれが出口かの?」


 暗いし、危ないからと、シータに無理矢理抱っこされていたエリザベートは、ピョコッとその手の中から飛びおると、タッタッタッと明るい方へ駆け出した。


「あー、まだ森終わってないぞ、君。待ってってば」


 追いかけるシータ。


 しかし、エリザベートは、二度と抱っこされてなるものか、と必死であったのか、見る間に遠ざかり、気がつくと彼女の視界から消えてしまっていた。


「うーん、アタシ、エリィにやりすぎちゃったかな。ちょっと頭冷やしたほうがいいのかも」


 立ち止まり、頭をかきながら反省するシータ。

 しかし、数秒後には顔色を変えて走り出すことになった。


「ぎゃあああああああああああああああああああああ」


 響き渡る悲鳴、それは明らかに、エリザベートのものだった。

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