第9話 ユアビューティフルガーデン その1

「いやー美味しかったのぅ。ガンマの料理は」


 昨日の同好会室戦争パラダイス・ウォーで振る舞われた料理を思いだしてエリザベートが言った。


「それほどでも……ってアタシが言うことじゃないか。逆にアイツがいたら『あの料理は自分の力だけじゃ作れなかった』って言いそうだし」

「そういえばガンマのやつは、一緒ではないのか?どうしたのじゃ?」

「昨日のことがショックだったみたいでさ、今日も家庭科室に籠もってるんだ。もう一度、一から修行のやり直しだ、とかでさ」


 ガンマのことを語るシータの声は、昨日までと違って明るいものだった。




 あの雨が降り終わった後、シータの自分に対する気持ちを、ようやく理解したガンマではあったが、雨で台無しになってしまった鍋を見る彼の目は料理人として暗く沈んでいた。


「駄目になっちまったか……」


 肩を落とすガンマ。

 しかし、この状況の原因となったエリザベートは彼の肩を叩いて言ったのだ。


「ガンマよ、おぬしやはり何も見えておらぬな。全く駄目になどなってはおらぬ。いや、確かにおぬしがつくろうとしておったカレーにはならぬが、ワシには今目の前にあるのが、それにも増して美味しそうで挑戦的な料理に見えるぞ。もっともこの状態のままでは常人には味わえぬ故、こうしてやる……魔法調味料マジック・スパイス


 彼女が呪文を唱えると、何も無い宙から、塩、コショウ、チリペッパー、ガラムマサラ、ガーリックパウダー等、様々な調味料が降り注いだ。


「すまぬ、おぬしの力も必要じゃ。今一度、炎を。沸騰させたら、弱める感じでな。後は任せる」


 言われるままに、魔力の炎でガンマが加熱する。少し経つと、えもいわれぬ、良い匂いが再び校庭に漂い始めた。


「ハッ、こ、これは……」

「気がついたかの?ひょっとしたらおぬしのレシピにはなかったのかもしれぬが、カレーをスープにしたものじゃ。どれ、そろそろよいかの、毒味を許すぞ、ガンマ」

「あ、ああ……」


 お玉と小皿を渡されたガンマは、鍋の中身をひとすくいしお皿にのせた。そして、恐る恐る口をつける。


「うん、ウマい、ウマいぞ、これ!」

「ガンマ、アタシにも頂戴」


 ガンマは、シータに皿を渡す。シータは、猫舌なのか、少しふー、ふー、と息を吹くと、それに口を付けた。


「美味しい……」

「間接キッチュか、ブチュっとはしてくれんかったのに、こっちはお盛んじゃのう。さりげないぞガンマ、まったくイヤラシい……」

「エリザベート、そのあたりで、2人とも固まっております」


 今や、校長はエリザベートからの防御壁として機能していた。


「おおっ、そうであったか。すまぬすまぬ……」

「ひどいよっ、エリィ!……あれ?ガンマどうしたの?大丈夫だよアタシ。ガンマとだったら……」

「……なんで、こうなったんだろう……」

「えっ?い、嫌だった?」

「待つのだ、シータよ。どうやら、ガンマの言いたいのは料理のことらしい」

「そのとおりだ。どう考えても、雨にやられたんだぞ。あの……さっきの魔法調味料マジック・スパイスが効いてるのか?」

「まあ、それもあるがの。そもそもあの雨は元々ワシの魔力で形成された純度の高い氷よ。溶ければ、とても綺麗な水となるは必定。それに、この聖地の空気は、恐ろしいほどに澄み渡っておるしの。味の害となるものが入る余地は無い。しかし、澄んでおるが故に旨みが足りぬからの、魔法調味料マジック・スパイスを使ったのじゃ」

「参りました……」


 ガンマは心から、目の前のブロンドの少女に敬服した。


「ようやく気づけたようだの。では精進するがよいぞ」

「でも、俺は敗北した……これでもう、スパイスや食材の置き場所が無くなっちまう」

「ガンマ……」


 ガンマが手を固く握りしめる。それを見てシータがとても悲しそうな顔をしているのに、エリザベートは耐えられなかった。


「……ええい、わかったわ!シータとともにワシのところにくるがよい」

「エリィ!」

「いいのか?!」

「シータとワシ、乙女のみのパラダイスにする予定じゃったが、まあ料理人を囲うは上に立つ者の嗜みじゃ。ワシの舌を唸らせるものを

期待しておるのだからな、心せよ!」

「エリィ、ありがと」

「ありがとう、お嬢さん」

「その、お嬢さんというのはやめんか、もう。ワシにはエリザベートという名前がある」

「では、遠慮無く、ありがとうエリザベート」




「しっかし、確かにおっそろしい量のスパイスじゃったな。ワシらの居場所が無くなってしまいそうじゃったから、緒芽我オメガの奴と交渉して倉庫を用意させたわ」

「アハハハ……あ、しまった!」


 それまで、エリザベートと談笑していたシータが、急に顔色を変えて立ち上がった。


「どうしたのじゃ?」

「忘れちゃってた……」

「忘れておったと?何をじゃ?」

「ガンマに、スパイスの原料を受け取りに行ってきてくれ、って頼まれてたの」

「横着なやっちゃのう。アヤツが自分で行けばいいではないか」

「ううん、アタシはいいの、アイツの集中途切れさせたくないから。今はアイツの夢応援したいんだ」


 それを言ってニコリと笑うシータの横顔は、とても綺麗だった。


「ごちそう様、ごちそう様じゃよ、まったく。いや、やつにはワシの専属料理人として、ご馳走はこれからどんどん作ってもらわねばならんがの……して、どこにいくのじゃ。ワシも手伝おう」

「ありがと、エリィ、じゃあお言葉に甘えるわ」

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