第8話 学園のリストランテ その3

「あのときはびっくりしたぜ。いきなり可愛いお嬢さんが対戦相手だっていうんだもんな。しかも、かの有名な『氷地獄マカハドマ』の勇者とは」


 ガンマは手に持つおタマをエリザベートに向けて言った。


「だが、俺の夢のため、この戦いだけは譲れない。属性有利な相手だからって容赦はしないからな。悪く思わないでくれよ」


 今日は、あの調理室の事件の翌日。

 ここは、今回の同好会室戦争パラダイス・ウォーの勝負の場所に指定された校庭である。


 勝負の方法である、料理バトルについては、流石の校長にも、とんと見当がつかず、ガンマに対してあの啖呵を切ったエリザベートにしても「ま、まさかワシに料理を作れというのではあるまいの?」と今更ながらに気がついて狼狽していたものであった。


 しかし、それは杞憂であった。


 勝負の方法を定めたガンマの説明によると、料理バトルとは、彼が料理をする間に、それを妨害して止めることができればエリザベートの勝ち、最後まで完成させることができればガンマの勝ち、というものだったのだ。


 かくして、校庭の真ん中に、何百人の胃を満たす料理を作れるのでは無いかという大きさの鍋と、山盛りの具材が並べられた。

 もちろん、炊事可能な設備、および調理道具一式も用意されている。

 炎で結界こそ張られているようだが、客観的に見ると、というかどう見ても、調理しながら戦うガンマの方が不利に思える。


「自信家よの……まあ、おぬしの場合には、裏付ける実力があるから、こちらとしては文句は言えぬがの。この勝負方法でありがたいくらいじゃ」

「自信ってやつはわからないけど、料理人への思いってんなら、絶対俺は負けないね」


 エリザベートはちらりと観客席のほうを見た。


 シータがいた。

 彼女はなんだかんだで、ガンマのことが心配なのだろう。


 自分と、ガンマのどちらを応援しているのかな?

 そんな考えがふとエリザベートの頭を過った。もちろん、友達として自分を応援してほしい……だが、そこで思い出す。自分が啖呵を切った理由を。


「そうじゃったな……ワシは、ワシが、お前の友達なのじゃった」

「何を言っている?」

「何でも無い、こちらのことじゃよ。では、そろそろ始めようではないか」

「了解した。では初めさせてもらう。『炎の国ムスペルヘイム』の勇者、ガンマ、調理開始!」

「『氷地獄マカハドマ』の勇者、エリザベート、ゆくぞ!氷乱舞アイス・ストーム!!」


 エリザベートは、宣言と共にダッシュし、魔法を放つ。

 数え切れない氷のつららが空中に現れると、炎の結界に向かってゆく。彼女の魔法の詠唱時間がほぼ無いことに、観客席から感嘆が漏れる。


 しかし、残念ながら炎の結界に阻まれ、全てその手前で溶けてしまった。


「なるほど、スルトの系譜というのは伊達ではないな。まあ想定どおりではある、それではこちらはどうかな?氷吹雪ブリザード!!」


 今度は、エリザベートの右手を起点として、氷の渦が巻き起こり、次第に大きくなると、校庭の土をも巻き上げながら、炎の結界に迫った。

 しかし、同様に、結界の手前でその勢いは止められた。エリザベートは、右手に左手を添えて、出力をあげたが、状況は変わらない。


「ふむ、やっかいな結界じゃのぅ。まあこれも想定どおりよ」

「負け惜しみかい、お嬢さん」

「一つ教えてやろう。負け惜しみとはな、負けたときにするものじゃ。ワシはまだ負けておらぬぞ」

「小さいのによく考えてるんだな」


 ガンマの方はというと、二刀流に構えた刀を目に見えぬ速さで振るい、山盛りの材料をあっという間に寸断すると、それを剣で巻き起こした風で先ほど全て鍋に入れた。

 どうやら炎だけではなく、剣の使い手としても彼は一流のようだった。

 エリザベートと他愛の無い会話を交わしつつ、今は、自分の炎を魔力で調節しながら炒めている。


「勝負の途中ではあるが、良い匂いがするのぅ。材料からして、これはカレーかの?」

「良家のお嬢様相手には、どうかとも思ったが、たまにはいいだろ。学園の他の連中も、これなら喜んでくれそうだしな」

「まったくお前というやつは……料理のことならばそこまで思いつくのに、なぜ気がつかんのだ……」

「ん、何か言ったか?」

「何でもないわ。しかし、そろそろ良いのではないか?」

「おっと、最も良いタイミングを逃すとこだったぜ、サンキュ!」


 話しながらも実はエリザベートは、万を超える氷の刃で結界を攻撃している。しかし、やはり、かの結界には、彼女の氷魔法をもってしても、全く隙間の一つもあけられなかった。


「よし、こんなもんかな?」


 その間に、ガンマは鍋に水を投入していた。

 そして、少し待って、沸騰しはじめたのを確認すると、火力を弱めた。


「お嬢さん、そろそろ諦めねーか。すぐにウマいもん食わせてやるからさ」

「くどい!ワシは全くおぬしに負けてはおらぬと先ほども言うたであろう!」

「そうかい。じゃあ仕方ないが最後の仕上げにかからせてもらうからな」


 ガンマが調味料の横に山積みされていた黒い物体を剣風で鍋に投入した。

 なるほど、あれは、前もって作成されていた特製のカレールーであったらしい。


「あとは、もう少し煮込むだけだ。残念だったな、お嬢さん……何だ?」


 振り向いた彼の視線の先にいたエリザベートは笑っていたのだ。

 この状況にあって、信じられないその態度に、ガンマは気味悪ささえ感じていた。


「クックックッ、このときを待っておったぞ、ガンマよ」

「な、何?!」

「上を見よ」


 天を指さすエリザベート。

 不審に思って、ガンマは視線を上げる。

 そこには、とてつもないサイズの氷の固まりが浮いていた!


「結界を超える必要はないのじゃよ。結界の中に形成してしまえばよいのだ。おそらく、おぬしのこと、料理を優先するがゆえに、上方は空けたままであったのだろうが、それがアダになったの」

「くっ」

「では、これで終わりじゃ……氷河期アイス・エイジッ!」


 彼女がその指を鍋の方に向けると、上方の氷は落下を始めた。


「まだ終わっちゃいないさ、この勝負も!俺の夢もッ!!」

「何?!」


 ガンマは、そのまま両手を上に掲げると、目をつむり、詠唱を始めた……そして!


煉獄の炎よヘル・フレイムッ!!!」


 火山の爆発。それを見た者は誰しもそう思ったのではないだろうか。紅蓮の大きな火柱が空に向かってゆく。やがて、それは氷の底にたどり着くと氷を瞬く間に覆い。食らいつくした。

 次の瞬間には、あの、頭上を覆っていた氷は全て消えていた。


「ハアッ、ハアッ、どうだ、お嬢さん。これで……俺の勝ちだ」


 さしものスルトの後裔である彼も、今の一撃は相当な消耗であったらしい。肩で息をきっているのが、エリザベートにはわかるほどに。


「頑張ったのう、ガンマ。しかし、お前は負ける。見るべきものを見なかったがゆえにな」

「な、何?」


 隠し玉である、頭上の氷を消滅されられ、結界の炎はまだ衰えていない、もう完全に勝利する方法など無いはずであるのに、エリザベートはその余裕の表情を崩していない。


「言ったであろう、おぬしには料理しか見えておらぬのじゃ。よく上を見るが良い」

「上……だと?」


 見上げたガンマの顔色が変わった。

 いつのまにか空を雲が覆っている。


「まあ、よい、これを経験として刻み、後に生かすのだな……では、シータよ、おぬしの属性を借りるぞ……局地的大雨グランド・フォール!」


 エリザベートがその言葉を発するかしないかのうちに、ザーッと文字通り滝のような雨が校庭に降り注いだ。

 観客席からは悲鳴が漏れ、皆校舎に向けて走りだしている。

 雨は、あの結界をもかき消してなおも降り注いでいる。


「ワシは魔法の無駄撃ちはせぬ。全てはこのときのためよ。氷がとければ、水になるが、おぬしの炎は強い、それゆえ水蒸気となって空に舞い上がる。暖められた空気は空に上る。いわゆる上昇気流というやつよ。この学園は天も結界に覆われておるからの、逃げ場の無い水蒸気は、そこで雲になり、そして、限度を超えれば地に降り注ぐ」


 ガンマは雨に撃たれていたが、それ以上にエリザベートの言葉に心をうたれていた。


「この雨はな、シータの涙よ。ワシが言えるのはここまでじゃ。後は自分で考えるがよい」


 気がつくと、ガンマを心配するように、シータが彼によりそっていた。


「シータ……俺……」

「ガンマ……」


 見つめあう2人。


「えーい、もう、イライラするのう。ブチュっといかんか!ブチュっと!!これ、人間界ではそういうところなのじゃろ?」

「ええっ!?」

「ちょっと!エリィ」


 突然のエリザベートの豹変に、2人の動きが止まる。


「エリザベート、これまでの威厳が台無しです……」


 いつのまにか、傍らに傘を持って立っていた校長がすかさずツッコミをいれる。


「こほん、そうか、でりかしーというやつじゃったか。2人ともすまぬ。ワシのことは気にせず続けるがよい」


 いつのまにか雨は止み、晴れやかな天候の下、エリザベートはこの上ない上機嫌だった。

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