第6話 学園のリストランテ その1

「あれ……ここは……」


 シータは目を覚まし、周りを確認した。

 自分が今いるのは、医務室のベッドの上のようだ。


「そっか、私、負けちゃったんだ……あれ?」


 手元に何かやわらかいものがあるのに気づいて、そっと見ると、そこには、ベッドのシーツの上につっぷした状態で寝息をたてているエリザベートの姿があった。


「ふふっ、まったく君は可愛いな……」


 頭を優しくなでてみる。


 試合結果を見ると、全面凍結スノウ・ボール・アースでエリザベートの勝利と書いてあった。


 冷静に考えて見ると、この可愛い女の子がその究極凍結魔法を放ったということだったが、即凍結させられた身としては、とても信じがたいものがあった。現実味がないというか、そのため、彼女は未だに自分が負けたという自覚が持てないでいた。


 ここにいる、ということは、この子は自分を看病してくれたのだろうか?体の感覚はまだ一部ぼんやりしたものはあるが、それは長時間正座した後のアレのようなものであり、もうしばらくすればいつもと同じように動けそうである。あの大魔法を食らったにしては、ダメージが皆無といってよい。

 

 そんなことを考えながら、撫で続けているうちに、くすぐったかったのか、何度か小動物のようなうなりをした後、エリザベートの目がうっすらと開き、パチパチすると、大きく見開かれた。


 シータは満面の笑みをたたえて、彼女を迎えた。


「おはよう、エリィ」

「シータ!」

「ごめんね、起こしちゃったかな?」

「そんなことはどうでもよい……すまぬ、本当にすまぬっ……」

「連発するねえ。君、何をそんなにすまなく思ってるの?」

「ワシはそなたの尊い決意に、戦いへの思いに、水を指した。いや、氷……じゃったが」


 校長以外にはどこまでも素直なエリザベートであった。


同好会室戦争パラダイス・ウォーはね、自分のもてる全てを出して戦うものだよ。あれが、君の力なんでしょ。すごいよ、私なんか手も足も出なかったんだもん。戦う前に負けるって、普通は恥ずかしいし、情けないことかもしれないけど、あれなら胸を張って、アタシ、負けたって言えるもの」

「そ、そなたは、ワシのことを、その、ゆ、許してくれるのか?」

「許すも何も、最初から怒ったりしていないよ」

「ま、まことかっ!」

「また、大げさだねえ。君とアタシはもう友達でしょ。嘘なんかつかないよ」


 それまで、ビクビクしていたエリザベートはその言葉で救われたようだった。友達という、その言葉に。彼女は震えを止めて、満面の笑みを浮かべた。


「確かに、水泳同好会の部屋が無くなるのはイタいけど……これもポセイドン様の試練と思ってアタシ頑張ることにする」

「……シータ」

「自分みたいにさ、泳ぐのを楽しみたいってメンツを集めたい、って野望を持ってるんだ、アタシ」

「そ、それなら……」

「うん?」

「それなら、ワシの同好会に入らぬか?魔導同好会と称してはあるが、実質たいした活動はしておらぬし、魔導を生かせそうな何かであれば趣旨には反さぬであろうし、それになによりも……」


 エリザベートは一度言葉をここで切った。次の言葉を発するには、元魔王である、このときに至るまでずっとボッチの彼女にとってはかなりの覚悟を要したからだ。


「……おぬしのことが気に入ったのだ」

「……」


 シータはびっくりした顔をしていた。

 エリザベートの提案が彼女にとって思いがけないものであったからに違いない。


「だめか?」

「だめだなんて、そんな。今までずっと水泳、水泳って考えてきたから、思いもよらなかったよ、そんな考え」

「で、では……」

「うん、エリィがこの戦いの勝者となった時は是非お願いするよ」

「?」


 疑問を体全体で表現するエリザベートに対し、シータは、同好会室戦争パラダイス・ウォーの間は、同好会のメンバー追加などは許されないからだと、説明した。


「なるほど、これは絶対に勝たねばならなくなったな」

「期待してるよ、エリィ」


 2人の少女の間に、安らかな風が吹いたようだった。

 丁度その時!


「エリザベート、次の対戦相手から勝負の方法とフィールドの指定がありましたよ……おや、これはお取り込み中でしたか?」

「まったくいつも無粋よの、おぬしは」

「ハハッ、エリィの言葉遣いは、校長先生相手でも変わらないんだね」

「全くです。外見に見合った女の子らしい、可愛い言葉でお話いただきたいもの」

「何といわれようと、ワシはワシじゃ、放っておけ……それよりも早う、見せよ!」


 そこにはこう書いてあった。


 勝負の方法:炎の料理バトル

 場所   :校庭


「こ、これは……」

「料理ってことは相手はガンマだね」

「ガンマ?」

「『炎の国ムスペルヘイム』の勇者だよ」

「属性は炎か……」

「アタシなら属性相性的には、願ったり、ってとこだけど、エリィの属性だと……キツいか……アイツの煉獄の炎よヘルフレイムは、きっと全面凍結スノウ・ボール・アースであっても溶かしてしまうだろうし」

「それほどの使い手なのか?」

「ガンマは、炎神スルトの血筋に連なるものですからね」

「炎神スルトか……」


 エリザベートも、その名前には聞き覚えはあった。とある国で行われた神々の最終戦争ラグナロクで、最後まで残った神、全てを焼き尽くした神と言われている。


 傍らで校長が頷く。おそらく校長を超える可能性のある勇者であるということなのだろう。


「しかし、そんなやつが何でボッチなのじゃ?ワシと同じで人間嫌い、なのかのう?あ、シータよ、おぬしは別じゃからな」


 自分の不用意な発言に気がついて、エリザベートは慌てて繕う。


「アハハ、ありがとう、エリィ。そうだね、実際に見てみた方が早いかも。この時間ならあそこにいるだろうし」

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