第4話 君よ泳げ! その1
「まさか、おぬしとこうして戦うことになるとは思わなんだぞ……シータよ」
エリザベートの肩は信じられない現実に震えていた。
「アタシもよ、エリィ」
シータと呼ばれた青い髪の少女は、目を合わせるのを避けるように、傍らを眺め、やや眉をひそめながら残念そうに告げた。
「なぜじゃ、なぜおぬしなのだ!」
エリザベートは心から訴えた。しかし、シータは目を伏せながら首を振ってそれに応える。
「海神ポセイドンの導き……と言うには残酷過ぎる……かな」
言葉の片隅に、一抹の悲しみが現れているようにエリザベートには感じられた。だから彼女はそれでも言うのだ。
「正直を言うとな、ワシはおぬしとは戦いたくない!」
「アタシも、気持ちは同じ……でも、これは避けられない戦いなのよ」
「他に……他に方法は無いのか……の?」
「
因果なものよなと、エリザベートは思わざるを得なかった。
自分は少し前までは、駒などという扱いを受けることなど想像もつかない立場にいたのだから。むしろ、勇者との戦いにおいては、部下を駒として扱う立場だった。それが今やこの身分……。我が身の不幸を呪わずにはいられない。
「そろそろ時間よ。構えなさい、エリィ……貴方も譲れないのでしょ」
覚悟を決めた顔をして、エリザベートの方に向き直り、シータは諭すように言ったが、それはシータが彼女自身に言い聞かせているようにもエリザベートには聞こえた。
この思いには、応えねばなるまい。
「当然じゃ。それだからこそ、今この場に立っておる」
「では決まりね。互いに全力を尽くしましょう」
「こんな時にも清々しい顔をするのだな、おぬしは」
自分の正体を明かすことのできないエリザベートにとっては、シータのその裏表の無い笑顔が眩しすぎた。
「それこそ当然!言ったでしょ、私は楽しむことを一番に考えてるって、それを貫くってね」
「つくづく惜しい、何故おぬしのようなものが独りにならねばならなかったのか……」
「勇者同士でもわかり合えないことだってある、ってこれもあの時言わなかったっけね。……そういえばエリィ……」
「何じゃ?」
「君……大丈夫なの?」
時を少し遡る
エリザベートが校長に、同好会室の利用権を遡る戦いについて初めて聞いた、あの時に。
同好会の部屋、及び学園生活を半ば諦めかけていたエリザベートにとって、校長の、部屋の利用権を争うバトルがあるという話はとても魅力的なものであった。
「ワシにとっては勇者討伐ということじゃな。よいのか、よいのかー?可愛いおぬしの生徒がワシとの戦いで泣いてしまうかもしれんぞ」
「もう勝ったつもりでいるのですか?エリザベート」
「当たり前であろう。ワシはいやしくも元魔王じゃぞ」
「この学園では、貴方の力は100分の1以下となっていること、もしやお忘れではないですよね?」
そうなのだ、この聖神学園は、神々の祝福を受けた聖地に作られている。所謂聖地の結界の中にあり、魔族の力は相対的に弱められてしまう。
転移後にエリザベートが倒れた理由、ゴルドザークが魔界に戻ってこられないと断言していた理由はそこにある。
「た、たとえ結界により力が100分の1以下となっておっても、そのあたりの勇者に戦いで遅れをとることはないわっ!元ラスボスをなめるでない!元々HP、MP等のステータスは勇者側の100倍以上なのだぞ!弱体魔法・強化魔法をガンガンかけて、装備も伝説級を揃えて、パーティ単位で連携して、レベルもMAXでようやく挑戦できるかできないかというレベルなのじゃ」
「確かに、貴方が魔法の授業などで、一般生徒にあわせるために、かなり力をセーブされているのは私も知っています」
「そうじゃ、正体バレせぬようにかなーり気を遣っておるのだぞ」
「ですが、それはあくまで相手が標準レベルの勇者であってのこと」
「どういうことじゃ?」
「この学園は世界中から勇者を集めた学園です。中には以前の私と同等以上の資質を持つ者もおります」
「な、なんじゃと?」
エリザベートは耳を疑った。昔、全力の自分とソロで互角に戦った校長と同等以上ということは……。
「ワシが……勝てんかもしれぬということか……」
「あくまで、可能性としては、ですが。流石にそのレベルの生徒が大多数ではありませんので」
「ふむ、……では忠告として受け取っておく」
「では、登録しても良ろしいでしょうか?
「同好会室の争奪バトルの割には大仰な名じゃのぅ。まあ、ワシにとっては楽園の防衛戦にして勇者共討伐戦じゃ。ふさわしいと言えなくはないか。もちろん、臨むところである。登録せよ」
「かしこまりました。それでは……」
校長は、校長室の机の椅子に腰掛けると、机の上に置かれた水晶球に手をかざした。すると、水晶球の中に、光がともった。
「……契約の神ミスラの名の元に、この者、その名をエリザベート、を、かの部屋を巡る戦いの参加者としてここに登録する……」
水晶球の光は大きくなり、もはやその中に止めることはできなくなり、校長室の中にあふれ出す。そして、エリザベートを包みこむ。
エリザベートは慣れない光の渦に目を細める。光は彼女の周りでひときわ輝いたかと思うと、徐々に収束してゆき、ついには彼女の指にて1つの形をとった。
「登録は完了しました、エリザベート。これで貴方は戦いの最中に身を投じることになります」
「ほう……これは契約の指輪か」
先ほど左手の人差し指に収束した光は、今や銀色の指輪となっていた。
「私からの愛の証と言いたいところではありますが、残念ながらおっしゃるとおりです」
「残念がらんでよいわ!……ふむ、宝石がついておるの」
よく見ると、指輪には、薄い水色の宝石が埋め込まれていた。
「色は属性を表します。貴方の場合は、氷の属性ですね」
「ほほう」
「実は、エリザベートが此度の『
「ワシで最後とな?まあ、元ラスボスであった身としては最後慣れはしておるが」
「面白いことに、全参加者の属性が全て異なっています。光、闇、風、大地、炎、海、そして貴方の氷」
「7名もおるのか!まあ、それはいいとして、ワシの弱点属性である炎もおるのか……」
「おや、無属性物理攻撃以外に弱点は無かったのでは?」
「防御はな、攻撃は別じゃ、炎属性の勇者は大抵氷属性への耐性を持っておる。そういえば、おぬしに話したことは無かったが、過去にワシが敗れた際の勇者の属性は皆炎であった」
「そうだったのですね」
「おぬしは特別だったのじゃよ」
「ト、ク、べ、ツ……」
あの時の、抱擁される前の状況を思い起こさせる校長の表情の変化に、危険なものを感じたエリザベートは、直後すっと後ろに遠ざかり、校長のキレの良い腕の動きを躱すことに成功した。
「流石です、エリザベート。体術に衰えはありませんね」
校長は何事もなかったかのように、姿勢を正して言った。
「毎日こう危険に晒されておってわの……まあ、そうじゃな、属性が全てではない、いざとなればどうとでも戦いようはあると言うもの」
「戦いよう……そういえば一つお伝えするのを忘れておりました」
「なんじゃと?」
「参加者の勇者の資質、属性も重要ですが、むしろ、この
「もったいぶらずに、早う申せ!」
「勝負にあたり、勝負の方法、勝負のフィールドは先に参加したものが決定権を持ちます」
「何ぃいいい、それではワシに選択の余地は無いではないか!」
「そのとおりです。こんな大事なことを、大変申し訳ございません。そしてもう1つ、このルールの都合上、最後の参加者は、全ての参加者と戦うことになります」
「……おぬし、ワシが泣きわめく顔が見たかったのじゃろ?」
「ドキッ」
「まあ、よいわ、どうせ全員蹴散らすつもりであった。何人であろうが問題にならぬ。残念じゃったの」
エリザベートがニヤリと笑う。
丁度その時、校長室の机の上の水晶球が点滅した。
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