第3話 楽園追放?
「こんなに頼んでもだめなのか?」
「駄目です」
「楽園を担保してくれたら、毎日おぬしに頬ずりすることを許すかもしれぬぞ」
その言葉に一瞬校長は動きをとめた。少し下を向いて考える。悩んでいる様子である。そして数秒後、答えが出たのか、少女の方に向き直った。
「その楽園が無くなれば、他に居場所の無い貴方はここに毎日来てくださる可能性が高い、譲れませんね」
「ぐぬぬ、さすがは勇者オブ勇者と呼ばれた男よな。知恵が回る」
「お褒めに預かり光栄の至り」
隙の無い校長。少女は、搦め手から攻めることにした。
「では言い方を変えるか、規則と言うたが、今までは許されておったではないか、なぜじゃ?」
「足りていたからです。規則は規則ですが、不足が無いのに規則だからと雁字搦めにしていては、良い生徒が育ちません」
校長は急に教育者のようなことを言い出した。少女はその男らしいちょっと夢を見ている風な横顔に一瞬見とれてしまった。
「流石は勇者オブ勇者、反論の余地も無いな」
「これを機会にあなたも、クラスの友達を作ったり、他の生徒と交流してみたりするのはいかがでしょうか?もっとも、私としては少しでも多く、ここにいらしていただきたいですがね」
「先ほども言うたが、元魔王としてそれはできぬ」
「勇者らしくないことを言いますが、元魔王であることを隠すことは悪いことではないと、私は思いますよ」
「この環境でか?」
「何をおっしゃるのです?」
「おぬしこそ何を言う!今はまだ教室におる時間が少ないから大丈夫だと思うてはおるが、ワシ以外この学校の生徒は全員勇者じゃぞ!交流を始めたら隠し通せるかどうかわからんわい!」
そう、この学園は、全世界から勇者の力を持つ学生を集めた学校。
その名も聖神学園。
あらゆる職業、あらゆる属性、あらゆる種族の勇者を一同に集め、育成する、勇者の学校そのものである。
聖なる力は悪を切り闇を裂く。
……元魔王である彼女にとっては、危険極まり無い場所であるのは言うまでもない。
「知っていて来られたのでは無かったのですか?私に逢うために」
素でこの類いの言葉を連発している目の前の校長は、今や少女となった元魔王とのあの戦いにおいて、最後転送させられてしまったものの生還した。
魔法発動後、力を使い果たして倒れて同様に転送された仲間達は、彼の元魔王への求婚に至るまでの事実を知るよしもない。
そして、元魔王が少女となった結果、魔王及び魔王軍が現れなくなったことから、彼は勇者オブ勇者として称えられ、その功績から本校の校長として赴任したとのことであった。
「自身に都合の良い解釈をするでない。ワシはゴルドザークに騙されたのだ」
「騙された?」
「この姿を戻すため、あらゆる手を尽くしたが、戻れなんだ。ワシはもうやけっぱちになってな。魔王の座をヤツに譲って、どうせなら可愛い乙女ばかりの女子校で余生を送ろうと考えたのじゃ」
「エリザベート!?」
「ああっ、勘違いするでないぞ。名前どおりワシは元々
「ホッ……ならば何故、乙女ばかりの女子校なのです?」
「ええいホッとするでない……おぬしら人間にはわからぬだろうが、魔力の源としては、人間の中では乙女が極上なのじゃよ。」
「た、食べるので……?」
さしもの勇者オブ勇者も人間、動作は無いものの、彼が心理的に少し後ずさったのを感じて、少女はなんともいえない気持ちになった。しかし、さしあたりこの学園で生活するにあたって誤解は解いておかなくてはならない。
「食すわけではない。生命エネルギーを頂くのじゃよ。おぬしほどの格闘家であれば、他人の元気を吸収して放つ技くらいはあるであろう。あれに近い。それに、考えてもみい、食べてしまったらいずれ人間がおらんようになってしまうではないか?乙女にはいずれ子を産んでもらい、またその子供の乙女が女子校に入ってきて、その乙女からまたエネルギーを奪う。素敵な夢の循環システムじゃ。余生を送るにこれ以上の環境は無い。ゆえにワシは人の命は奪わぬよ」
「なるほど、先ほどのご無礼をお許しいただきたい」
「気にするな、では話を続けるぞ。ワシは、ワシの余生を送るにふさわしい地を部下に、ゴルドザークに探させたのだ。その結果が今よ。ワシは魔物のくせに、部下を信じすぎた。この人間の体になってしまったせいかもしれぬがな」
「……私のせいですね。申し訳ない」
「そう思うのであれば、楽園を、魔導同好会の部屋を奪わないでほしいのじゃが……」
「それは……規則ですから」
「第一同好会を作るように言ったのはおぬしではないか!」
転移魔法で学園に降り立った元魔王、エリザベートは、力を使い果たして学園の中庭で倒れた。
そこに運良く巡回中の校長が通りがかり、保健室にて、彼の言うところの介抱をしてくれたのだという。
彼女が、その話を校長から聞いたときに、思わず全身の無事を確認したのは言うまでも無い。
さて、彼女が元気になると、校長は、彼女を『
自分の得意とするのが氷魔法であることから、この2つ名は悪くないと言って彼女は誇らしげだった。ただ、その異名と、彼女の外見のあまりの
クラスメートは勇者ばかりなだけあって、どいつもこいつも人なつっこいようだった。さらに学園では、部活動は必須とされていたから、当然転入生のエリザベートは勧誘を受ける。
本人のこれまでの発言通り、それが彼女には耐えられず、校長に相談したところ、同好会を作る運びとなったのだ。
自分ひとりだけの魔導同好会を。
運良く空いている部屋が偶然あったため、同好会の部屋も確保され、不本意な始まりではあったが、彼女なりに順風万本な学園が送れていたのだった、これまでは。
それが今破られようとしている……。
「
エリザベートのふくれっ面はどんどんひどいものになっている。しかし、校長は冷静に「ああっ、この顔も可愛い!」などという自分の思いはおくびにも出さずに説明を続けた。
「人数の少ない同好会は本来部屋が無いという規則を貴方に伝えていなかったのは私の落ち度です。例年のままであれば、このような事態にはならないはずでしたので」
「どういうことじゃ?」
「今年度、何故か同好会の総数が増えたのです。同好会が増えれば部屋の割当たらないところが出てきます。必然的に、1人であるとか、少ない人数の同好会から部屋を取り上げざるを得なくなるのです」
「ワシの魔導同好会もその1つというわけじゃな……」
エリザベートは、どうにもならない現状を悟ったのか、騒ぐのをやめて、ため息をついた。
「そうだ、1つ言い忘れていました。」
「何をだ?」
「人数が2人以上の同好会で埋めても、部屋が余るようですので、人数が1人の同好会で、残りの部屋の利用権を争っていただくことになっています」
「争うとな?物騒じゃの」
「ここは勇者の学園ですよ、エリザベート、勇者として正々堂々と戦ってもらいます」
「ということは、ワシがそれに勝てば……」
「部屋は今まで通り使用できます」
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