第69話 誕生日パーティー

 パーティーは一条系列のフレンチレストランで行われることになった。


「わー。素敵なお店ー」

「なかなかのものでしょう?」


 いつねさんと揃って店内を見渡す。


 学園からほど近いその店は、お洒落な内装の比較的新しい店で、コンセプトデザインに東城のデザイナーが参加している。

 普段は家族連れや女性客がよく利用しているようで、格式よりも親しみやすさを重視した店だ。


 とは言え、やはりそこは一条家の系列店。

 お値段はそこそこに高い。

 客層も中流階級から上流階級の中盤辺りというところだった。


 今日はいつねさんと私のためのバースデーパーティーということで貸し切りだ。

 費用はなんと祖父持ち。

 これまで誕生日など一度も祝ってもらったことのない私だったので、祖父がそう言い出した時は驚いたものだ。


「お祖父様も来られればよかったのに、残念だねー」

「……はい」


 祖父の姿は今日、ここにはない。

 どうしても仕事が抜けられないとのことで、電話口の向こうの声は非常に残念そうだった。


 代わりに、一条家からは家高と佐脇が来ている。

 これには私は複雑な心境だった。

 家高は祖父の名代、佐脇はその手伝いであろう。


 家高にはいつねさんとの関連で事態をややこしくして欲しくないし、佐脇には大晦日の一件でしこりがある。

 正直、二人には来てほしくなかったのだが仕方がない。


「和泉、いつね。ハッピーバースデー」

「おめっとさん」

「おめでとうございますわ」

「おめでとう」

「おめでとうございます」

「和泉様もいつねも、おめでとう」

「めでたい」

「おめでとうな」


 他の招待客は、冬馬、ナキ、仁乃さん、誠、実梨さん、佳代さん、幸さん、嬉一といういつものメンバーだ。

 誠は呼ぼうかどうか正直迷ったのだけれど、いつねさんが喜ぶだろうと、思い切って声をかけた。

 喜んで参加させてもらおうという誠の返事には、いささか勘違いをさせてしまったかという後悔の念が湧きもするのだけれど。


 ちなみに、みなドレスアップはしておらず、百合ケ丘の制服姿である。

 土日の間だけの外泊届けだったので、服を取りに行く暇がなかったせいだ。

 百合ケ丘の制服はデザインがお洒落なので、それほど違和感はない。


 他に、一条家から何名か使用人が来ている。

 パーティーの切り盛りは佐脇を中心としたこれらの使用人が行うことになっていた。

 佐脇は祖父から例の一件についていつねに謝罪するよう厳命されたようで、先ほど深々と頭を下げていた。

 いつねさんはわたわたしながら「気にしないでください」と言っていたけれど、私はまだ怒りがくすぶっている。


 とは言え、今日はいつねさんと私が主賓だ。

 あまりぶーたれている訳にもいかない。

 気持ちを切り替えていこう。



◆◇◆◇◆



 パーティーはまず主賓の挨拶から始まった。


「本日はお集まり頂きまして――」

「和泉、堅い」


 のだが、さっそく冬馬がちゃちゃを入れてきた。


「おほん。集まって下さってありがとうございます。今日は楽しみましょう」

「ええぞー」


 次はいつねさん。


「えっと。こんな素敵な誕生日は初めてです。みんなありがとー。楽しもうね!」


 簡潔かつ親しみがこもっていて大変よろしい。


「それでは皆様、グラスをお手に」


 佐脇の視界でみながグラスを取る。

 当然だけれど、ノンアルコールである。


「和泉様といつね様の誕生日を祝しまして……乾杯」

「「「かんぱーい!」」」


 乾杯の音頭とともに、料理が運ばれてくる。

 フレンチのお店らしく、創作フレンチのフルコースである。


 運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。

 オードブルは甘エビ、サザエ、小柱、雲丹の冷製 魚介のカッペリーニ。


「いつねさん、お口に合います?」

「とっても、美味しい!」

「それは何よりです」

「さすが一条の系列店だな」


 舌の肥えた冬馬がそう言うのであれば問題ないだろう。

 いつねさんに喜んで貰えて何よりである。


 ただ――。


「これと私の手料理を比べられるというのはあれなのですけれど……」

「何言ってるのー。 一番、楽しみにしてるのにー」

「まぁ、最善は尽くしました」

「期待してるぞ」


 と、和気藹々と会話を楽しみながら食事は進む。


「和泉ちゃん、いっつもこないな美味いもん食うてるん? そら舌も肥えるやろなー」

「いつもって訳ではありません。実家でもフレンチは出ますけれど、簡易コースなことがほとんどですよ」

「さすがに毎食フルコースでは、太ってしまいますわよ」


 仁乃さんの言う通りである。

 フレンチはカロリーが高い。

 毎食フルコースはさすがにちょっと。


「……簡易でも自宅でフレンチのコースが出るんですね」

「みのりん、大丈夫。それは和泉様が特別なだけよ」

「日本人は黙ってごはんと味噌汁」


 三人組がそんなことを言う。

 いや、私も前世はそれが普通だったんだけれどね。


「テーブルマナー、もっと完璧にしておくんだった……。味わかんねー」


 と途方に暮れているのは嬉一である。


「お箸頼みます? 別に身内だけのパーティーなんですから、遠慮はいりませんよ?」

「おお! 助かる!」


 箸を手にした嬉一は水を得た魚のように、料理に手をつけ出した。

 どうでもいいけれど、箸の持ち方が異様に美しい。

 フレンチに馴染みがないだけで、ご両親のしつけの良さがうかがい知れる。


「……」


 誠はといえば、黙々とカトラリーを動かしている。

 時折こちらにちらちらと視線が来るのだけれど、私はそれとなく逸らしてしまっている。

 その度に、まったくしょうがないな的な顔をされるのが、なんとも困る。


 そうこうしている内に、コースはいよいよデザートへ。

 ここが私の担当である。


「ベリーのチーズケーキタルトです」


 数種のベリーを上にびっしりと敷き詰めた、チーズケーキのタルトである。


「いずみん、さすが!」

「そうでもないです」


 何を作るかは迷ったのだ。

 普通にスポンジケーキを焼くのでは芸がないし、特別な技術を必要とするデザートは無理。

 でもせっかくのお祝いなのだから、少しスペシャル感を出したい――と、悩んだ末の結論がこれである。


 切り分けるのも使用人任せにしないで、私にやらせて貰う。

 人数が多いので二台焼いた。

 これで一人分もそこそこの量になる。


 全員に行き渡ったことを確認して、


「では、お召し上がり下さい」


 と最後の一言。

 さあ、審判の時である。


「美味しい!」


 いつねさんの一言に肩の力がやっと抜ける。


「お世辞抜きに美味い。あんまり甘さがしつこくないのがいいな」

「ぎょうさんあるベリーが幸せや」

「チーズの濃厚な味わいがたまりませんわ」


 お。

 存外に好評価である。


「タルトのサクッとした食感もいいですね」

「これが手作り……」

「美味」


 三人組にもお墨付きを頂けたようで何よりである。

 

 誠も特に何も講評しないけれど、スプーンは進んでいるようなので口にあわないということはなかったのだろう。


「家高さん、どうですか?」


 これまで誠以上にだんまりだった家高に、いつねさんが水を向ける。


「……美味い……和泉は……何でも出来るな……」

「いえ、そんなことは……」

「……謙遜しなくてもいい……本当に美味い……」


 そう言ってもう一口くちに運ぶ家高。

 私はほっと胸をなでおろした。



◆◇◆◇◆



「さて、プレゼントの時間といくか!」


 コースを締めくくる紅茶とプチフールが終わると、冬馬が待ってましたとばかりにそう言った。


「オレからはこれだ」


 冬馬から私たちに贈られたのは、透き通るようなシルクレースのハンカチだった。

 ひと目で高級品と分かる。

 しかも――。


「今度うちから出す新ブランドの第一号作だ」

「え?」

「ええっ!?」


 これには私もいつねさんも驚いた。

 普通、そういうものは、最も大切なお客様に贈るものである。

 ただの友人に贈るものではない。


「和泉は将来の嫁、いつねはその親友だからな。オレにとって二人以上の贈り相手はいない」


 そう断言する冬馬には、微塵の迷いもない。


「ありがとうございます。大切にします」

「本当にありがとー!」


 お揃いのハンカチを大切に仕舞う。


 冬馬に続いたのは、ナキと誠だった。


「わいと誠からは音楽の贈り物や」

「新曲『ties』だ。聴いて欲しい」


 そうか。

 それでナキも誠も自分の楽器を持参していたのか。


 ties――絆。

 これはゲームにはなかった曲だ。


 ナキはいつものアマーティ。

 誠は今日は先日のエレキではなく、アンプには繋がないアンプラグドのアコースティックギターらしい。


 学園祭でやった『change』はロックアレンジだったけれど、この『ties』は静かなバラードである。

 練習時間はほとんどなかったはずなのに、二人の息はぴったりだった。

 『change』が競奏なら、『ties』は協奏と言うべきか。


 歌うようなナキのバイオリンと、語るような誠のギターが、寄せては返す波のような旋律を奏でる。

 いつねさんや私はもちろん、その場にいる全員が聴き惚れた。


「ねー、いずみん」

「何ですか」


 音楽にたゆたうように身を委ねていると、ふといつねさんが小声で小さく話しかけてきた。


「あたし、まこ君に告白してみようと思う」

「!」


 私は動揺を悟られまいと必死に自制した。


「勝算は……正直、あんまり無いとおもうけど、伝えるだけ伝えてみようと思うんだ。後悔、したくないから」

「……そうですか……」


 勝算は確かに低いと思う。

 何しろ、つい先日私が告白されたばかりなのだから。


「いつですか? 今日、この場で?」


 いつねさんに告白する前に、誠に断りの返事をしなければならない。

 だから、いつねさんがいつ告白するのかを正確に知る必要があった。


「まさかー。いくらなんでも、こんな人前で告白する勇気はないよー」

「……ですよね」


 良かった。

 今この場でと言われたら、断りの返事をするのは極めて難しかった。


「バレンタインデーにしようと思ってる。王道でしょー?」

「王道ですね」


 ということは、期限は来月の十四日か。

 それまでに私も決着をつけよう。


 いつまでも聴いていたくなる曲が終わると、全員から惜しみない拍手が贈られた。

 私も拍手を送ったけれど、正直、ちょっとだけ心ここにあらずだった。


「素晴らしかったです」

「あたし、泣けちゃったよー」

「さよか。そんならよかったわ」

「いつか、歌をつけてくれると嬉しい」


 ナキと誠も素晴らしい贈り物をくれた。


「はあ……。この流れで私ですの……。でも、気持ちでは負けませんわよ?」


 少々気後れしたような雰囲気を纏いながら、続いたのは仁乃さんである。

 実は私、仁乃さんの贈り物については見当がついている。


「これですわ!」


 じゃーんという効果音が聞こえてきそうな仁乃さんの手には、2本の毛糸のマフラー。

 やっぱりか。


「わ。すごい! これひょっとして手編み?」

「もちろんでしてよ」

「こんなきれいな模様……。にののん女子力高いなー」


 一本は今回のパーティーが決まる前から編んでいたのを私は知っている。

 うぬぼれる訳ではないけれど、多分もともと、私の誕生日に贈ってくれるつもりだったのだろう。

 今回いつねさんも同じ誕生日だと知って、慌ててもう一本編んだのだ。

 夜中ごそごそしていたのを、私は知っている。


 にしても、アーガイル柄とは仁乃さん手馴れてるな。

 あれは確か難しかったはず。


「ありがとうございます。大切に使わせて貰いますね」

「あたし寒がりだから嬉しい! ありがとー!」

「どういたしまして」


 早速、帰りに使わせて貰おう。


 続いて実梨さん、佳代さん、幸さんの三人組。


「ねえ、ねえ。やっぱり考えなおさない?」

「私もよした方がいいと思うわ」

「分かってないな、二人とも。こういうのは気持ちだよ、気持ち」


 何やらこそこそ揉めている三人。


「でも……」

「大体、代わりのものも何も無いんだから、覚悟を決めなさいって」

「わかったわよ……」


 話はまとまったようである。


「という訳で……」

「私たちからはこれよ」

「進呈」


 代表して佳代さんが手渡してきたのは、何やら妙に薄い本である。

 というか同人誌でしょ、これ。


「……冬コミで出したんです」

「苦情は全部幸に言って」

「何で? 私たちの冬休みのほとんどがこもった逸品じゃない」


 また揉め出す三人。

 いつねさんは同人誌という単語がぴんとこなかったのか、おもむろに中身をあらためようとしたけれど――。


「待って、いつねちゃん!」

「後生だから!」


 実梨さんと佳代さんが慌てて止めた。


「? ここで読んだらダメなの?」

「R18って訳じゃないけれど、R15くらいはあるからね」

「???」


 いつねさんはまだよく分かっていない様子だ。


「よく分からないけど、後でじっくり読ませてもらうねー」

「ありがとうございました」


 幸さんはやりきった、という顔をしていたけれど、実梨さんと佳代さんはやってしまった、という顔をしていた。


「俺はこれ」


 ラスト前は嬉一。

 何やらシュシュのように見えるけれど――。


「ただのシュシュじゃないぜ? 紅型びんがたの一点ものだ」


 紅型か。

 沖縄を代表する伝統的な染め物の一つである。

 琉球王国の時代、王族・士族の衣装として染められていたもので、紅といっても紅だけでなく様々な色が使われる。

 そういえば、嬉一は沖縄出身だったっけ。


 いつねさんのシュシュにも私のシュシュにも、黄色が用いられている。

 琉球王国において、黄色は高貴な色とされていた。

 ぶっちゃけ、王族用である。

 嬉一はいつも自分のことを「パンピー」と言っているけれど、本人が知らないだけで、実は凄い生まれだったりするのではなかろうか。


「可愛い! ありがと、きーくん」

「ありがとうございます」


 これで友人たちは全員終わった。


「……俺からも……贈らせて欲しい……」


 ラストは家高だ。

 一条家を代表して、ということらしい。


「……佐脇……」

「はい」


 佐脇は一度奥に引っ込むと、長細い何かにテーブルナプキンをかけて戻ってきた。


「?……用意したものと違うようだが……?」

「いいえ。これであっております」


 家高は怪訝な顔をした。

 佐脇はいつねさんに近づくと、テーブルナプキンを取り――。


 銀色に輝くナイフをいつねさんの首に当てがった。


「いつねさん!」

「皆様、動かれますな」

「……佐脇……何のつもりだ……!」


 この場にいる全員に動揺が走る中、場違いに明るい声が響く。


「はーい! ボクが説明してあげよう!」


 無邪気とも言える笑みを浮かべて。


 一条 景宗が姿を現した。

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