第68話 センター試験とその結果。

 という訳で、ひと勝負することになったセンター試験だけれど、今回は特別対策らしい対策はしなかった。

 もちろん、日々の予習・復習は欠かしていないけれど、みんな(除く冬馬)と比べればかなり先まで進んでいる自信はあったし、罰ゲームもそれほど大したものではなかったからだ。


 それよりも、いつねさんと誠の一件のほうが悩ましい。

 私はなにかいい案はないかと頭をひねったけれど、未だ解決には至っていない。


 それを除けば、特に何事も無く、センター試験の日を迎えた。


 試験会場は百合ケ丘ではなく、独立行政法人大学入試センターが指定した高校や大学。

 これは不正対策のためであるらしい。

 いくら一年生受験だからといっても、やはりそこは厳正さが求められるのだろう。

 

 同じ百合ケ丘生でも、受験会場は人によって異なる。

 私がやってきたは百合ケ丘の近くの私立大学だった。


 高校と大学というのは、雰囲気がだいぶ違う。

 キャンパスの大きさもさることながら、建物のデザイン、そして何というか空気が違う。


 開放感があるのだ。


 私も高校を卒業したら、こういう雰囲気の中で過ごすのだろうか。


 開場と共に構内に入る。

 今更じたばたしても仕方ないので、特別最後の悪あがきはしない。


 ところで、今回の一年生受験。

 受ける科目は三年生とは異なり、国語、数学Ⅰ・A、英語、日本史、化学の5教科である。

 これが三年生ならば、これに加えて、数学(2)から1科目選択、地歴公民から1科目ないし二科目選択、理科から一科目ないし二科目選択することもあり、最大で九科目受験することになる。


 あまりの教科数の多さに軽くめまいがするけれど、受験生、特に国公立大学受験者はみなそうなのだから、不平も言っていられない。

 受験までに頑張って勉強するしかない。


 開場と同時に入構したせいか、試験まではまだだいぶ時間があった。

 悪あがきはしない、と決めていたせいで、時間を潰せるものを持ってこなかったため、手持ち無沙汰である。


 自然、思考は目下の悩み事――いつねさんと誠のことへと流れていく。


(あぁ……もぅ……。まさかこの私が三角関係に悩まされることになろうとは……)


 引きこもりで恋愛のれの字もなかった前世からは想像も出来なかった事態である。

 恋愛に悩むなど、心の贅肉だと思っていた。


 とは言え、冬休みからこちらずっと考えていたこともあって、徐々に整理されてきたこともある。


(私は誠に恋愛感情はない。これははっきりしている)


 誠は単純な好悪であればはっきりと好ましい人物だけれど、恋愛感情があるかといえば、これもはっきりとないと言える。

 つまり、誠に対しては申し訳ないけれど、お断りするしかないと思うのだ。


 私に恋愛はまだ早い。


 と、そこまで考えた所で試験が始まった。

 机の上を筆記用具だけにして問題冊子と解答用紙が配られるのを待つ。


 さあ、一教科目。

 力試しといこうじゃないか。



◆◇◆◇◆



 数科目終わって、現在受けているのは数学Ⅰ・Aである。

 受けてみて改めて感じたことだけれど、やはりセンター試験はそれほど難しくない。

 基礎的学力のテストなのだから当然なのだけれど、これならそうそう取りこぼすこともないと思う。


 人間関係の方がずっと難しい。


 ひと通り解き終わって、また物思いに耽る。

 

 誠の想いには応えられない。

 それに、断って早く次の恋に行って貰った方が、気持ちがいつねさんに向かう可能性は高くなるだろう。

 ナキとは違い、誠の性格からしてそうそう早く次の恋に行くとは考えにくいけれど、それでもだ。


 いつねさんは、私の恋を応援したいと言っていたけれど、私こそいつねさんの恋を応援したい。

 大事な親友のことだ。

 相手がどこの馬の骨ともわからぬ輩なら、まずは人となりを見極めてからだけれど、相手が誠なら話は別だ。

 彼にならいつねさんを十分任せられる。


 実直で誠実。

 多少音楽バカなところが玉に瑕だけれど、それもご愛嬌だろう。

 いつねさんは特別音楽にこだわりがある訳ではないようだけれど、演劇をしているくらいだから、芸術には理解があるはずだ。

 むしろ、変にこだわりがない分、誠の趣味とぶつかることもないかもしれない。


 二人がくっつのに、私が出来ることは何かあるだろうか。

 クリスマスパーティーに誠が出席するように冬馬に頼んでみたけれど、あれは悪くなかったと思う。

 いつねさんの可愛らしい姿を誠に見せることができた。

 こうやって少しずついつねさんの魅力を誠にアピールしていけば、誠の気持ちも変わるのではないだろうか。


 とはいえ、何よりも先に私がすべきことは、自分の気持ちを誠に伝えて断ることだ。


 その場面を想像すると、やはり気が重い。

 真摯な気持ちを向けてくれた相手を断るって、具体的にどういう風にしたらいいのだろう。

 単純にごめんなさい、でいいのだろうか。

 理由を聞かれたら上手く説明できる自信があまりない。


 どうしたものか、と悩んでいると試験終了を告げられた。


 やはり試験よりも人間関係の方が難しい。

 公式のようなノウハウも、時間切れのような明確な区切りもないのだから。



◆◇◆◇◆



「……」

「まさかこうなるとはなあ」


 結果通知の日。

 私は呆然とした。


 自己採点では、最低点は日本史の八十五点だった。

 冬馬の設定したマイナス五点を考慮しても八十点。

 最下位はないと思っていた。


「いずみん、調子悪かったのー?」


 いつねさんが心配してくる。

 そう。

 最下位は私だった。


 最低得点は得意なはずの数学Ⅰ・Aが十三点。

 ハンデがあるので八点である。


 まるっきりやる気がなかったというナキの最低点が化学二十六点だったので、それと比べてもはるかに低い。

 ダントツの最下位である。


「多分、マークミスやろなあ」

「そうですわね。お姉様がお得意な数学でこの点数はありえませんもの」


 ナキの結論がおそらく事実だろう。

 試験の日、私はいつねさんと誠のことで、どこか上の空だった。

 ケアレスミスの見直しが不十分だったのだと思う。


 何という詰めの甘さ。

 恥ずかしい。

 消えてなくなりたい。


「まあ、まあ。和泉様だってたまにはこういうこともあるでしょ」

「元気だして下さいね」

「おっちょこちょいな和泉様も萌える」


 三人組が慰めてくれる。

 しかし、自己嫌悪スパイラルに陥っている私には届かない。


「あー。こりゃダメだな。へい、大将」


 ずーんと落ち込んでいる私を見かねたのか、嬉一がそんなことを言った。


「おらおら、和泉。いつまでもぐじぐじしてんじゃない。本番で気をつければいいことだろうが」


 まぁ、それはそうだ。

 今回のことはいい教訓になった。

 学園のテストを含め、これからは最後の見直しを徹底しようと心に決める。


「そうですね。以後、気をつけます」

「よし。だが、ケアレスミスとはいえ負けは負けだ。和泉には手料理を振る舞ってもらうぞ」

「仕方ありませんね」


 気持ちを切り替えていこう。


「お姉様の手料理!」

「何作ってくれるん?」


 料理はひと通り出来るけれど、一体、何がいいのだろう。


「あ……。えっと……。それならあたし、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかなー?」

「? 何でしょう?」

「今度の土曜日、あたし誕生日なんだ。だからそれに合わせて何か作って貰えたら、すごく嬉しいなー……なんて」


 え?


「いつね、お前、誕生日一月二十四日か」

「そうなのー」

「和泉ちゃんもやぞ」

「え!? そうなのー!?」


 そうなのだ。

 私も一月二十四日である。


「凄い偶然よね」

「はー……」

「二次元ではよくあること」


 三人組もちょっと驚いている。

 いや、幸さんは違うか。


「まあ、クラスに一組くらいは誕生日が同じペアがいるもんだしな。逆にみんな違う誕生日になる方が確率は低い」


 これは冬馬が正しい。

 印象的にはクラス全員の誕生日はバラバラになる方が確率が高そうだけれど、そうではないのだ。

 これは自分と同じ誕生日の人がいる確率と勘違いすることからくる錯覚である。


 数学Aの「場合の数と確率」の知識を使えば計算できる。


 三十人クラスの誰でもいいから同じ誕生日の人がいる確率は、三十人全員が異なる誕生日である確率を一から引けばいい。

 結果はおよそ七十%である。

 今回はたまたまそれがいつねさんと私だったというだけの話だ。


「ふふふ……。何か最近、いずみんと運命を感じるー」

「ずるいですわ! ずるいですわ! お姉様と同じ誕生日だなんて!」

「まーまー、落ち着けよ」


 嬉しそうないつねさん、悔しそうな仁乃さん、なだめる嬉一。


「じゃあ、ケーキか何か焼きましょうか?」

「あ。嬉しいかもー」

「大したものは出来ませんよ? うちのシェフに頼んだほうが絶対美味しいです」

「ううん。いずみんの作ったものがいい」


 じゃあ、一肌脱ぎますか。


「よし。こうなりゃ二人まとめて祝おう。パーティーしようぜ」


 冬馬がそんなことを言い出す。

 こいつ、パーティー好きだな。

 でも、今回は悪くない。


「土日の間に外泊許可とって、どっかレストランか何かでやろう。いつね、今は確か親御さん海外だろ? みんなで祝ってやろうぜ」

「えっ、あっ、あたしいいのに――」

「分かりました。うちで手配します」


 いつねさんは遠慮がちな声を出したけれどみなまで言わせない。


「各自プレゼントを用意な。二人分だからちょっとした出費になるかもしれないが、そこは値段よりもセンスと気持ちだ」

「あんま時間ないな? 急がななあ」


 着々と色んなことが決まっていく。


 それにしてもいつねさんと一緒に誕生日か。


 私はテストで大コケしたことも誠のことも忘れて、思わず頬が緩んだ。

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