第64話 クリスマス。
「相変わらず華やかですわね」
「うわー。あたし浮いてないかなー……」
東城家の所有するホテルのイベントホールで、このクリスマスパーティーは行われている。
会場は華やかに飾り付けられていて、天井には豪奢なシャンデリアがいくつもさがっている。
メインのクリスマスツリーは本物のもみの木を運び込んだもので、おそらくプロのデザイナーが施したであろうきらびやかな装飾がなされている。
ビュッフェスタイルの立食パーティーである。
会場に来るとよく分かるのだけれど、この人数をテーブルにつかせようなどと思ったら、配膳の使用人がいくらいても足りない。
パーティーの目的も社交であるため、自由に移動しておしゃべりができるこの形式が一番いいのだろう。
疲れた人のために椅子もいくらか用意されている。
さすが東城家のパーティー、ぬかりはない。
さて、毎年参加している仁乃さんと私はともかく、いつねさんは初めての参加なのでやはり少し表情が硬い。
周りは知らない人ばかりだしね。
顔見知り――冬馬やナキはどこかなと会場を見回してみると、ツリーのすぐそばで歓談中の様子だった。
当然ながら、二人の周りには女子の人だかりが出来ている。
まだ正式にはパーティーは始まっていないというのに、女性陣のたくましいこと。
「開宴までまだ少しありますから、邪魔にならない所で待っていましょう」
「和馬様へのご挨拶は、だいぶ先になりそうですわね」
「人がいっぱいだー」
和馬様は冬馬の父で今回の主催者である。
やはり一言くらい挨拶をしておくべきだろうけれど、何しろこの人数だ。
みんな和馬様と挨拶して縁故を温めようとするだろうし、仁乃さんの言うとおり、私たちの番が回ってくるのはだいぶ先だろう。
「ねーねー、いずみん。あたしの格好、本当におかしくなーい?」
ドレスに身を包んだいつねさんが不安げな表情で問うてきた。
「大丈夫ですよ。とても可愛らしいです」
「本当かなー」
やはり胸元が気になるらしく、落ち着かない様子だ。
「周りを見回してみて下さい。みんな思い切った格好しているでしょう? イブニングドレスは華やかに着ないと」
「そうですわ。いつねさんは堂々としていればいいのです」
とはいうものの、私は華やか系というよりはシック系のドレスなのだけれど。
黒好きだからいいじゃない。
「お姉様、私のドレスはいかがですの?」
「モデルさんと言われても信じます」
身長は高すぎず、スレンダーなスタイル、高い位置にある腰と文句のつけようがない。
加えてドレープをふんだんに使ったドレスだから、どこのセレブだと言いたくなる。
いや、仁乃さんはまんまセレブではあるのだが。
「いずみんも素敵だよ」
「高校生とは思えない色気ですわ」
どこがだ。
私なんて背が高いだけの枯れ木である。
お互いにドレス姿を品評会しあっていると、会場がにわかに騒がしくなった。
「和馬様がいらっしゃったみたいですわね」
和馬様とは夏休みの旅行でお礼のご挨拶にうかがった時以来である。
タキシードを着た和馬様は、奥様――
燕尾服でなくタキシードなのは時代の流れなのだろう。
本来、男性の夜の正礼装といえばホワイトタイ、つまり燕尾服だったのだけれど、これを指定されるイベントは各国の宮中行事や国家セレモニーくらいになってきている。
冬馬はこのパーティーには色々な人が出席すると言っていたから、あまりしゃちほこばらないように、主催者自らがそれを実践しているのだろう。
ドレスコードにも明記されていたし。
「和馬様、かっこいいー」
「朱鷺子様も素敵ですわ」
和馬様のタキシードはオーソドックスなデザインだけれど、背が高く手足が長いので着こなし方がはんぱではない。
朱鷺子様のイブニングドレスは白のシースライン。
ネックはハートカットでこれはいつねさんと同じ。
腰のあたりに大きめのリボンがベルトのように巻きつけてあるのがとてもお洒落だ。
お二人が揃って歩く様はとても絵になる。
和馬様はホール前方に設置されたステージの脇に立ち、朱鷺子様も隣に控える。
「それでは只今より東城ホールディングスグループのクリスマスパーティーを開催致したいと存じます。まずは主催の東城 和馬よりご挨拶申し上げます」
司会の人に促されて、和馬様が登壇する。
「皆様、今晩はお集まり頂きありがとうございます。本年も年の瀬が近づいてまいりました。今年1年を共に歩ませて頂いたことを心より感謝申し上げます。今宵は大いに楽しんで下さい。それではお手元にグラスを」
ウェイターたちが皆に飲み物を配って回った。
私たち未成年は当然ソフトドリンクである。
「今年1年お疲れ様でした。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
和馬様のなんだか忘年会にも似た音頭に合わせて、私たちもグラスを合わせた。
◆◇◆◇◆
「来てたか」
「お二人さん、メリークリスマス」
ご令嬢たちの囲いを突破して、冬馬とナキがこちらにやってきた。
「相変わらずモテモテですわね」
「いずみんが浮気しても知らないよー?」
仁乃さんといつねさんがそんなことを言った。
いつねさん、祖母の悪い影響を受けてない?
「あ。まこ君だ」
いつねさんの視線を追うと、ちょうど誠が受付を済ませたところだった。
にしてもいつねさん、この人混みの中でよく気づいたな。
これが愛か。
「冬馬、お招きありがとう」
「おう。楽しんでいってくれ」
律儀に挨拶をする誠と鷹揚に頷く冬馬。
「まこ君、こんばんはー」
「こんばんはですわ」
「こんばんは」
私たち三人も挨拶する。
「いつねたちもこんばんは。ドレス、似合ってるな」
「わい的には仁乃ちゃんが一番ええと思う」
「いや、和泉だろ」
なんだか夏休みの湖を思い出すコメントである。
「冬馬くん、和馬様にご挨拶差し上げたいのですけれど……」
「ああ。ついて来い」
冬馬の先導で和馬様の元へ。
途中、たくさんのご令嬢が冬馬やナキに言い寄ってきたけれど、二人は慣れた様子でさらりとかわしていった。
「父さん。和泉たちが来た」
「やあ、和泉ちゃんたち、よく来てくれた」
「本日はお招きに預かりましてありがとうございます」
「いやいや。かたっ苦しいのは会社連中だけで十分だよ。楽にいこう。楽に」
和馬様はにこやかに笑った。
「冬馬、きちんとおもてなしするんだよ」
「わかってるって」
「それじゃあ、みんな。パーティーを楽しんで」
和馬様はまた来賓への挨拶へと戻っていった。
「和馬様、あれじゃーパーティー楽しめないねー」
いつねさんの言うことも、至極ごもっとも。
「父さんにとってはこれも仕事だから。オレも半分仕事だし。もう少ししたら、オレは挨拶まわりに行かないといけないから、今のうちに渡しておこう」
冬馬はウェイターの一人を呼ぶと何ごとか言付けた。
「なにー?」
「ま、すぐに分かる」
ウェイターはほどなく戻ってきた。
手にぽち袋のような大きさの包を持っている。
「俺からのクリスマスプレゼントだ」
受け取った包にはリボンが掛けられ、中にはなにか固いものが入っている。
「ねーねー、開けてもいいー?」
「ああ。大したもんじゃなくて申し訳ないけれどな」
包を開くと、中から銀色の丸いチャームが出てきた。
ローマ字でそれぞれの名前が刻んである。
「わー。名前が彫ってあるー!」
「素敵ですわね」
「三人はお揃いにしてみた」
「ありがとうございます、冬馬くん」
何しろ冬馬がくれたプレゼントだ。
おそらく、ただの銀メッキではなく、本物のシルバーか、ややもするとプラチナという可能性すらある。
「あ……。でも、あたしなんおお返しも用意してないや……」
「いや、これはホスト側の役割だ。ゲストが気にすることはないって、毎年、和泉や仁乃にも言ってある」
「そっか。よかった」
最初は和泉もお返しを用意していたのだけれど、冬馬にそう言われてからは黙って受け取るようにしている。
「わいからも贈るもんがあんで」
「それか」
誠の視線の先にはバイオリンケース。
この後、演奏するのだろう。
「じゃあ、オレとナキはここで」
「またあとでな」
冬馬はナキと一緒に去っていった。
「少しお腹が空いてきましたわ」
「せっかくだし、何か頂こうよー」
「そうですね」
「ああ」
◆◇◆◇◆
ホールのステージに小規模編成のオーケストラが現れた。
センターではナキがバイオリンを構えている。
「音楽が豪華だねー」
「まぁ、ただのBGMではありませんからね」
「へ?」
「踊るんですのよ」
「えーっ!?」
いつねさんが狼狽しだした。
「そんな、あたし無理だよー!」
「百合ケ丘の体育でひと通り習いましたよね?」
「それはそうだけど……」
「あとは慣れでしてよ?」
などと話していると、冬馬がこちらへやってくるのが見えた。
「エスコートさせて貰えますか、お姫様?」
「誰がお姫様ですか」
軽口を叩き合いながら、ホール中央へ向かおうとすると――。
「待って、いずみん、とーま君。あたしどうしたらいいの?」
「誠と踊ればいいじゃないか」
「です」
「えーっ!?」
というか、そう仕向けたのだけれど。
仁乃さんにも口裏を合わせて貰っていて、彼女はすでに他の男性のエスコートを受けている。
「いつねに不満がなければ、俺も一緒に踊らせて貰いたい」
「あ……うん……喜んで」
誠から差し出された手を取り、頬をほんのり染めるいつねさんは、同性の私からみてもとてもとても可愛らしかった。
みんなでホール中央に向かう。
出席者の中には踊らない人も少なくない。
でも、若者はやはり踊る人が多いようだ。
「うまく行ったな」
「ええ」
いつねさんと誠をくっつけよう作戦である。
あの二人はお似合いだと思う。
友人としては二人が幸せになることを願ってやまない。
「いつねさん、心配していたほど踊れない訳ではないみたいですね」
「誠の方が心配だがな」
見る限り、二人ともうまく踊れているようだ。
私はといえば、ステップは身体が覚えているのでさほど難儀はしない。
この辺りの事情はカトラリーの使い方とは少し異なる。
テーブルマナーはなまじ前世の「私」流の記憶があったせいで、変な癖がついていて苦戦する。
ダンスはまるっきり縁がなかったので、和泉の記憶百パーセントで行けるのだ。
和泉に感謝である。
「向こうばっか見てないで、こっちも見ろ」
「失礼しました」
こんな至近距離で冬馬の顔を見たのは久しぶりだ。
まぶたの上を走るやけどの跡が痛々しい。
「そんな顔するな」
私がどこを見ているのかに気づいて、冬馬がそう言ってくれる。
「これはオレの勲章だ。お前を助けられたんだから」
微笑む冬馬。
「うん。いい表情になった」
つられて笑っていたのだろう。
自分の表情に指摘されてから気づいた。
「あっちもいい顔してる」
いつねさんの方を見ると、夢見るように幸せそうな顔をしていた。
◆◇◆◇◆
「あー、疲れたー」
ぼふっと布団に倒れこむ、パジャマ姿のいつねさん。
「楽しめませんでしたか?」
「ううん。楽しかったよー」
「誠くんとも踊れましたし?」
「こいつー!」
「ギブです。ギブ」
きゃっきゃっとじゃれあう。
幸い今日は邪魔に入る看護師さんもいない。
「はい、いつねさん、ストップストップ」
「もう……。なーにー?」
私はベッドの脇にあるチェストの引き出しを開けて小さな箱を取り出した。
「どうぞ」
「……あたしに?」
「はい」
「……先を越されちゃったかー。あたしもあるんだ」
そう言っていつねさんもリボンのかかった小箱を取り出した。
どうやら先日アクセサリなどを取りに帰った際に調達したらしい。
「一緒に開けよ?」
「では、いっせーのー」
同時に開ける。
「あれ?」
「あら」
いつねさんが受け取ったのは時計、私が受け取ったのも時計である。
「偶然だねー」
「不思議です」
いつねさんのは腕に巻く細いベルトのクラシカルウォッチ、私のは小さな懐中時計である。
「ありがとー。大切にするねー」
「こちらこそ、ありがとうございます」
プレゼント交換も終わり、今日はもう寝るだけになった。
いつねさんが何やら書きものをしているのを何となく眺める。
ここに来て初日に知ったことだけれど、いつねさんは毎日日記をつけているらしい。
それも、小学校の頃からずっと。
毎年手帳やら何やら新調するくせに、三日坊主に終わる私とはえらい違いである。
いつねさんが日記を書き終わると、後は本当に眠るだけになる。
夜のおしゃべりも、ここ数日でだいぶネタが尽きてきている。
電気を消すと、室内は静まり返った。
もはや沈黙が痛いような空気は、いつねさんとの仲にはない。
何か喋らなくてはと焦ることもなく、時間が流れるに任せていた。
「……うん……?」
しばらくして、沈黙を破ったのはいつねさんだった。
ベッドから起きると、窓際の方へ歩いて行く。
カーテンを開ける音が聞こえてきた。
「どうしたのですか?」
「いずみん、見て」
私は上体を起こした。
「外……ほら……」
窓から外を見やると、雪が降っていた。
「冷えると思ったら……」
「降ってきましたか」
雪の勢いはそれほど強くない。
でも、少しずつ夜景が白に染まっていく。
「ホワイトクリスマスだね」
「はい」
しんしんと降る雪を、二人して見つめる。
「きれい……」
「……はい」
それから眠りにつくまで、私たちは口を開かず、ずっとずっと、その光景を見ていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます