第60話 いつね in 一条家。
ひとしきりくつろいでから、家の中を案内することにした。
と言っても、本宅は最低限にして離れを中心に。
本宅にはあんまり近づきたくないからね。
「おっきなお家だねー」
「だいぶ古くなっていますけれどね。お化け屋敷みたいでしょう?」
「ううん。歴史の重みを感じるー。調度も上品だしー」
成金趣味ではないのは、お祖父様の意向である。
もっとも、お値段だけ見ればとんでもないことになるのだけれど。
「基本的にはこちらの離れの設備を使って下さい。本宅に行くのは食事の時くらいですむと思います」
「はーい」
生活に必要な物はほとんど離れにも揃っている。
お手洗い、浴室と案内して、中庭にやって来た。
「お庭も綺麗。お花よりも草木を重視したお庭なんだねー」
「今は冬の初めなので。春はそれなりに咲きますよ。季節感を大事にしたいというのが、お祖父様の希望なんです」
「そうなんだー? あ。よく見ると椿が咲いてるー」
椿は祖父のお気に入りの花である。
二人して何とはなしに庭を眺めていると、足音が近づいてくるのが聞こえた。
離れに戻ろうとしたけれど、少し遅かった。
現れたのは二人の若い男性。
「
「……」
「和泉か」
背の高いがっしりとした体格の家高。
同じく背は高いがすらりとした家和。
今年から大学院に通っている伯父の息子――二人のいとこである。
「ん? そちらのお嬢さんは?」
いつねさんの存在に気づいた弟の方――家和が、紹介を求めてきた。
「学友です。冬休みの間、こちらに滞在して貰います。いつねさん、こちらがいとこの家高、そちらが同じくいとこの家和です」
「こんばんは、お嬢さん。初めまして」
「……初めまして」
家和は笑って、家高はそれほど顔色を変えずにいつねに挨拶をする。
「初めまして! 五和 いつねです。いずみん……じゃなかった、和泉さんにはいつもお世話になっています!」
いつねさんは普段通りだ。
それでも少し堅いには堅いか。
「ははは。元気なお嬢さんだ。こちらこそ、和泉がいつもお世話になっています。仲良くしてくれてありがとう」
「……」
「いいえ。あたしこそいつも和泉さんに迷惑ばっかりかけちゃって――」
「そんなことはないよね、和泉?」
「はい。いつねさんはとてもよくして下さるお友だちです」
「あはは……」
いつねさんは照れ笑いを浮かべている。
にしても、先程から兄の家高の方が口数少ない。
と、思ったら――。
「おい。そろそろ行くぞ」
「ああ。そうだね兄さん。じゃあ、いつねちゃん、またね。ゆっくりくつろいで」
「はい!」
家高は憮然と、家和は柔らかい笑みを浮かべて、立ち去っていった。
「……あたし、何か失礼なことしちゃったかなあ……」
家高の態度を気にしているのだろう。
「いえ。家高兄さまは機嫌が悪いわけではありません。あの人はいつもあんな感じなんです」
「そうなの? それならいいんだけど……」
「逆に、家和兄さまは見た目通りの機嫌じゃないことも多いです。一見人当たりがいいですけれど、どちらかと言えば神楽様系です」
「あはは、神楽様系って!」
無邪気に笑ういつねさん。
「さて、部屋に戻りましょう。兄さまたちとは、また夕食の時にお話する期会もあるでしょうから」
「うん」
その後は二人で私の部屋で過ごした。
トランプで神経衰弱をやったら、いつねさん強い強い。
全敗しそうだったので、イカサマを使ってかろうじて一勝した。
いつねさんはたいそうご立腹だったけれど、最後には笑って許してくれた。
それにしても、いつねさん、なんという瞬間記憶力。
勉強楽だろうなぁ。
◆◇◆◇◆
コンコンコン、と扉がノックされた。
「はい」
「お嬢様方、大旦那様がお帰りになりました」
「今行きます」
お祖父様に挨拶したいから帰宅したら伝えて欲しい、といつねさんに言われてことづけてあったのだ。
扉の向こうの気配が遠のくのを感じながら、私たちは遊ぶ手を止めた。
「うう……。いよいよいずみんのお祖父ちゃんと対面かー……。緊張するー……」
「大丈夫ですよ。見た目ほど怖い人じゃないですから」
「失礼のないようにしないとー」
珍しくいつねさんが緊張しているので、そんな風に言って堅さをほぐす。
二人とも既に部屋着に着替えているので、お互いに身だしなみのチェックを済ませてから書斎に向かう。
本宅は離れよりもずっと調度品が多い。
豪華だけれどシックな感じにまとめられている家の中を、いつねさんと共に歩く。
「博物館みたい」
「私も最初はそう思いました。すぐ慣れますよ」
そんな益体もない会話をしつつ歩いていると、すぐに書斎の前についた。
「いいですか?」
「OK」
いつねさんが深呼吸するのを待って、扉を3度ノックする。
「入れ」
「和泉です。失礼します」
飾り彫りの扉を空けて入室する。
すぐ後ろをいつねさんがついてくる。
「学友のいつねさんが挨拶したいと言うので連れてきました」
「うむ」
「ほら、いつねさん」
「あ……はい。えっと……。五和 いつねです! この度は滞在を許可して頂きありがとうございました!」
いつねさんが勢い良く頭を下げる。
「それほど大げさにすることもあるまい。孫娘の大切な友人だ。丁重に扱わせて貰おう。よくいらっしゃった」
「はい! ありがとうございます!」
「不便はないかね?」
「いいえ。とても居心地のいいお屋敷だと思います」
「そう言って貰えると助かる。ところで……」
祖父の目がきらりと光る。
何だ?
何を言う気だ?
「私はそんなに怖いかね?」
「え?」
何を言い出すんだこの人は。
「聞けばいつねさんは誰とでもフランクに付き合える性格だとか。そんなにガチガチにならなくともよかろう。こんななりでは無理もないとは思うが、孫の友人に怖がられると、少々堪える……」
「あ、いえ! そういう訳じゃないんです!」
なんだこのへたれた感じは。
「いずみんは本当に大切なお友だちなので、そのお祖父様に失礼があったら申し訳ないと思って……でも、逆にごめんなさいでした!」
「そうか。和泉はあだ名で呼んで貰える友人が出来たのだな」
「あっ! ごめんなさい、つい」
「よい。これからも仲良くしてやってくれると嬉しい」
「もちろんです! いずみんが嫌だって言ってもくっついて行きますから!」
そんないつねさんの物言いに――。
祖父が笑った。
あの祖父が、である。
「くっくっくっ……。和泉、これはさしものお前も手強かろうな……?」
「……はい。とても」
「えっ? えっ?」
「気にしないでおくれ。いつねさんがとても好ましいお人柄だということだよ」
「えっと……その……ありがとうございます」
いつねさんが顔を赤らめる。
「忙しい身の上ゆえ、あまり時間は取れないのが申し訳ないが、食事の時には顔を合わせよう。学園でのいずみの話、聞かせてくれるかね?」
「喜んで!」
「ありがとう。夕食までまだ時間がある。ゆっくりしていなさい」
「はい!」
「和泉」
「はい」
「良い友人に恵まれたな」
「! はい!」
祖父がこの上なく上機嫌なことが分かる。
私も嬉しい。
「ではまた、夕食の時に」
「失礼します」
「失礼します!」
◆◇◆◇◆
「いやー。いずみんのお祖父ちゃん、いい人だったなー」
「……正直に言いますが、あんなにおっかなくないお祖父様はレアです」
「え? そうなのー?」
「ええ。お祖父様の笑顔、私は初めて見ました」
「えええっ!?」
だからちょっぴり悔しくもある。
でも、いつねさんだから許す。
「お祖父様はいつねさんが大層気に入ったようです」
「うわー……うわー……。どうしよ……。凄く嬉しー……」
言葉通り、全身から嬉しそうな空気がにじみ出ている。
「私にもいつねさんの十分の一くらい可愛げがあれば……」
「なに言ってるのー! いずみんは十分可愛いし、綺麗だよー!」
「慰めはよして下さい」
「違うっていうのにー。謙遜も過ぎると嫌味だぞー」
どこがだ。
「夕食までまだだいぶありますね。私は自習でもしようと思いますが、いつねさんは?」
「あたしは部活の台本読もうかなー。いずみんの邪魔したくないしー」
「分かりました」
「夜はいっぱいお話しようねー」
「お手柔らかに」
「ふふふ」
嬉しそうに笑ういつねさんにつられて――。
私も自然と笑みがこぼれるのだった。
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